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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第五章 ジェネレート
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第五章⑯

「くそったれ!」

 空気を思いっきり吸い込んで、ミヤビは吠えた。

 魔女に牙というものがあるなら、それを剥き出しにしてイリスのことを睨んだ。

 イリス・サブリナ・クレイル。

 彼女はなんと罪深く。

 なんと哀しい魔女か!

 さまよえる魔女の意志を継承し。

 意地を継承し。

 世界を終わらせようとしているんだ。

 許せない。

 ミアは思っていたのだ。「許せないことよ、世界が終わることなんてどっちだっていいことよ、どっちだっていい、でも私とあなたの大事な娘を、こんな狭い部屋に閉じ込めることは許せない」

 イリス。

 ねぇ、イリス。

 世界が終わってもいいけれど。

 私とあなたの大事なアリスを。

 私たちのお姫様を。

 返してよ!

 ミヤビはミアの想いを握り締めて。

 ライジング・ブレイドを両手で握り締めて構えて叫んだ。

「ミア、お姫様はね、」イリスは姿勢良く立ち、後ろに手を組み、左に体を傾けてミヤビの瞳をまっすぐに見て言った。「最初から、世界を終わらせるために産まれたんだ、四つに分かれたこの世界を終わらせて、新しい世界を産むために、それはとても素晴らしいことだと思わない? 天体史のパラダイムシフト、いいえ、パラダイムシフトなんてものじゃない、もっと巨大な回転がもうすぐそこまで来ているの、あと少しよ、あと少し、今夜の十二時に、明日に迫っているのよ、だからえっと、そうね、なんて言ったらいいかな、私たちのお姫様の邪魔はしないでよ、ミア」

「・・・・・・私はミアじゃない、御崎ミヤビ、ミアじゃない」

「そうね、」イリスは教卓の上にピョンと飛び乗り、再び座り、足を組んだ。「あなたはミアじゃない、ミアはもう、生きてない」

「でも、死んでない」

「もう死んでいるようなものよ、」イリスは非情に言う。「ミアのことを助けたい、っていうあなたの常識的な気持ちは、常識的な愛の気持ちには悪いけれど、ミアはもう死んでいるようなものよ」

「黙れ!」ミヤビは絶叫する。「私は!」

 私は!

 イリスとミアの遺伝子回路を組み合わせて誕生した発電機のアリスのことよりも!

 この世界の終わりよりも!

「ミアを返せよ!」ミヤビの目からは涙が溢れて止まらなかった。「返せ、くそったれ!」

 ミアはスクリュウの中枢にいる。

 イリスの後ろの黒板を左右に開いたその向こう側にいる。

 今までスクリュウのプロペラを回していたのは、発電機の彼女だったのだ。ロンドンで最高の雷の魔女のミアだったのだ。スクリュウの加速に向けたその調整期間の間、ミアはずっと狭い部屋にいてスクリュウのプロペラを回し続けていたのだ。ミアはスクリュウの心臓だったのだ。スクリュウの心臓になったミアは生きてもいないし、死んでもいない。

 だからミアには足があった。

 春日中学校の理科室の幽霊のリカちゃんには足がなかったけれど、ミアにはきちんと足があった。

 だから気付かなかった。

 少しも疑うことなんてなかった。

 誰も。

 死神は知っていたかもしれないけれど。

 ミヤビの前に現れて、恋人になったミアは、黒板の向こう側にいるミアじゃない。

 ミアの魂にエネルギアが絡みついたカタチだ。

 カタチだったのだ。

 ミアのカタチはエネルギアを纏い、そのカタチを確かなものにしていった。ミアがエネルギアを求め、飲んでいたのは、つまりそういうことだったのだ。

 イリスを、スクリュウを止めて、スクリュウの中のアリスを救うために、ミアはカタチを確かなものにしていったのだ。

 そのカタチの確かさを。

 ミアの存在を。

 温かさを。

 唇の熱を。

 ミヤビははっきりと覚えている。

 忘れられない。

 忘れられるわけがないじゃないか。

 だってミアは。

 私の恋人は。

 私の中にいる。

 魂のカタチだからって、それがなんだと言うのだろう。

 彼女は私を愛してくれた。

 私は彼女を愛していた。

 彼女は私のエネルギア。

 彼女のエネルギアは私の中にあるから、この夏の愛は確かなものだったと分かる。

 彼女は今、この瞬間も。

 ずっと今までも。

 私のことを回転させるエネルギア。

「エレクトリック・ジェネレイタ」

 ミヤビは強く紫色に煌めいた。

 ミヤビの発電機は回転する。

 放電。

 電気は空気と擦れて。

 教室にとんでもない音を響かせた。

 ミヤビはライジング・ブレイドを握り直し切っ先をまっすぐイリスに向けて走った。

 絶叫。

 跳躍。

 瞬間。

「シエルミラ」

 金色の光が目の前の景色に広がり、ライジング・ブレイドの紫色を阻んだ。

 光の魔法、絶対的な光の障壁、シエルミラだ。

 イリスは手の平をこちらに向けてシエルミラを展開している。

 シエルミラにライジング・ブレイドの切っ先が垂直に立つ。

 弾かれている。

 ミヤビはシエルミラの盤石な硬さと目が焼けてしまうと思えるほどの輝きに吹き飛ばされそうになる。

 吹き飛ばされそうになるけれど。

 ミヤビは前のめりに踏み込んだ。

 声にならない声を上げ。

 左足のコンバースのハイカットの底で教室の床を叩くように踏み込み、ライジング・ブレイドを押し込んだ。

 倒れられない。

 負けられない。

 貫かなくちゃいけない。

 ミアはミヤビを信じて託したのだ。

 一週間掛けて集めたエネルギアではミアは最高に煌めけなかった。

 だから。

 ミアはミヤビにエネルギアを注ぎ込んだ。

 全てをくれたんだ。彼女の騒いでしょうがない怒りと一緒に。

 二人の力を合わせれば、最高に煌めける。

 だから。

 ライジング・ブレイドの切っ先は食い込んだ。

 でも。

 ミヤビはよろめきそうになる。

 仰向けに倒れそうになる。

「もう止めて、ミア、」イリスは泣いている。「もう止めて」

 シエルミラは揺らいでいた。

 金色が揺らめき始めた。

 イリスは泣きながら、苦しそうに煌めいている。

 イリスの金色にだって限界がある。

 この第三世界の魔女は第二世界の魔女ほど、圧倒的な煌めきは持てない。

 第三世界は魔女に絶対的な力を与えない。

 だから。

 でも。

 すでに自分の足で立っているという感覚はなかった。

 もしかしたらもう、倒れているのかもしれない。

 それでもミヤビは。

 煌めき続けた。

 叫び続けた。

 体中が自分の電気で痺れて痛い。

 痛い。

 苦手だと思う。

 魔法は苦手だ。

 好きじゃない。

 でも。

 回転は止まらないでいて。

 発電機を止めないで。

「もう止めてって言ってるでしょ!」

 イリスが絶叫。

 シエルミラノの輝きが増す。

 その刹那。

 ライジング・ブレイドの輝きも増した。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 でも手に感じた温もり。

 温かさ。

 アイナとニシキもライジング・ブレイドを握り締めている。

 二人が力をくれた。

 二人の力も、私のエネルギアになった。

 そして。

 シエルミラは弾けた。

 金色の光の粒が教室に乱舞した。

 ライジング・ブレイドの刃もひしゃげてフェンダのギターケースに入らなくなった。

 ミヤビとニシキとアイナはライジング・ブレイドから手を離した。

 奇妙な形になってしまった金属が床に落ちて、音を立てる。

 教室はしんと静まりかえっていた。

「やったの?」ニシキが言う。

「うん、」ミヤビは小さく頷く。「二人のおかげ」

「それで、」アイナが興奮を抑えられない、という表情で言う。「ここから、何をすればいいの?」

 イリスは教卓を背に、足をこちらに投げ出して倒れ込むように座っていた。彼女の髪は煌めいていなくて、電気に焦げ付いたように、艶が消えて色は悪い。彼女の小さな口元がゆっくりと動いて言った。「もうお願いだから、何もしないでよ」

 イリスの声は、夏に響く、ひぐらしの声みたいに煩わしく思えた。

 この感情は。

 この怒りはきっと、ミアのものだ。

 怒りが沸騰して。

 体中が熱くなって。

 ミヤビはイリスの前に進み出て、拳を握り締めて、頬を殴った。

 鈍い音が教室に響いた。

 アイナとニシキは顔を見合わせて驚いていた。

「・・・・・・痛いわ、痛いじゃないの、痛い、痛いわよ!」

「私はもっと痛かったわ、」ミヤビの口調は、ミアのものだった。「アリスはもっと、痛かったんだと思う」

 イリスは赤くなった頬を押さえてじっとミヤビの顔を見ていた。

 そして耐えきれない、という風にむせび泣き始めた。

 イリスはむせび泣き頬を押さえ、そしていつの間にか、眠るように気を失った。

 ミヤビはそれを見届けてから。

 黒板の前に立った。

 黒板の中心にある、切れ目に指を入れ左右に開いた。

 簡単に開いた。

 黒板の中の光景を見て。

 ニシキが悲鳴を上げた。

 アイナは座り込んでしまった。

 ミヤビは黙ったまま涙を流した。

 今日は何度、泣かなくっちゃいけないんだろうって思った。

 哀しくてしょうがなかった。

 声を押し殺して泣いた。

 目元を手の平で押さえた。

 しばらくそうしていた。

 すぐには動けなかった。

 動いてしまったら心が壊れてしまいそうだったから。

 まだ、世界を終わらせるためにやらなくちゃいけないことがあるのに動けなかった。

 動かなくちゃいけない。

 彼女のエネルギアは、まだある。

 だから動かなくちゃいけない。

 動くために。

 ミヤビは目元をから手を降ろした。

 そしてまっすぐに見つめた。

 ミアを。

 安楽椅子に座ったミアを。

 様々な形をした無数の管が刺さっているミアの体を。

 毛髪が抜け落ち、ほとんどミイラみたいになってしまって、白い肌をしていないミアのことを。

「くそったれ!」

 ミヤビは叫んだ。

 そしてミアの前にひざまづき、彼女の体に絡んだ管を優しく、一本一本、引き抜いていった。

「痛いわ」ミアの声がミヤビの耳の中で聞こえる。

「我慢して、今助けるよ」

「無駄よ、」ミアの声は笑っている。「もう、私の体を死んでいるんだから、そんなことより、アリスのことを助けて上げて、アリスはまだ大丈夫だから」

「まだ時間はある」

「しょうがないわね、好きにして」

 どれくらい、その作業に時間が掛かっただろう。

 分からない。

 気付けばミヤビの手は血だらけになっていた。その血は水分の足りない赤の水彩絵の具のようだった。すぐに乾いて、べた付くこともなかった。それが凄く、嫌だった。

 首の部分、背骨に差し込まれていた太い管を抜いて、それで最後だった。

「ご苦労様」ミアの声がする。

 ミヤビはミアの体を抱き締めた。「大好きだった」

「私もよ、ミヤビのことが、溜まらなく好きだった、本当にあなたに会えてよかった」

「うん」

「次はアリスを助けて上げて、彼女は後ろにいるわ」

「うん」

「もう行かなくちゃいけないみたい」

「うん」

「さようなら」

 さようなら。

 それでもう。

 ミアの声はしなかった。

 ミアの魂は、行ってしまったみたい。

 でもミアのことは胸の中に感じる。

 余韻が残っている。

 アリスのことを助けないと。

 ミヤビはミアの体を抱き上げ、狭い部屋から出して、机の上に寝かせた。

 そしてミアの言葉に従い、彼女が座っていた管にまみれた安楽椅子の後ろを覗き込んだ。

 しかし。

 そこには鉄の壁しかなかった。

 鉄の壁。

 触ってみる。

 頑丈に出来ている。

 この向こう側だろうか。

 だとしたら。

 どうすればいい?

 その時だった。

 がくんと。

 教室が縦に大きく揺れた。

 立っていられないほどだった。

「スクリュウが加速を始めたようだ、」死神のキョウカが言う。「ミアがいなくなったから自動的に、アリスがスクリュウの発電機になったのかもしれない」

「なんだよ、それ!」

 ミヤビは焦り声を荒げた。

 急がないと。

 世界が終わってしまう。「アリスがいない! ミアが後ろにいるって教えてくれたのに、いない、壁の向こう側かもしれない、でも、どうしたらいい!」

「アリスを早く探し出せ、」キョウカの口調は少し早かった。「早くしないとこの世界が終わるぞ」

「そんなこと言われなくても分かってる!」

「アリスがいるのはそこじゃないわ」

 ハルカだった。

 ハルカが額を押さえて立ち上がり声を絞り出すように言った。「アリスがいるのはそこじゃない、後ろって、教室の後ろの黒板の向こうってことだよ」

 ハルカは後ろの黒板を指差している。

「ハルちゃん、平気?」アイナがハルカの傍に駆け寄り、体を支えて言う。「大丈夫?」

「うん、すっごく頭痛いけど、」ハルカは笑顔を作った。「大丈夫」

「ハルカ、それって、冗談じゃないわよね?」ニシキはハルカの前に立ち、睨み聞く。

「冗談なんて言わないって、本当だって、信じてもらえないかもしれないけれど、本当なんだって、信じて、私は世界を終わらせたくないの、ちょっと色々複雑なことがあったけど、私の気持ちは、今の気持ちは世界を終わらせたくないの」

「信じるわ」ニシキは歯切れよく言った。

「うん、信じるよ」アイナは大きく頷く。

「ミャアちゃんは?」ニシキはミヤビのことを見つめる。

 ミヤビはハルカの方にゆっくりと視線を動かした。

 見つめ合う。

 ハルカは狂ってしまったんじゃないかって思ってた。

 でも、今の彼女の眼差しは。

 大好きなハルカの眼差しだった。

「信じるに決まってるだろ」

「ありがとう、」ハルカは得意のハルちゃんスマイルを見せた。「皆のこと、凄く好き」


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