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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第三章 ディスコード
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第三章⑬

「何それ、信じられない、信じられないっていうか、信じたくない」

 ニシキはハルカからマクドナルドであったことを聞いて、体のあらゆる部分の震えが止まらなかった。「ミャアちゃんが、そんな、それってハルちゃんジョークじゃなくって、本当に、本当に、本当のことなの?」

「うん、本当、さっきのマクドナルドであった現実、」アイナに肩を抱かれハルカはソファに座っていた。ハルカはひとまず落ち着いた様子で、下唇を甘く噛みながら気丈に振る舞おうと努力している。しかし指先で弱い部分を突っついたらすぐにまた涙腺が崩壊しそうな、そんな笑顔だった。「凄く可愛い外人だった、彼女が現れた瞬間のミヤビの表情ったらなかったわ、二人にも見せたかった、本当にもう、凄くいい顔で、秘密がばれる瞬間の女の子ってこんな風にいい顔をするんだって思った、本当にもう、最高だった、ミヤビはやっぱり、最高の女の子だね」

「ハルちゃん、」アイナはハルカの頭を撫でて頬にキスして言う。「無理してしゃべらなくていいから、泣きたいときは泣いていいんだよ」

「大丈夫、無理してないから、私は大丈夫」

「本当?」

「うん、本当に本当、」ハルカは天井を向いて瞬きをした。「アイナこそ、無理しないで、泣いていいんだよ」

 アイナはじっとハルカの横顔を見ていた。「……ごめんね、ハルちゃん」

 アイナはハルカの胸元に顔を埋めて静かに泣いている。

 それを見てニシキももらい泣き。

 駄目だ。

 悲しみが止まらない。

 まるで人類の進歩のように悲しみは留まることを知らない。

 進歩は悲しみといつだって隣り合わせ。

 これは進歩かな。

 いいえ、違う。

 ただ積み上がった悲しみの山を眺めて慟哭しているだけ。

 健全ではないわね。

 多分、このままじゃいけないわ。

 でも、彼女を失った悲しみは。

 辛過ぎる。

 錆びた刀が胸に深く突き刺さって。

 抉られているみたい。

 痛いわ。

 凄く痛い。

 本当にどうにかなりそう。

 白勝ちの桜錦が泳ぐ姿を見たくなった。

 そっちの方向に視線を向ければ、マシロのふくよかな体があった。

「はあ、全くもぉ、なんなの、アンタたちってば、」今までニシキの隣で静かに話を聞いていたマシロが、もう黙っていられない、という感じで口を開いた。ぐっすり眠ったせいだろう、声が大きい。「三人とも、ミヤビ一人に捨てられた位でメソメソしちゃって、魔女が魔女を裏切ることなんてよくあることよ、四人で仲良くしているあんたたちは魔女としてすっごく特殊、っていうか、不自然、この不自然はいつか崩壊を産むだろうとは思っていた、それが今ね、でもこういう状況は私にして見れば全然普通、全然普通の日曜日よ、私も今まで散々、魔女に裏切られてきたわ、ロンドンでも、パリでも、ニューヨークでも、上海でも、東京でも、ここ錦景市でも、裏切られてきた、でも私は今のあんたたちみたいにメソメソしなかったわ、高校生の私はメソメソなんてしなかったわ、むしろ新しい恋が出来るって喜んだものよ、あんたたちも喜びなさい、別れは新しい恋の始まりよ、さあ、ハルカ言いなさい、別れは新しい恋の始まり」

「マシロ先生っ!」アイナは怒鳴ってマシロのことを強く睨んだ。「それは魔女の真実の一つかもしれないけど、今言うことじゃないでしょ!」

「本当、最低、」ニシキもマシロを睨み舌打ちした。「ハルカの気持ちが分からないんですか? ついでに私たちの気持ちも分からないんですか? 私はマシロ先生がどうして今そんなことを言うのか、全っ然分かりませんっ!」

「……ごめん、」マシロは二歩、ニシキから離れ謝り、笑顔を作って言う。「悪気があったわけじゃないの、ただ占い師として、そうよ、占い師としてね、アドバイスしたかっただけ、それだけよ、別にお説教したわけじゃないわ、ああ、そうだ、皆、珈琲飲む? 淹れてあげるわ、マシロ先生特製のとびっきりおいしい珈琲を淹れてあげちゃう、んふふっ」

 マシロは逃げるように奥の給湯室の扉を開いて中に入った。

「……逃げたな」アイナが閉じた扉を見ながら言った。

「でも私は、」再び扉が開いてマシロが隙間から顔を出し言う。「間違ったことは言ってないわよ、絶対にね」

 そして扉が閉まった。

「全く、」ニシキは額を押さえた。「しょうがない大人」

「別れは新しい恋の始まり」

 いきなりハルカが呟いた。そして呪文のように繰り返す。ハルカの潤んだ瞳は幻覚を見ているようにゆらゆらと揺れていて焦点が定まっていなかった。多分、ハルカが見ている幻覚は黄金の楽園だ。「別れは新しい恋の始まり」

「ハルカ?」ニシキはハルカの目をまっすぐに見つめ優しい口調で言う。「ねぇ、ハルカ、まだ私たちはきちんとミヤビと話をしていないわ、その可愛い外人っていうのが本当にミヤビの恋人かも分からない、きちんと話をしなくちゃ、ミヤビとも、可愛い外人さんとも、とにかくミヤビとの別れを受け入れるのは、まだ早いと思うんだよね、どう思う?」

「別れは新しい恋の始まり」

 ハルカははしゃぐように言って、得意のハルちゃんスマイルを見せた。そのスマイルはいつもの倍くらい素敵だった。感情が溢れ出ている感じ。でも絶対、健全じゃないスマイルだ。「ニシキ、アイナ、別れは新しい恋の始まりよっ!」

 そしてハルカは膝の上で丸くなっていた黒猫のスコールを抱き上げ、立ち上がって店先に立ちそして。

「ミヤビのくそ女!」

 ハルカは向かいのタワーレコードに向かって、ありったけの声量で叫んだ。なんて素晴らしいソプラノだろう。「ミヤビの恥知らず、ミヤビの人でなし、ミヤビの浮気者、ミヤビのロリコン、ミヤビの変態、くたばって死ね、バカぁ!」

 店先のおしゃべりオウムもハルカの罵声を真似て騒ぎ始めた。「ミヤビのくそ女! ミヤビのくそ女! ミヤビのくそ女!」

「もぉ!」アイナがハルカを止めに走る。「ハルちゃんってば、何してんのっ、オウム、こら、悪いこと言ってんじゃないの、オウム!」

「アイナ、」ハルカは舞台女優のように歯切れよく言う。「マシロ先生が言うとおり、別れは新しい恋の始まりだわ、だから一緒に叫びましょう、ほら、ニシキも座ってないでこっちに来て、ほら早く、海に向かって叫ぼうぜっ!」

 ハルカは向こうを指差したが、そこには紛れもなくタワーレコードがあって、入り口付近のカウンタに立っている顔馴染みのショートヘアの素敵な店員さんが困った顔でこっちを見ている。タワーレコードのお客さんも、なんだ、どうした、とこっちを見ている。

 それでもハルカは叫ぶのを止めない。

 狂っちゃったみたい。

 四人で一つの形だったから。

 一人でも欠けたら、もう駄目なんだ。

 中途半端な出来損ないの私たちは、駄目なんだよ。

 ミァヤちゃん。

 あなたは何を考えているの?

 早くここに来て説明して。

 そうじゃないとハルカだけじゃなくて、私もアイナもきっと。

 狂っちゃうわ。

 ニシキは胸を押さえる。「ああ、苦しいな」

 そのときだ。

「レナさん!」ハルカの破裂するような声がしてニシキは視線を持ち上げた。

 なぜかそこに。

 水野レナがいた。

 そして。

「レナさーんっ、」ハルカはレナに飛びついて抱き締めた。「レナさーんっ!」

「え、ちょっと、えっと、ハルカちゃん?」レナはハルカに抱き締められながら困惑の表情をする。「どうしちゃったの、ハルカちゃんってば、まさか酔っぱらってる?」

「酔っぱらってないですよぉ、」ハルカはまるで酔っぱらいみたいに言う。「あ、それでレナさんに相談なんですけど」

「え、相談?」レナは首を傾げる。「相談しに来たのは私なんだけどな」

「私、レナさんのことが好きです、」ハルカは冗談みたいに言った。「私と付き合ってくれませんか?」

「ハルちゃん、何言ってんのっ?」アイナが絶叫した。「何言ってんのっ!?」

「ハルカちゃん、何言ってるの?」レナは絶叫はしなかった。そして笑顔だった。「私がケン君のこと好きなの、知ってるでしょ? ハルカちゃんのこと好きだよ、素敵な人だって思ってる、でも私はレズビアンじゃなくてストレートだから、レズビアンのハルカちゃんのこと幸せにしてあげられないわ、ごめんね、……っていうか、いつもの冗談だよね?」

 そして。

 ハルカはゆっくりとレナから離れた。

「うん、もちろん、もちろん、レナさん、冗談だよ、いつもの冗談、私、冗談大好きだから、その、えっと、」ハルカはレナに背中を向けて、ニシキの目を見て笑顔で呟いた。「別れは新しい恋の始まり、えへへっ」

「ハルカ、お願いだから、しっかりしてよ」

 ニシキはハルカに歩み寄り抱き締めた。

 ハルカはまた泣いている。

 ニシキとハルカの足下を黒猫のスコールが回り始める。

「ごめんなさい、今日は帰ってもらえますか?」アイナがレナに言う。「ちょっと占いが出来る状況ではないので、ごめんなさい」

「あの、もしかしてハルカちゃん、本気だったんですか、私のこと?」レナはハルカの泣き声を聞いて慌てている。「だったら、なんていうか、その、帰れませんよ、ハルカちゃんと話をさせて欲しいです」

「違う、あなたのせいじゃないわ、」ニシキはレナに言った。強い口調になってしまった。レナには怒っているように聞こえただろう。いや、事実、怒っていた。「ハルカが泣いているのはあなたのせいじゃないから、あなたはハルカの涙に何も関係ないから、とにかく帰って」

「でも、」

「いいから帰ってよ、早く!」

「……はい、分かりました、それでは会長、失礼します、」レナは深々くお辞儀をした。「ハルカちゃん、またね」

 そしてレナは一瞬釈然としない表情をニシキに見せてマシロの家の前から去った。

 ハルカはレナが去ってからもずっと泣いていた。

 本当にこの日曜日はずっと。

 ニシキの耳元では不協和音が響いていて。


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