第三章⑭
「もう私、」アキラは錦景天神の社の中の畳に寝ころんだ。「歳だわ、もう駄目、死んじゃう」
「だらしないなぁ、」篠塚カノコはアキラの上に乗って首筋にキスして彼女の汗を舐めた。「たったの二時間半よ」
アキラは今日、カノコが率いるオーバドクターズのライブに来ていた。錦景第二ビルのブロックガーデンというライブハウスでのワンマンライブだった。アキラは最初は最前列ではしゃいでいたが、いつの間にか彼女は壁際に座り込んでいた。
「たったの二時間半でも、毎日座りっぱなしの体にはトライアスロンよ、もう体中悲鳴を上げているわ、あんっ、」アキラはカノコが首筋に十回目のキスをすると厭らしい声を上げた。「ちょっと、ねぇ、止めて、カノコ、ねぇ、お願いだから、止めてって」
カノコはアキラに強引にキスした。アキラは酒臭かった。アキラが畳の上に寝っ転がっているのは、カノコが強引に飲ませたせいもある。
「やめて私はストレートだって言ってるでしょ、」アキラはカノコの肩を押して体を離した。「ごめんなさい、あなたには感謝している、あなたがいなかったら、トワイライト・ローラーズに出会えなかったから」
いつだったか、アキラがメイド喫茶ドラゴンベイビーズに訪れたのは、カノコとマシロと、ドラゴンベイビーズのオーナの天之河ミツキにゴーストバスタを頼むためだった。三人とも一応魔女だった。マシロは雷の魔女で、ミツキは光の魔女、そしてカノコは風の魔女。しかし幽霊に有効な攻撃はエレクトリックな性質を帯びる必要がある。だからマシロは、彼女の家に集まる、女子高生の魔女の四人を紹介したのだ。
カノコはアキラの登場以前から、錦景の微細な変化に気付いていた。もちろん、錦景山に立つスクリュウという発電施設が関わっているとは思わなかった。しかしアキラがカノコに接触することがなくても、錦景に訪れた要因として、カノコは独自にスクリュウに辿り着くことは出来たと思っている。元々、錦景山というのは心霊スポットとして有名だった。錦景山とはエネルギアが溢れる場所だった。カノコはアキラと出会って、初めてその原因を知った。それは錦景山に宇宙のエネルギアが流れ込んでいるからだったのだ。宇宙と地上とを繋ぐ綻びが錦景山の上空にはあって、スクリュウはその綻びを自らのプロペラで広げ巻き込み、電気エネルギアに変換しているのだ。その代償として、変換しきれなかったエネルギアが魂と絡んで錦景市一帯に幽霊の被害が増えているが、それはトワイライト・ローラーズが何とかしてくれている。そのためのトワイライト・ローラーズだ。四人は錦景市の守護神だ。カノコは彼女たちのためにテーマソングを作った。それはまだレコーディングしていないけれど、いつかプレゼントしようと思っている。
「アキラ、怖がらないで、立ち向かってきて、」カノコはアキラの体に触れて言う。「アキラは本当に男の人が好き?」
「ええ、ええ、」アキラは頷き、無理に笑う。「そうね、ストレートだもの、男の人が好きよ、私、社長のこと、好きだわ、彼の笑顔、素敵だと思うわ、本当に素敵、そそられる、思えば私がパイザ・インダストリィに就職したのは彼がいたからだわ」
「嘘、」カノコはアキラの手を引っ張り、その手の甲の肌を吸った。「あなたが求めているのは私、つまり女、そうでしょ?」
「違うわ、違う、」カノコは目を瞑って首を振る。「私は女の人なんて」
「私の歌う姿、どうだった?」
「カッコよかったよ」
「そそられなかった?」
「小さくて可愛いいって思った、でもギターのサウンドが力強くて驚いた、こんな小さな人が、こんな声で歌うんだって思った」
「つまり私の歌声に魅了されたのね」
「そうかもしれないけれど、そそられてはいないわ」
「まあ、ライブを見て、そそられる人ってあんまりいないと思うけどね」
「え、そうなの?」アキラは意外、という表情をする。
「あれ、やっぱり、そそられたの?」カノコはアキラの瞳を見つめた。
「違うわ」アキラはカノコから目を逸らす。
「正直になれって」カノコはアキラの胸に触って上下に激しく動かした。
「あんっ、」カノコは高い声で鳴いた。「駄目、駄目だってっ」
「何が駄目なのか詳しく教えてくれる、お嬢さん」
そのときだった。
天神さんの鈴が大きく鳴った。
「天神さーんっ」
その声はミヤビだった。
カノコはぐんまちゃん不動の後ろに隠れた。カノコは体が小さいのですっぽりと隠れることが出来た。
アキラは服の乱れを直してから社の扉を開ける。
「魔法瓶を貰いに来たんだけど」
ミヤビの声がする。
他の三人もきっと一緒だろう。
彼女たちは今日もゴーストバスタに出かけるようだ。
彼女たちがいれば錦景市は安泰だ。
そしてスクリュウという素晴らしい発電機があれば錦景市の未来、そして世界の未来は明るいものになるだろう。
それは魔女の研究の成果だ。
カノコは同じ魔女として、その成果が作る素敵な未来を無邪気に喜んでいた。
そう無邪気にね。
悪い?
だってそのときは。
ええ。
この世界の真実を知らなかったんだもの。
仕方がないことでしょ?




