第四章①
元々一つだった世界は、四つに分化した。
その分化とは魔女の営みに寄っていて、四つの世界でもっとも顕著に見られる差異は魔女にある。なので、四つを分かつ基準には魔女が適当であり、相応しい。
第四世界に魔女はいない。一人もない。魔女という概念は存在し、ポピュラだが、魔女が実在しない世界が第四世界。
第三世界に魔女は少ない。しかし一定数は存在していて、魔女という概念もポピュラである。しかし一般的にそれらは第四世界と同様にオカルトとして扱われ、その実在は伝統的に公的に認可されていない。そんな魔女として生き辛い世界が第三世界。
第二世界に魔女は多い。魔女は社会の一部であり、その世界の歴史は一般的に魔法研究の進歩と並び描かれる。
第一世界は魔女の世界だ。男性の魔術師も、男性も、ただの女性もいない。その他の動物も存在しない。この世界の魔女は他の世界の魔女と区別するために天使と呼ばれるが、この世界には天使しかいない。天使の世界が第一世界だ。
なぜ、この世界は四つに分かれたか。
その疑問を探求する望遠が、ハレーやガリレオが行ってきた作業とほとんど同じだが、少し違う、すなわち天体史と言えるだろう。
二千年前にこの世界を四つに分化させた彼女たちが何を考えていたのか、メモを前に、それに想いをはせることこそが天体史なのである。
ここでは少し前まで天使であり、今は死神となった四条キョウカが第二世界の魔女であったサブリナが描いた「方法としてのヘリテージ、そしてテーゼに」という二十四章による短い覚え書きについて気付き、触れ合ったことによって得た極論を紹介しよう。
どうして世界が四つに分かれたか。どうしてその契約が結ばれたのか。どうして世界が分かれなければならなかったかを考える。
通説として、世界が分かれたのは、天体の永遠のためと言われている。天体の揺るぎない永遠のために天体に境界線が引かれ、つまり永久機関というシステムが構築され、四つに分かれたことによって、未来の観測が契約以前と比べて容易となり、正確になった。
そう、言われている。
その観測とは永久機関のメンテナンスと並び死神によって行われる。死神は契約以前に占星術師と呼ばれる職業を営んでいた人々の伝統を継承している。死神は星を見て、未来を予測する。正確に予測する。例えば日本という国のG県の錦景市に住む森永スズメが昼食に何個のハンバーガを注文するか、というレベルまで予測する。この予測によって致命的な危機は未然に防がれ、世界は平和に維持されているのだ。
世界が四つに分かれて具体的に世界に現れた変化とはつまり。
第四世界において。
星がよく見えるようになった。
そういうことだ。
空気が澄んで、より星の輝きが届くようになった。
それまでの世界の空というのは滲んでいた。
天使がいて、魔女がいて、その他様々な種族が混じり、エネルギアの溢れた世界は混沌としていて、その空は霞、滲んでいたのだ。
しかしエネルギアが一切ない第四世界に、その滲みは生じない。
その世界ならば、完全な天体観測が可能となる。事実、天文学というジャンルが第四世界には存在するし、月に到達したのは第四世界が最も早かった。
ではなぜ、四つの世界なのか。
一般的に世界に引かれた境界線の二本はフィルタとも呼ばれている。第一世界に溢れるエネルギアを、第一世界に完全に閉じ込めてしまえば、世界は二つでいい。しかし完全に閉じ込めることによって、世界が破裂する危険性があるからだ。だから第二世界と第三世界でエネルギアを消化させている。その二つの世界が第一世界からこぼれ落ちるエネルギアを消化することによって、第四世界に初めて、完全な天体観測が可能となるのだ。
さて、ここまでは天体史の通説であり、常識だ。それはとても耳障りのいい正論のように、支配的で蔓延している。この状況はとても自然で、いいか、悪いかという短絡的な議論の土壌にも乗らない。
しかし「方法としてのヘリテージ、そしてテーゼに」のサブリナの言説が、もちろん彼女は第二世界の住人であり天使の常識はご存知なかったが、キョウカの白いメモを汚した。
「この四つの世界は、それぞれシリーズなのではないか、」その言説は第十六章の四段落目に見ることが出来る。「私は、サブリナという個体は、ソフィアの魔法、というよりは歌によって、おそらくその世界では誰も認識し得ない、認識の仕方をした、それは夢であったように記憶も曖昧で、それぞれのシーンの片隅までは見えていなくて泥塗れの眼鏡を掛けていたようで不快だったが、その不快さがサブリナにそれを夢と強く思わせない、サブリナは免れざる客として、羽根のある、まさに天使たちの屋敷で温く味のない水を飲みながら話をした、ふと見ればサブリナの背中にも羽根が生えている! 天使たちはこの世の形を、四つの世界の話をしてくれた、その話をサブリナは曖昧にしか覚えていない、正確に持ち帰ることは出来なかったが、まさに夢のように、しかし確かに聞いたのだ、不快感は残っている、天使たちの嘲笑! 四つの世界の悲劇を彼女たちは愉快に話していた、天使たちは四つの世界がある切実で逼迫した理由を恐怖とも言える表情でサブリナに語った後に、貴様がここにいることがどれほど罪深いことかと天使は叫んだ! そしてその後、天使は微笑み、嘲笑! 羽根を揺らしながら、愉快に話すのだ、四つの世界の悲劇を過剰に演出された舞台劇と同じように! サブリナはそれによってこの四つの世界は天使たちが作り上げたシリーズだと思うようになる、そして同時にそれまで抱くことがなかった衝動を覚える、それはサブリナという個体の延命である、すなわち出産を思い立つ」
彼女が言う、シリーズ。
その言葉はキョウカによって、何かとのリンクを想起させる。
その何かとは。
もちろん、キョウカの予感と言うべきものであり、引用はなく提出など出来ない種類のものだが。
天使となったとき、天使となるということは第二世界、第三世界、第四世界で肉体を失い魂になり、第一世界に昇ったという状態のことだが、誰でも受けなければならない講義がある。全十五回の天体史基礎概論だ。そこで最初に学ぶのは、「混沌は好むべきものであり、誕生、そして再生の源であり、光である」という言葉だ。そしてそれは「では闇とは、」と続く。「では闇とは何か、光を失った悲しみでは決してない、闇とは光が煌めく場所、つまり世界であるだろう」
天体史という枠組みを用意したのは天使である。魔女ではない。天使は絶対的な魔女であるが、絶対的であるがゆえに、魔女的ではない。魔女とは自然に、今を思考する。それに対して天使は自然に、過去を思考する。
天使が過去を見る場合。
分析は魔女のそれよりも深くて、死神が夜空を望遠し星座を見つけ出すように、天使は過去から星座を見つけ出す。
つまり、天使は過去に憧憬を抱くのだ。
だから、とは、議論を続けたりはしないが。
二千年前の翼の生えた魔女たちは欲しがりはしなかったのか?
四つ世界を。
四つの世界がそれぞれ紡ぐ物語を、すなわち闇を欲しがりはしなかったのか?
その闇に輝く星座を見つけ出す作業に。
悲劇を取り出し、記述し、まるでその悲しみを救済したように誇らしく思う。
その仕事の中に天使は快楽を見出さなかったか?
「先生、」キョウカの講義を聞いていたアンジェリカが手を挙げて言う。「二千年前の天使が何を考えていたかなんて分かりませんが、私は、一年ほど天体史の研究を続けています、でも、一度だって愉快だ、なんて思ったことありません、論文が完成した時くらいです、愉快、っていうか、安心するのは、その時くらい」
「そうだな、私もお前と同じ意見だ」
キョウカがそう言って笑うとアンジェリカは嬉しそうに笑って唇を舐めてウインクして言う。「ねぇ、先生、今晩空いている?」
アンジェリカの周囲の天使たちが口笛を吹いて笑った。
「アンジェリカ、」キョウカは教卓に手を着き、アンジェリカを睨み怒鳴る。「そういうことはせめてチャイムが鳴ってから言えっ」
「いやんっ、」アンジェリカは高い声を出して喜んだ。「先生に叱られちゃったんっ」
「全く、お前ってやつは、」
そのタイミングでチャイムが鳴った。
「あ、鳴ったよ、」アンジェリカは羽根をばたつかせキョウカの方に飛んで来る。「盛大に鳴ってるよっ」
「よし、今日の天体史の講義はここまで、お前らきちんと復習して来いよ」




