情報?偽物ですね
四クラスが歩いて教室棟目指して歩いている。
歩いているのだが、何故か会話が無い。
その場は、百人近くの足音と妙な緊張感に支配されている。
教室棟へ入り、二階、三階へと上がるにつれて小さくなっていく足音。
そして辿り着いた、四階Dクラスの教室。
ドアを開けると、岩田が教卓に立っていた。
「久しぶりだな。とりあえず適当に座ってくれ」
全員岩田の指示に従い、教室に入った生徒から適当な場所へと座っていく。そこでグループごとに固まって座っていく辺り、国民性を表しているのかもしれない。
「まずは、二位おめでとう。本当によくやってくれたと思う。それで、さっそく本題に入るが、その前にお前達全員の携帯をこちらで預からさせて貰う。理由は教えられないが全クラスでやっていることだ。ちなみにだが、持っていて出さなかったやつは後々面倒なことになるから、覚悟しておけよ?」
いきなりの携帯回収命令。
誰一人として意図がわからないまま、二十四個全員の携帯が回収され、岩田が持ってきた袋に入れられた。
それからクラス全体を見渡し、本題へと切り出した。
「皆素直で宜しい。では、さっそくだが――結論から言おう。俺からお前らに渡す情報など何一つ無い」
一瞬の沈黙。
そして、一気にざわめく教室。
そのざわめきを代表するかのように、岩田から一番席が近かかった世論が質問する。
「先生。情報が無いってどういうことです?」
「簡単なことだ。勝利しただけのクラスに与えられるのが、次のゲームの情報という圧倒的なアドバンテージだと思うか? 答えは否だ。今回お前らに与えられたのは、『お前らが情報を貰っていると思い込んでいる相手を揺さぶる権利』だけだ」
「つまり、司会者は嘘をついたということですか?」
「そういうことになるな」
全員が完全に騙された。
条件次第では最高の権利だが、逆も言える。
上手く使うも無駄にするも、こちらの行動次第ということだ。
何か策はないか、世論が隣の坂田に聞こうとするが、坂田がいつも以上に真剣な表情で考え込んでいるため、話しかけようにも話しかけられなかった。
それを見た岩田が、不敵に笑う。
「安心しろ坂田。この学校がわざわざ用意したんだからな」
「そうですか……なら、仕方ありませんね」
「……?」
相変わらずの意味のわからない会話。
だが、二人の短い会話が終わった瞬間に、何故か教室内が緊張感に包まれた。
その元凶かどうかは分からないが、世論には坂田にいくつもの視線が集まっているのが感じ取れた。間違いなく、今の会話が理由だろう。
「さて、そろそろ他のクラスの奴等が来る頃だな。ここからはお前らに任せる。次はいつ会うか分からないが、元気にしてろよ」
そんな視線を知ってか知らずか、岩田は前回会ったときと同様に、だが今回は口を歪めながら、残りを全て丸投げして教室を出ていく。
そして視線が集まるのは、再び坂田。
「お、お前らなぁ……」
これにはさすがの坂田も呆れるしかない。
あまりにも坂田に頼りすぎている。
実際、世論も坂田に頼ろうとしていたのだから人のことは言えないのだが。
「分かった分かった。それじゃあ他のクラスの人が来ないうちにさっさと作戦を伝えるよ。まず、グループは同じで行こう。そして東雲さんは右側を担当。俺が左側を――」
そして、いきなり作戦を話始めた。
意味を理解しているものはそのまま無言を貫き通しているが、意味ができない者はざわつき始める。不意に、坂田が世論の肩を叩き、ドアを指差した。
何が言いたいのかは分かったため、世論はドアへと近づき、一気に開ける。
「あっ!」
「――!」
「あ、待てこら!」
「行くな比亜里!」
追いかけようとした世論に、坂田がストップをかけた。
止められた世論の顔は何処か不満そうだ。
「逃がしとけばいいんだよ。今言った作戦、全部向こうに渡したかったやつだから」
「……マジ?」
「当たり前だろ? 何も知らないのに作戦なんか立てられるかって。この学校の仕組み上、岩田先生が話している最中にここに来れないように別のクラスでも担任が拘束してたと思うんだ。そうじゃなきゃ、勝利してもらえた『相手を揺さぶる権利』が全くの無意味になるし、敗北クラスが教室に戻る意味がない」
坂田に言われて世論は考えてみる。
世論の考えた中では、一応全て筋が通っていた。勿論、世論の考えの中では、であるが。
「いいか、比亜里。これは心理戦だ。携帯が集められたのも、恐らく俺達に有利になるように仕向けてくれている。だから、それを利用しない手はない」
「どうして携帯が集められるのが俺達の有利に繋がるんだ?」
「そうだな。それを説明する前にちょっと廊下覗いてみろ」
坂田に言われてもう一回廊下を覗いてみると、怪しい動きをしている生徒が数人もいる。
しかも、世論が顔を出した瞬間に取り繕うものだから、逆に分かりやすい。というよりも、普通慣れていないのだから当たり前といえば当たり前なのだが、偵察が下手すぎる。
「一応数人はいるぞ。不審すぎて逆に面白い」
「そ、そうか……とりあえず教室の横を通り過ぎようとしていたら教えてくれ。それで、携帯が無かったら何故俺らが有利かっていうと、向こうは全クラスで携帯が回収されたことしか知らない。つまり、作戦とかは口伝えに行うと思っているはずだ。だから――」
そこで、坂田は一回間を置いた。
クラス全員が坂田に注目している。
世論も監視しながらではあるが、耳を傾ける。
「――俺らは比亜里をリーダーに仕立て上げ、相手を錯乱していく」
それは、ある程度予想できていた作戦。
だが、錯乱という意味ではもっともやりやすく、もっとも確実な作戦。
だから全員が、頷いた。
「ばれない程度に、どんどん適当なこと話していけよ? もうゲームは始まっているんだからな。名付けて――『バカの安売り』作戦だ」
ププッ。
数人から吹き出す音が聞こえた。
世論が教室内を見てみると、天沢や八乙女が笑いそうになるのを必至に耐えており、他のクラスメイトも似たような状況になっていた。
あの石田ですら頬を緩めているし、状況が分からない人は笑いを堪えている人に理由を聞き――同じく一回吹き出してから、込み上げてくる笑いに耐える始末。
この手厚い風評被害を受けた世論は、坂田を睨んだ。
ある程度知られていたとはいえ、これで世論が本当にバカであるとクラス全員に知れ渡ってしまったのだ。誰だってそうなる。
「おい坂田。その作戦の名前に悪意しか感じないんだけど、気のせいか?」
「気のせいだ。気にするな」
「そうか――バカをバカにしたこと、覚悟しとけよ?」
世論は不敵に笑いながらデコピンの手を作って坂田に見せびらかす。それに若干ひきつった顔をしながら、坂田は恐る恐る、聞いた。
「……勿論、一回だよな?」
「そこは安心しろ。今回は特別に『デコピンの安売り』をしてやるから」
「悪かったって比亜里! お前のデコピンマジで痛いからそれだけは勘弁してくれ! 昼飯奢るから!」
「おお、それなら許す――というとでも思ったかこのバカめ。この前のジュースといい今回の昼飯といい、ここは無料だろうが」
「希望をもって同じ手を使った俺がバカなのは認めるが、お前にだけはバカって言われたくねぇ!」
「ほう――なら、今回は出血大サービスしてやろう」
「いや、ごめん! 悪かった! 悪かったからそれだけはやめてくれ! それ文字通り出血するやつだから! お前本当に加減しないじゃん!」
まるでコントのような言い合いを始める坂田と世論に、笑いを堪えていたものがとうとう我慢できずに再び吹き出した。
本人達は本気なのだが、クラスメイトは爆発である。
「それで、どうしたい? 今なら十発ほどで許してやる」
「ゲーム大会の結果次第じゃダメか……?」
「よし、それで良いだろう」
なんとか本当に文字通りの出血大サービスのデコピンを受けるのを回避した坂田は、ホッと一息ついて疲れた表情でクラスに指示を出した。
「不本意だけどリラックスはできたみたいだね……それじゃあ……昼食にしようか……」
◆◆◆
この学校に食堂は存在しない。
だから必然的に、昼食の時は例の商業施設みたいなところで取ることになる。
なるのだが――
「なんで、またお前と二人きりなんだよ」
「仕方無いじゃない。真緋流君と沙希ちゃんが同時にトイレにいっちゃったんだから」
――同じカフェで再び二人きりとなったのだ。
何故このカフェになったかと言うと、天沢がこのカフェを推して、残りの三人が「何処でもいい」と言ったからだ。
そんな彼女は昼食は少なめに、現在美味しそうにケーキを食べている。ちなみにだが、世論、坂田、櫻井は普通に昼食を取り、世論はケーキ一個とココアで寛いでいた。
「あー、幸せ。ケーキがこんなに食べられるなんて思っても見なかった」
「本当に良くケーキを食べるな。太るぞ?」
「うっわ直球……まあ、その時は少し相手してよ」
「断る」
「いいじゃん別に! これでも動けるんだからね!」
いつの間にか、天沢のケーキを食べるスピードが上がっていた。他人事ではあるが、本当にそんなに食べても大丈夫なのか、と世論が思うくらいには食べている。
そして周りが少し気になった世論は、見渡すついでに坂田が来ないか出入り口を見る。
すると、出入り口近くで座っていた東雲と目が合った。
――デジャヴだ。
だが、今回は向こうから視線を外し、いつものグループと一緒にデザートを食べ始めた。
世論としては有難いことだ。
カフェ内はとても賑やかだ。
それこそ、いつも以上に。
D組が昼食を取るために移動を始めてから約一時間。
既に、いろいろな情報が出回っていた。
曰く、比亜里 世論が次のゲームの必勝法を見つけた。
曰く、比亜里 世論は相手の心を読む。
曰く、比亜里 世論は成程高校史上一番の天才。
曰く、比亜里 世論は既に企業から声をかけられている。
曰く、曰く、曰く――
つまるところ、ゲームの情報ではなく本当に世論の安売りが行われてしまっているのだ。しかも、オセロの時に例の双子が大声で名前を叫んでしまったものだから、かなり信憑性が高くなっている。
しかも、その情報の全てを反転させたのが実際の世論なのが、また彼を知っている者の笑いを誘う。
「にしても、世論君この数時間で一気に有名になったよねー」
「俺としては迷惑なだけだな。それに、実物見たらみんなビックリするだろ」
「いや、本当に世論君は天才かもしれないよ? 私も今のうちにサインでも――」
「おでこに赤いサインならいくらでもつけるけど」
「――調子に乗ってすみませんでした」
そんな状況が起きてしまっているせいか、天沢も変なテンションになっている。まるで何かの感染毒にかかってしまったみたいだ。
――しばらくはあの自己紹介はやめた方が言いかもしれない。
世論ですら、そう思えてくるレベルだった。
はぁ、とため息をついてケーキを一口食べる。
「……美味いな、これ」
「でしょでしょ?」
前回は食べなかったから分からなかったが、このカフェのケーキは予想以上に出来が良かった。これなら天沢がこんなに食べているのも納得だ。
甘いものにはあまり興味がなかった世論だが、これは定期的に食べたいと思ってしまった。
「どうした比亜里。随分美味そうに食べてるな」
「うおっ――あっぶない!」
つい味わって食べてしまった世論は、いきなり真横から話しかけられてイスから危うく落ちるところだった。
体勢を立て直し、再び睨むように坂田を見る。
坂田は無実を表明するかのように両手を前に出した。
「ごめんって! 悪気はなかったんだ比亜里!」
一瞬でその場が静かになった。
この場で『比亜里』と大声で叫んでしまったために、全員が世論達へと視線を向ける。
それによりケーキが食べづらくなったのか、天沢も手を止めて俯いてしまった。
世論は無言で立ち上がり、天沢の肩を叩いて坂田を連れ、カフェの外へと出た。
外へ出たというのに未だに視線を感じるのは、それだけ今世論が注目の的だということを示しているのだろう。
「ご、ごめん比亜里。こんなつもりじゃなかった」
「いや、それはいいんだけど……今のこの状況、上手く使える方法は何かないか?」
「え? あ、えーと……そうだな。じゃあ一つ頼むとするよ――」
◆◆◆
一気に静まり返った店内に、再び姿を現した世論。
ほぼ全員の視線を受け止めながら、出入り口に立って咳払いを一つ。
「俺はD組のリーダー、比亜里 世論だ。せっかく注目を集めたのだからこの場を借りて一つだけ言わせて貰う――お前達にはもう、勝機などない」
それだけ言って再び引き返していく世論。
カフェ内は相変わらずの静かさだが、ほとんどの者がその場で今出回っている情報を真実として捉えた。
だが、その一方では、当然そうで無い人もいた。
色々な考えが入り乱れているカフェを一足先に抜け出した世論達は、そのまま外へと出た。
そこで、坂田と天沢が笑い出す。
「フフフフ……世論君……と、とても良かったよ……」
「アハハハハ! すっごい痛い言葉だった――いったあ!?」
「天沢はともかく、指示したやつが笑ってんじゃねぇ」
指示しておきながら、痛い言葉とか言って笑っている坂田に一発デコピンを入れた世論。
世論だってあんなことは言いたくなかったのだ。結構な黒歴史である。
「でも、おかげで作戦はほぼ成功だ。後はゲーム次第だけど、その前に――比亜里、薬をくれないか?」
「薬? また体調が悪くなってきたのか?」
「あ、ああ。まあそんな感じだ」
忘れていたが、坂田は今日の朝まで体調不良で立っているのもやっとだったのだ。
さすがに、薬の効果もきれてきたのだろう。
ポケットから錠剤の入ったピルケースを取りだし、坂田へと渡す。
そして、錠剤を一粒取り出して飲み込んだ。
「よし。それじゃあそろそろ時間だし行こうか。櫻井さんはまた寄り道してから来るらしいよ」
「そうなのか。櫻井もお前らと一緒でよく分からんな」
「まあ……そうだな」
時刻はあと数十分ほどで二時。
そろそろ体育館へと向かわないといけない時間ということで、三人は歩み進めた。
「――どう思うよ」
「恐らくだが、危険なのはあの比亜里ってやつより、今何かを飲んだやつだろうな」
「俺もそう思う」
ゲームはまだ、始まったばかりだ。
あまりこういう図々しいことはしたくないのですが、第一章も中盤に来ているということで……モチベーションに繋がるので、感想や評価、レビューをしてくれると助かります!
是非、皆様よろしくお願いします!




