8 妹です!
ルイス様のお父様であるノッカス公爵は、長身痩躯でいつも笑みを崩さない、とても穏やかな性格の持ち主だ。しかし、キレるとものすごく怖い。
公爵夫人であるエイミー様は、いつも気怠げな表情をされている、気の強そうなスレンダー体型の美人。気は強いが、性格が悪いというわけではなく、根は優しい方だ。
そんなエイミー様が眉尻を下げて話しかけてきた。
「フィリア、ルイスから聞いたわよ。大変だったわね。ところで、婚約破棄のほうは上手くいったの?」
「今のところ、膠着状態なんです」
婚約破棄を言い渡された、あの日の晩、お父様がフォブラー伯爵家に着くと、ジェイコブをボコボコにしている最中だったらしい。
そして、フォブラー伯爵夫妻は、息子が勝手に言い出したことなので、婚約破棄の話はなかったことにしてほしいと言ったそうだ。
お父様曰く、フォブラー伯爵は浮気について、そう悪いことではないと思っているらしい。
次の日の朝、ジェイコブのお母様だけ私の家に訪ねてきて謝罪してくれた。
ジェイコブのお母様は見ていられないくらいに憔悴していた。
息子のやったことが本当に信じられなくて許せなくて、裏切られた気持ちになったのだと思う。
ジェイコブの性格は、彼の父によく似ていると聞いている。もしかしたら、若い頃の奥様も旦那様に浮気をされて悩んだことがあったのかもしれない。
いや、現在進行系の可能性もある。だって、ジェイコブのお父様には愛人がいるという噂も聞いたことがあるもの。
だから、私の両親もここ最近は、ジェイコブと私の結婚に乗り気ではなかった。
考えれば考えるほど、フォブラー伯爵夫人が気の毒に思えた。
夫の浮気だけでなく、自分の息子が婚約者に婚前交渉を求めただけでなく、他の女性に手を出していたなんて、本当にショックだと思う。
「膠着状態ってどういうことよ。とっとと婚約破棄させなさい」
「そうなんですが、相手が渋っているんです。相手のお父様は、妻になる人間が夫の浮気くらい許せなくてどうする、いつかは堂々と愛人を持つんだぞ、とか言っていたそうです。うちはフォブラー家と取引しているらしくて、強く言えない状態なんだそうです」
「……ハワード」
エイミー様が金色のウェーブのかかった髪を揺らし、女性としては少し低めの声で、公爵閣下の名を呼んだ。
「はいはい。何ですか、愛しの奥様」
「フィリアの件だけど」
「何とかしろって言うんですね? 承知いたしました。で、フィリア、君はどうしてほしい? 伯爵令息なら、少し苦労はするかもしれないけど消せるとは思うよ」
公爵閣下が笑顔で物騒なことを聞いてくるので、私は慌ててかぶりを振る。
「お気持ちは大変ありがたいのですが、公爵閣下にご迷惑をかけるわけにはいきません!」
遠慮する私をエイミー様は眉根を寄せて見つめる。
「あのね、フィリア! このままだと、あなた、その男と結婚しなくちゃいけなくなるのよ!?」
「そ、それはそうなのですが……」
「そういう男は反省したって、妻が妊娠中に不倫するに決まっているわ! どうにかして婚約破棄してしまわないと駄目よ! まさか、フィリア、そんな男に未練があるんじゃないでしょうね!?」
「ないです、ないです! 失恋のショックはありましたが、すでに立ち直っています! 新しい恋を見つけようとしているくらいです!」
「フィリアももう19歳だし、そろそろ嫁にいけと言われはじめてもおかしくないわ。それに今から探すとなると、中々難しいんじゃない?」
エイミー様はそこまで言った時になって、ラナとルイス様が足元で座り込んでいることに気がつく。
「あら、あらあら、二人共どうしたの? お嬢さんは見かけない顔ね。ルイスのお友達かしら」
「は、はじめまして、ノッカス公爵閣下、ノッカス公爵夫人。お目にかかれて光栄です」
ラナがルイス様の介抱をやめて、慌てて立ち上がりカーテシーをした。
「可愛い! うちのミュウも可愛いけど、この子も可愛いわ!」
エイミー様が身をかがめて、笑顔でラナに話しかける。
「怖がらなくて大丈夫よ。よかったらお名前はを聞かせてもらえる?」
「ラナ・ノイズと申します」
「「……ノイズ?」」
エイミー様と閣下の声が重なった。二人共動揺した顔で私を見つめている。
「あの、何か?」
「まさか、この子、フィリアの親戚なの?」
「妹です!」
エイミー様に問われた私は、即座に答えた。
こういうようなやり取りは、ルイス様たちだけではない。他の人にも言われたことがある。
……そんなに似てないのかな。
そう思いながら、ぷるぷる震えているラナを見る。
あ、うん。やっぱり、全然似てないわ。ラナは私とは違う世界の生き物だわ。
すると、閣下が口を開く。
「よく見てみると顔立ちは似てるかもしれない」
「今は可愛くなくて申し訳ございません」
「誰もそんなことを言ってないじゃないか。フィリア、卑屈になるのは止めなさい」
閣下にたしなめられ、素直に頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「これからは気を付けるように。明るくて前向きなところが君の良いところなんだから、卑屈さはいらないよ」
「承知いたしました」
私が閣下に一礼した時だった。
「ルイス、あなた顔が真っ赤じゃないの!」
エイミー様がしゃがみ込んだままのルイス様の顔を覗き込んで叫んだ。
「ち、違うんです、母上、こ、これは、天使に会ったからでして」
「ちょっと、何を言ってるの! もしかして熱が……」
「エイミー様、いつものやつです」
慌てていたエイミー様だったが、私の言葉を聞いて、心配げな表情が呆れたものに変わった。
「そうなの。ならいいわ。ルイス、私たちはフィリアと話があるから、ラナちゃんと遊んでいて」
「ふ、二人きりでですか!? 未婚の男女ですよ!?」
「ありえないと思うけど、ラナ嬢に何かしようとしたら、わかってるだろ?」
「もちろんです!」
公爵閣下の笑みを見たルイス様は、一瞬にして浮かれた気分が吹き飛ばされたようで、こくこくと何度も首を縦に振った。
ルイス様って、たまに本当に7歳かと疑ってしまう時がある。
未婚の男女なんて言葉、7歳児が使うものなのかしら?




