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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第五章 ジェネレート
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第五章⑮

「アリスがここにいるって?」

「そう、」ミヤビの問いかけにハルカは窓の方からクルリとこっちに振り返って大きく頷いた。「アリスはここにいる、マヨちゃんが夢で見た風景はここなんだ」

「ハルカ、何を訳の分からないことを言って、」

「ミヤビ、」ミアはハルカに近づこうとするミヤビを制して言う。ミアの眼光はまっすぐにハルカに注がれていた。「ハルカの言っていることは訳の分からないことじゃなくって、本当のこと、本当のことなのよ、今のハルカは知っているみたいね、ハルカはスクリュウの原理を知ったみたい、でもそれっておかしいことね、ただの魔女のあんたが全てを知ってるなんて!」

「ミアまで、何言ってんだよ」

「アリスはそこにいるわ、」ミアは右手をピストルの形にして言った。ミアの親指と人差し指と中指には金色の指輪が填められている。いつでもライジング・リボルバが射出出来る態勢になった。「そこにいるのよ」

 ミアの指先は黒板の手前の教卓に座り足を揺らしているイリスを狙っていた。

「彼女はイリスでしょ?」

「違う、イリスの後ろ、黒板の奥、黒板は左右に割れるわ、そこがスクリュウの中枢、そこにアリスがいるの!」ミアは早口で言った。「アリスはエレクトリック・ジェネレイタ、ミヤビ、アリスは私たちと同じ魔女なの、発電機なの、アリスがスクリュウを動かす心臓、つまりアリスをそこから救い出せば、スクリュウのプロペラの回転は止まって、崩れて壊れる、イリス、そこを退きなさい!」

 ミアは紫色の煌めく。

 片目を瞑り。

 雷の弾丸を射出。

 素早い動作だった。

 狙いはすでについていた。

 空気が割れる音が響いて視界の色が変わった。

 目の機能が一度失われて。

 戻る。

 イリスは無傷だった。

 安らかに微笑んでいる。

 ミアはライジング・リボルバでイリスのことを撃たなかった。

 狙いは彼女の僅か上。

 黒板の上の丸い時計の文字盤だった。

 時計はミアの電気によって動きを止めたみたい。

 時計の針は十二時の手前で止まっている。

 時計の二つの黒い針は重なり、少しズレていた。

 その時計は狂っていたみたいだ。

 まだ錦景市はその時間を迎えていない。

「どうして時計を撃ったの?」首を僅かに傾けて愉快そうにイリスが言う。「時計に罪はないわ」

「別に、」ミアは腕を降ろして口元だけで笑う。「ただ時間が止まればいいのになって思っただけよ、そう、思っただけよ」

「信じられない、」イリスは嬉々とした声を上げる。「唯物論者のあなたが時間が止まればと、時計を撃つなんて、なんてロマンチックなことをするのでしょう!」

「ロマンチック? 違うわ、全然違う、」ミアは冷たい声で言う。「私には未練があるの、この世界に未練があるよ、あなたにだって未練がある、色々と思うことがある、この世界に私は、私の残響を、余韻を、刻みたいって思ってる、それからとっても苛々しているの」

 そう言うミアの目元は真っ赤で、濡れ始めていた。

 その涙の種類は、とミヤビは聞く術を持たなかった。

 ミアは赤くなった鼻を啜り、イリスのことを真っ直ぐに見つめている。「時間が止めればいいって思っただけ」

「世界の終わりはそれに近いことかもしれないわ、」イリスは窓の方を見て言う。夜は徐々に深くなっている。「この夏に途切れる一瞬は、時間の停止を体感出来る好機かもしれない、もちろん、そうじゃないかもしれないけれど」

「この世界は、」ミアは涙を拭いて言った。「終わらせない」

 そして。

 急に何かが香り薫った。

 紅茶の匂いが目の前を横切る。

 ハルカが教室の隅で紅茶を淹れていた。

 色鮮やかな紅茶をカップに注ぎ、お盆に乗せ、優雅に紅茶を机に並べた。

「どうぞ、皆、座って、」ハルカは笑顔を絶やさない。「私の淹れた紅茶を飲んで」

「……何のつもり?」ミアがハルカを鋭く睨む。

「そんなに怖い顔しないで、」ハルカはいつもの調子だった。いつもの調子がこの教室では凄く不自然に思えた。「ただ紅茶を一緒に飲もうっていうだけじゃない」

「毒でも入ってるんじゃない?」

「毒なんて、」イリスは上品に笑い、口元でカップを傾け紅茶を飲んだ。「ここに必要かしら?」

「わ、私は飲むよ、」アイナが言って椅子を引き机に向かって座った。「ハルちゃんが淹れてくれた紅茶だもん、飲まないなんてもったいないし」

「そうだよ、」ハルカは口を尖らせてふざけた声を出す。「もったいないよ」

「えーい!」ニシキが声を上げてアイナの隣に座る。「私も飲む、飲むわよ、私はハルカを信じてるわよ、よく分かんないけど、私はハルカを信じてるから!」

 アイナとニシキは紅茶を飲んだ。

 そして同時に。

「美味しい」と言った。

「ありがとう、」ハルカはお盆を抱いて、体を傾けて言う。そしてミアとミヤビを見る。「二人は飲んでくれないの?」

 ミヤビは座り紅茶を飲んだ。

 おいしい紅茶だった。

「本当だ、」ミヤビはハルカに微笑む。「美味しい」

 ミアもミヤビの隣に座り紅茶を飲んだ。

 ミアの口から吐息が漏れる。「本当に、あなた、なんのつもりなの?」

「だから紅茶を一緒に飲みたかったんだって、」ハルカは言って、椅子に腰掛け紅茶を飲んだ。「最後は

仲良く迎えたいものね」

 それから。

 来たのは沈黙。

 不思議な静けさが漂った。

「このまま紅茶を飲みながら優雅に世界の終わりを迎えようって? 莫迦じゃないの?」

 ミアはカップを投げ捨てた。

 カップが床に落ちて割れて音が響いて。

 ミヤビははっとなって。

 ぼんやりとしていた思考から離れる。

 紅茶のせいか。

 なぜか凄くぼんやりとしてしまっていたのだ。

「ミヤビ、」ミアはフェンダのギターケースを開け、ライジング・ブレイドを取り出し構え言った。「例えば私が死んだら忘れないでいてくれる?」

「え、死んだら?」

「そう、死んでも、忘れないでよ」

 ミアはゆっくりと煌めき始めている。

 この煌めきは。

 この日曜日の夜のために、トワイライト・ローラーズの四人で必死になって蓄えたエネルギアの煌めきだ。

 煌めきに呼応して。

 ミアが握り締めるライトニング・ブレイドも紫色に染まる。

 強く染まる。

「何する気だよ、死ぬって何だよ!?」

「ハルカ!」

 ミアはイリスの前に立ち、エネルギアの結晶である飴玉を舐め、強く輝いているハルカに向かって叫んだ。

 ハルカはエレクトリック・マグネットでミアを近づけない予定だ。

 ミアは今までになく自信に満ち溢れた表情をしている。

 そして。

 優しく。

 歯切れよく言う。「スクリュウのプロペラって、どうやったら加速する?」

「……どうやったら?」ハルカはミアの質問を考えている。生真面目に考えている。ミヤビは安心した。そういう生真面目な部分がハルカだからだ。ハルカはイリスに全ての思考を奪われているわけではないみたいだ。その可能性があるかもしれないって感じていたから、安心したんだ。「どうやったら加速するかって?」

「そう、」ミアは自分の髪に手を入れて揺らして再び聞く。「どうやったらプロペラは早く回転するの?」

 ハルカは振り返り、イリスの方を見た。「どうやったら?」

 イリスは黙っていた。

 表情を微動もさせなかった。

 何を考えているのだろう。

 何も考えていないのかもしれない。

 しばらくして。

「もう何も考えたくないわ、」と呟き。

 そして。

「もう何も考えたくないのにミアは、私を、」イリスは絶叫。「私を考えさせるのよ!」

 ハルカは驚く目をした。ミヤビも驚いた。ニシキとアイナはそれに驚いてミヤビを抱き締めた。

「スクリュウってどうやったら加速する? それはとっても簡単なこと!」イリスの声をかき消すようにさらに大きな声で、楽しくてしょうがない、という声で、歌を歌うように、ミアが言った。「発電機を交換するだけ、古いものから、新しいものへ、発電機を交換すればスクリュウのプロペラは加速する、交換するだけ、なぁんだ、そんなに簡単なんだ!」ミアは自分の胸を手の平で押さえて言う。「大事なところは何だって実にシンプルに出来てるね!」

 そして。

 二秒間の沈黙の後。

 教室に残響、ある中で。

 ミアは高らかに声を上げて。

 目を強く瞑り。

 名前を呼んだ。

「四条キョウカ!」

 死神の名前を呼んだ。

 それが合図だった。

 ミヤビとアイナとニシキは目を瞑る。

 強く瞑った。

「私の出番だ!」

 ふざけた声が響いた。

 久しぶりに聞く声だ。

 トワイライト・ローラーズは死神の声に目を開ける。

 そこには一週間ぶりの死神のキョウカの姿があった。

 真夏にダウンジャケット。

 今宵はさらにマフラを首にぐるぐる巻きにしていた。

 彼女の腕の中に倒れ込むようにしてハルカが眠っていた。「久しぶりじゃないか、」キョウカはニッとこちらに向かって微笑んだ。「元気だったか?」

 死神の切り札。

 それは死神が世界から世界へと転移する際の余韻によって引き起こされる、世界転移の目撃者の記憶を忘却させるための眠りだった。ハルカを眠らせてしまえば、向こう側に近づける。

「死神のご登場ね、」イリスは目を開けた。イリスは死神を目撃していないから眠ってはいない。おそらく死神の登場を予測していたのだろう。慌てる素振りを一切見せず、その表情は今までと変わらなかった。ミアはそのことを予測していた。イリスに死神の切り札は意味がないことは予測していた。「でも、それは無駄なこと、ちょっとだけ騒がしいこと、あまりこの教室にはふさわしくない存在ね、あなたって」

 イリスの声を聞きながらキョウカはハルカを壁を背に座らせた。そして椅子に腰かけ、煙草に火を点けて、煙を吐き、静かに言う。「私の出番は終わり、さあ、後はよろしく、ミア・セイレン」

「ええ、ハルカさえ眠らせれば、後は平気よ、ありがとう、って何してるの?」

 キョウカはミアに向かって手の平を合わせていた。「君は救世主だ」

「止めて、まだ早いって、それに私は救世主なんかじゃない、ただの発電機だわ、ね、ミヤビ」

 ミアは煌めいているライジング・ブレイドをミヤビに握らせた。ミアも離さずに握っているから、ミアの手の指先がミヤビの手に絡み付いた。

「ミア、」ミヤビはミアの顔を近くでじっと見る。「何をする気なんだよ!?」

「私、あなたのこと大好きだわ」

 ミアは優しい笑顔でミヤビの唇にキスした。

 瞬間。

 エネルギアがミヤビの体の中に流れ込んできた。

 ミアのエネルギアだ。

 ミアが。

 ミヤビの体の中に入った。

 一緒になった。

 目の前のミアは消えてしまった。

 一緒になって。

 一緒になったから。

 ああ。

 全部が。

 ミアの全部が。

 ミアの優しさが分かってミヤビは。

「くそったれ!」

 泣き叫んでもっと煌めいた。


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