9 理解できません!
「お姉様」
ラナは私と違って、かなりの人見知りだ。私が近くにいなくなるのは不安なようだった。
気持ちは分かるが、閣下たちには逆らえない。
「ごめんね、ラナ。話が終わったらすぐに行くから、ルイス様と一緒に待っていてくれる?」
「……わかりました」
ラナは不安そうにしながらも、ルイス様に頭を下げる。
「ルイス様、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ! どうぞこちらへ」
右足と右手、左足と左手が同時に出ているルイス様の背中と、そんな彼に付いていくラナを見送ってから扉を閉める。すると、閣下からソファーに座るように促された。
メイドがお茶を淹れて出ていくと、エイミー様が口を開く。
「婚約破棄の話については、また改めて話をしたいのだけれど、あなた、キーファのことが異性として好きなの?」
「……はい?」
キーファというのは、アットンのことだ。ど、どうしてそんな話になるの???
一瞬、頭の中がハテナで一杯になったが、とにかく否定だけしておく。
「いえ、その、彼をそのような対象で見たことはありません」
「やはりそうだよな。君たちが話をしているところを、あまり見かけたことがないと使用人たちも言っている。それに、君はすぐ顔に出るから、キーファのことが好きなら、すぐにわかるよな」
うんうんと公爵閣下が頷いて納得している。
ど、どういうこと? そんなに私、感情が顔に出てるの? それって騎士として駄目なんじゃない!?
アットンにも言われていたけど、本当にしっかりしないと駄目だわ!
「そ、そんなに顔に出ていますか?」
「仕事中の時はそうではないわ。婚約者の話をしている時のあなたの顔は今にもとろけそうな顔をしていたから、そう思っただけよ」
「気をつけるようにいたします」
頭を抱える私を見て、エイミー様は苦笑する。
「騎士としての仕事に支障が出ているんじゃないから気にしなくていいわ。それよりも、ごめんなさい。ミュウがあなたに嫌がらせをしていたのよ」
「……嫌がらせ、ですか?」
「ええ。気付いてないならいいのだけど、ミュウはあなたを勝手にライバル視していたのよ」
「ラ、ライバル視、ですか?」
エイミー様が、アットンに私のことを悪く言っていた話をしているのだろうか。
聞き返すと、エイミー様は困った顔をして右手を頬に当てながら話す。
「詳しい話を聞いてみたんだけど、キーファが休憩中に他の騎士と話をしていたのを聞いたらしいの」
「どんな話をしていたんでしょうか」
「好きな女性のタイプの話をしていたみたいよ。で、そのタイプが、フィリアにぴったり当てはまるみたいなの」
「そ、そうだったのですね」
そんな理由で私はミュウ様に敵認定されてしまったのか。
……それも気になるけど、アットンはどんなタイプの女性が好きだと言ったのかしら。
「ミュウを叱っておいたし、これからはキーファも、あなたに普通に接するようになると思うわ」
「それはまあ、ありがたいです。別に嫌われたいわけでもないですし……」
本音を言うと、顔はめちゃくちゃ好みである。だから、少し優しくされたりすると、恋に落ちてしまいそうで怖い。だから、今までの距離感でいいんだけど、わざわざ、仲を悪くしたいわけでもない。
それにしても、ルイス様といい、ノッカス公爵夫妻といい、どうして私とアットンのことを気にするのかしら。
「うちの息子の前で、ふざけた話をする男女よりも、君は幸せにならないといけない。だから、君にはいい男性を見つけてほしいと思っている」
閣下が私の考えていることを見透かしたかのように言った。
そうよね。ルイス様の希望とはいえ、あんな話を聞かせるべきではなかった。聞かせてしまった私も悪いので頭を下げる。
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「謝らなくていいよ。ルイスから自分が悪かったので、絶対にフィリアを責めないでくれと言われているんだ。どうせ、あの子のことだ。自分から残ると言ったんだろう?」
「……ありがとうございます」
ルイス様、ありがとうございます!
そこまで気が回るあなたが、なぜ、好みの異性からふられまくっているのか理解できません!
心の中で感謝していると、閣下は笑顔を見せる。
「ノイズ伯爵からも謝罪の連絡があった。責めるつもりはかったけど、あんなに可愛いらしい娘さんを隠してたことは謝ってもらおうかな」
「本当ね」
おどけたように笑う二人を見て、ルイス様を思い出した。
やっぱり、ルイス様が優しく育ったのは、このお二人の血を引いているからなのでしょうね。
お二人共に自分の屋敷で働くのなら、多少、嫌なことはあるかもしれないけれど、毎日、行くのが辛い、と思われる職場環境にしたくないそうだ。使用人の名前も全員覚えているし、月に一度、アンケートを取って使用人たちの希望を聞いたり、相談にのってくださるという、普通の貴族ではありえないことをしてくれる。そのため、ノッカス邸で勤めたがる人は多いが、辞める人もいないため、働ける人はかなり幸運だと言われている。
ちなみに今日、私がここで話しているのも、その一環になるのだろう。
「ラナの件につきましては、父に申し伝えます」
「ありがとう。それから、フィリア、これを君に」
そう言って、閣下が差し出してきたのは、封が切られた真っ白な封筒だった。促されて中を見てみると、今、人気のレストランで行われるイベントの招待状だった。
「こ、これは! 一年先でも予約が取れないと言われているお店ですよね!?」
「ルイスから君が行きたがっていたと聞いていて、どうにかして予約を取れないか頑張ってみたんだ。かといって、人の予定を変更させるのは良くないから、これしか用意できなくてすまない」
「いえ! 行けるだけでも嬉しいです!」
「でもね、フィリア、少し問題があるのよ」
エイミー様は眉尻を下げて言った。
「……問題ですか」
内容をよく見てみると、試験的に行われる食事会のようで、男女ペアの方のみと書かれている。
もしかして、さっきから、アットンの話をしていたのは――
「アットン様を誘えということでしょうか?」
「他に誰かいるのなら、その人でも良いと思うけれど、キーファのほうが良いと思うわ」
「どういうことでしょうか?」
「理由はある。その前に聞きたいことがあるんだけど……」
「何でしょうか」
「君はキーファのことを見て、何も思い出さないのかな」
閣下に尋ねられた私は、思い当たることが一切なくて、かぶりを振った。




