勘違い?有難いですね
私の家庭は、何処にもよくある一般の家庭だった。本当に普通の家庭。何か特別に秀でたものも無い、ごく普通の両親。食卓を囲えばたまに笑いが起きる程度の何も面白味の無い、包み隠さず言わなければつまらないほど普通の家庭だった。
だから私は違うと、決してつまらない人生は送らないと、いろいろな事にチャレンジした。
人より秀でたものを手に入れようと、様々な物に手を出した。
チャレンジだけではなく、努力もした。
その努力の甲斐あってか、ピアノやバイオリンはコンクールで賞を獲得することができたし、卓球では小学校低学年にして市の上位入賞するほどにまで成長した。
それを見た両親も、影響されて変わっていった。
休日は無く学校から帰ったら習い事ばかり。
夜も休み無しでピアノ、バイオリンの練習。
食事も制限され、食卓からは完全に笑顔が消えた。
――あれ、何かが違う。
確かに、家族は変わった。
変わってほしいとも願っていた。
これからはパパ達も頑張るから、と言ってくれたのは嬉しかった。
だけど、こんな変わり方は望んでいない。
練習を嫌だと言えば暴力を振るわれ、自由時間など無くなり、小学校でも担任から心配されるほど疲れが蓄積されていった。
そして、私が原因で両親は離婚。
経済能力の関係で父親に引き取られることとなったが、それからも英才教育という名の辛い日々が続いた。
結果的に友達付き合いも上手くいかなくなり、ストレスによって何をやっても上達しない。それによって暴力を振るわれるという悪循環が生まれる。
そしてその頃から、特に男性と二人きりになることが怖くなってしまった。
暴力を振るわない人と分かっていても、父親の影がうっすらと思い浮かべられ、拒否反応が起きてしまうのだ。
だから高校進学というのはとても良い機会だった。
特に成程高校はブランド、実績共に父親も文句はなく、家からは通えないため寮生活となる。だから私は、中学三年生になってからすぐにそこに進路を決めたことを打ち明けて、何年も続いた過酷な練習を取り止めて貰うことに成功した。
だが、そこでまた一つ問題が出た。
精神的にできなくなった事は、できるようになるまで時間がかかる。つまり、友達付き合いの仕方がいつの間にか分からなくなってしまっていたのだ。
友達付き合いを上手く行うために、まずは相手と趣向を合わせることにした。同じ趣味趣向を持てば仲良くなれると思ったからだ。
そして、好きなスポーツ、歌手、流行ファッションなど今まで気にすることができなかった、ありとあらゆることに手を出して友達付き合いが上手く行くように努力した。
それでも、駄目だった。
一年、二年の頃の私への評判が足を引きずり、呪いのように邪魔をしていく。だから私は、相手のご機嫌を取ることにした。
それが、私が見つけた最後の友達付き合いの仕方。
友達付き合いという名の、孤独にならないやり方。
だからこそ辛い。
上面だけの付き合い。ただ合わせて笑うだけ。向こうから「私達友達じゃん!」と言われても、言葉では「そうだね!」と返していてもそんなことは微塵にも思ってなかった。
その人が信用に値しない無いから。
私がその人を信用できるほど、まだ心が立ち直ってないから。
だからこそ信頼できる人が欲しい。そして頼りたい。
信頼できる人なら誰でも良い。早く、この心に気づいて欲しい。
――誰か、私を助けて。
◆◆◆
まだ館内ではほとんどの部屋でゲームが行われている。つまり、あそこでの愛衣の叫び声はこの館内に響き渡ったわけだ。
ということは、この館内全員に世論の名前が知れ渡ったということになってしまった。世論にとって迷惑以外の何者でもない。
ここにいてもやることがないため、体育館を出てシューズを返却し外へ出る。それと同時に、天沢がワッと世論を褒め始めた。
「すごい! すごいよ世論君! よくあんな場面であの手を打てたね! あれは本当にどう足掻いても相手の勝ちを無くす最高の一手だった! もしかして世論君、本当は頭良かったりとか!?」
「あーうるさい近い少し離れろ!」
問いただすと同時に興奮しているせいか、その勢いは一気に世論との距離を詰めて両肩を掴むほどだ。当然、世論は恥ずかしさとそのボリュームで天沢を遠ざける。
それで天沢は少し冷静になったのか、コホン、と一回咳払いをして、再び同じ質問をした。
「それで、世論君って頭良かったの?」
「いや、質問するところそっちかよ……まあ、俺はどう足掻いても頭が良いとは言えないな。そこはもうだいぶ前から自覚はしてる」
頭が良いかどうか。
そんなことは決まっている。
認めたくはないが認めざるを得ない。
どうしようもなく、馬鹿だと。
「あの一手も、櫻井のおかげなんだ」
「え、咲希ちゃん?」
「ああ。ゲーム中に審判に気づかれない程度にいろいろやってくれた。あれがなきゃ俺は何もできなかったよ」
坂田、天沢の視線が櫻井へと向く。
櫻井は相変わらずの無表情だが、坂田や天沢を見て、それから顔を世論に向けて親指を立てた。
その行動に三人全員が驚く。
「私だけじゃない。世論がいなかったら出来なかったこと」
「そ、そりゃどうも」
世論があの白黒を反転させるという発想に至ったのは簡単なことだ。櫻井のやっていたクルクルパーに世論を馬鹿にした意図は無く、ただただ『馬鹿』という意味だけしかないメッセージだった。
そして、その後の『悪戯していいよ』というのも、まさしくそのままの意味。まずそこに全く別の意図を含ませるとして、世論が察することができるわけ無いのは周知の事実なのだから、あの場では怪しまれないぐらいの丁度良い長さの言葉だったといえる。
結果的にできた意味は、『馬鹿な思考で悪戯してやれ』ということだ。そして盤面を見たとき、その言葉の答えを出した。
一番馬鹿な思考。それ即ち、悪知恵だと。
悪知恵なら世論にとって得意分野だ。
詰みという状況は、逆を言えばそれだけ相手がここにだけはまだ打ってはいけない、というところも分かりやすくなっているということになる。
世論はそんなこと知りはしないが、悪知恵から来る直感によって白と黒を入れ換えた。例えルール違反だったとしても警告を受けるだけ。それだけでもやる価値は十分にあった。
「櫻井が言いたかったのは、俺に馬鹿なことをしろってこと。つまり、悪知恵を働かせろってことだろ?」
「……違うよ」
「――あれ?」
まさかの不正解だった。
――どや顔で説明していた五秒前の自分を殴りたい。
「ププッ……普通の世論君で少し安心したよ♪」
「ハハハッ! やっぱり比亜里は馬鹿だな!」
櫻井からは無表情ながら若干呆れられてるような視線で、天沢は必至に笑いを堪えながら、逆に坂田は豪快に笑い飛ばしながらそれぞれが世論の反応を楽しんでいた。
――第一体育館までの徒歩一分がとても長く感じる。
「まあ世論のおかげで勝てたのは確かだ。しかもラッキーなことに、他クラスのやつらは世論が奇策を考え付く策士だと勘違いしてくれている。これは今後の展開にもかなり有利なことだ」
「そうだね。愛衣ちゃんには感謝しないといけないかも」
「俺としては良い迷惑にしかならなさそうだけどな。なんか目の敵にされているようだし」
そこでようやくついた第一体育館。
新しい体育館シューズへ履き替えて中へ入ってみると、そこは先程とはまるで雰囲気が違っていた。
まず、舞台にあるスクリーンに映っているのは各クラスの獲得ポイントで、既に各クラスにポイントが入っていた。
Aクラスは『213』、Bクラスは『85』、Cクラスは『162』、Dクラスは『140』だ。
Dクラスは世論達が一番のりだった。
次に舞台の下。
普通の学校ならパイプ椅子が大量に置かれている場所なのだが、今見えているのは横に長い大きなもの、というぐらいだ。
今取り出そうとしているところを見ると、次のゲームで使うということで間違いないのだろう。
そうやって館内を見渡しているうちに、世論は例の双子と目が合ってしまった。
一瞬止まった時間。
動き出したと同時に、愛衣に物凄い勢いで睨まれた。
「ほら、見てみろよあれ。さすがの俺でも何て言いたいのか分かるぞ」
「あちゃー。完全に目をつけられちゃったね世論君」
世論にも分かる。
それはもう、隠さずに表情に出していることを指す。
目は口より物を言うと言うが、まさに今の彼女のようなことを言うのだろう。
そこで突然スクリーンに変化が起きた。
CクラスとDクラスのポイントだけが変動し、Cが『362』、Dが『340』となったのだ。
二つのクラスが一気に二百ずつ増える。
つまり――
「おいおい。マジかよ。両方ともパーフェクトか?」
「CとDが百ポイントを仲良く二回分けあった可能性は低いだろうね」
――高確率でパーフェクトが起きたということだ。
そして、この表示には当然ラグが存在しているため、その当事者達はすぐに明らかとなった。ポイントが変化してから十数秒後、見知った顔が館内へ入ってきた。
「よお比亜里。なんか面白いことをやらかしたらしいな。後で少し聞かせろ」
「お疲れ八乙女、石田。後で話すよ」
「ただいま。それなりに楽しかったよ」
どうやらパーフェクトをしたのは八乙女と石田らしい。そして、後ろからさらに何グループか体育館へ入ってきた。そのうち一つのグループを見た瞬間、世論の顔が歪む。
「あ、坂田君……もう体調は宜しくて?」
「東雲さんお疲れ。俺はもう大丈夫だよ」
東雲のグループだ。
だが、いつも感じる毒が抜けているような気がした。世論も視界に入っているはずなのだが、元気が無いみたいだ。そもそも視界から存在を抹消されているという可能性もあることにはあるが。
「坂田君、ごめんなさい。私達はパーフェクトをされてしまったわ……」
「全くだな。いつも俺に上から言っといてそのザマかよ。笑わせ――いったぁ!?」
そこまで言いかけて、坂田から頭を殴られ、天沢からはこめかみにデコピンを喰らった。
坂田から来るのはある程度予想していたが、天沢のデコピンは完全に予想外だった。しかもかなり痛い。頭とこめかみを擦りながら、世論は黙って会話を見守ることにした。
「私、オセロには自信があったの。というよりも、私達のグループは全員がオセロが得意だったのよ。それなのに、私達は終始翻弄され続けて負けたわ」
「……それで?」
「相手はC組。あそこの二人なのだけど、次からのゲームで当たることがあったら注意して、って言いたかったのよ」
東雲の指差した先には、女子のペア。
二人とも身長が高く美人という言葉が似合いそうな感じだ。
しかし、オセロが得意と言っている東雲達を相手にパーフェクトを取るということは、二対五という数のハンデも作用したとはいえ、実力も相当高いということだ。
「そういうことか……ありがとう東雲さん。気を付けとくよ。それと気にしなくて良いから」
「……有り難うございますわ」
その会話の間にも各クラスのポイントは変化していき、気がつけば予想以上に接戦となっている。ポイントの変化が止まったのはそれから数分後のことだ。
最終結果は、Aが『555』、Bが『578』、Cが『633』、Dが『634』となった。
だが、付けられた順位にざわめきが起きる。
一位、C組。二位、D組。三位、B組。四位、A組。
CよりDの方がポイントが高いのにも関わらず、順位が逆転しているのだ。
だが、ざわめきもすぐに収まった。
舞台に司会の女性が立ったからだ。
「皆様、その場で結構ですのでお聞きください。まず、第一競技お疲れさまでした。一位と二位のポイントの関係についてですが、第一競技は勝利数を競うのであってポイントを競うものではありません。あくまで勝利数を競ったものです」
そこで、忘れていた者は思い出す。
確かに司会の女性は始まる前、勝利数を競うと言っていた。
それを勝手にポイントで判断したのは、生徒側だ。
微妙な雰囲気が流れるなか、そこへ追撃が加わる。
「第二競技へ入る前に、理事長による今回のゲームの酷評です。
面白いと思った部屋は十二部屋あるうちの四部屋のみだけだった。後は普通に無言オセロをしているだけ。
一つだけ問おう――なめているのか?
以上です」
なめているのか?
この言葉に、生徒達の時間が止まった。
冷や汗をかいた生徒も数人いるだろう。
その言葉に隠されている意味を理解することは容易い。
即ち、『つまらなかった』と。
「それでは次の競技についてお話しします。対戦カードは既に決まっており、第一体育館にて『C組対B組』。第二体育館にて『D組対A組』。開始時刻は昼食を挟むため二時からとします。ですが、まずは教室へとお戻り下さい」
今、頭にこの疑問が出てきた人は決して少なくないだろう。
何故教室に戻る必要があるのだろうか、と。
それを知ってか知らずか、司会の女性はその理由を告げた。
「戻り次第担任の指示に従ってください。尚、次のゲームについてですが、その内容については前もって一位と二位のクラスには明かされます。C組とD組は是非ともご活用ください」
そして、館内がざわつく。
当然だろう。
次のゲーム内容を明かされるのと明かされないのとでは、あまりにもハンデが大きすぎるのだから。
「それでは、教室へお戻り下さい」
第二競技は、既に始まっていた。




