10 意味がわからない!
「思い当たることもないのね?」
「ありません。私、過去に、アットン卿に会っているんですか?」
閣下とエイミー様は顔を見合わせて苦笑したあと、私に視線を戻し、エイミー様が口を開く。
「幼い頃の話だものね。気にしなくていいと思うわ」
「そうだな。フィリアにはフィリアの人生があるんだから」
うう。どういうこと? すごく気になるんだけど……。
二人は再度うなずき合うと、エミリー様が話題を変える。
「あのね、フィリア。そのパーティーには、婚約解消も破棄もしてくれない彼も来るらしいの。しっかり証拠を押さえて、上手く婚約破棄に持ち込みなさい。キーファ以外に当てがあるなら、その人を誘えばいいわ。相手が不貞だと言ってくるようなら、ノッカス公爵夫人の命令で来たと言えばいいし、私も社交場で話をしておくわ」
「いや、僕の名前を出せばいい。何か言われたら、ノッカス公爵の命令で来たと言いなさい」
「承知いたしました」
このパーティーに、ジェイコブはダイアナ嬢と一緒に参加するんでしょうね。
婚約を破棄する状況証拠が手に入れられるのはありがたい。そう思った私は、ありがたく招待状を受け取った。
******
その日の夜、予想もしていなかったことが起きた。なんと、ジェイコブが突然我が家に押しかけてきたのだ。
久しぶりに会ったジェイコブは、私が殴る前よりも鼻が曲がっている様な気がするが、気にしないでおくことにする。
本来なら門前払いしたい。だが虎の威を借る狐になるにはまだ早い。お父様の立場が厳しくなるかもしれないので、とりあえず会うことにした。
応接室には通さず、エントランスホールで応対をする。
「迷惑だから帰ってくれる?」
「久しぶりだね、フィリア、そんなに怒らないでくれよ。ところで胸を大きくするには、どうしたら良いか知ってる?」
「……はい?」
「君が知りたがっているかと思って」
ジェイコブは満面の笑みを浮かべて言った。
この人、頭大丈夫?
「別に知ろうともしてないし、知りたくなったら、あなた以外の人に聞くわよ」
「そうか。でも、せっかく君とために来たんだから聞いておいてくれよ」
「迷惑よ」
冷静になって思う。
なぜ、私はこんな人と結婚しようとしていたのか。政略結婚がきっかけだったにしても、この人を気に入っていたことは確かだ。
やはり、顔で選んでいたんだろうか。いやいや、守ってあげたくなる人だったからであって、こんな性的な発言をしてくる人だったからではない。
「ダイアナが教えてくれたんだ。あのね」
「迷惑だと言っているでしょう! あなた、整形したくて私の所に来たの?」
「へ?」
彼の鼻を指差すと「ひっ!」と情けない声を上げて後退った。
律儀に応対してやる必要もないが、婚約を破棄する話はしておきたい。
「ジェイコブ、私との婚約を破棄するよう、あなたのお父様に言ってくれない?」
私は何も面白いことを言っていないのに、ジェイコブは鼻を押さえたまま、へらへらと笑う。
「フィリア、今日は気が立っているみたいだね。また明日来るよ」
「婚約破棄の話をしてくれるの?」
「いや。僕としては、ダイアナを隠さなくて良くなった今、君に隠すものは何もない。君と結婚して、ダイアナを愛人にすれば良いだけの話になったからね。それに、結婚したら、君だって僕に股を開くだろう? さあ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
「ふざけないで!」
ジェイコブが抱きつこうとしてきたので、私の背中に悪寒が走る。
声に出しただけのつもりだったけど、身体が勝手に動いていた。
気付いた時には、ジェイコブの頬と腹に流れるようにパンチを入れてしまった。
し、しまった!
暴力をふるわないように気をつけていたつもりなのに!
私の足下に転がり、苦しんでいるジェイコブに話しかける。
「やり過ぎたわ、ごめんなさい」
「ううっ! 酷い、酷いよ!」
「あなたが抱きついてきたから、痴漢に対応しただけなの」
「ち、痴漢!?」
近くにいた兵士に立たせてもらったジェイコブは、涙目でききかえしてきた。
「だってそうでしょう? 抱きついてこようとしたんだもの。その前の不快な発言も含めて、あなたは私にとって犯罪者よ」
「……犯罪者」
「婚約を破棄してくれないなら帰って」
そう言うと、ジェイコブを掴んでいた兵士の一人が気を利かせて、玄関の扉を大きく開け放った。
「と、とにかく明日また来るよ」
「婚約破棄の書類を持ってこないなら、来なくていいわ」
私はジェイコブを家から追い出して、素早く鍵を閉めた。
婚約というのは契約みたいなものだ。一般的に、どちらかが浮気をした時点で契約不履行だ。
ただ、それは私たちが思う常識であって、ジェイコブの家では常識ではないみたいだった。
彼のお父様には未だに何人も愛人がいる。
だから、息子の婚前交渉が出来なくて、辛い気持ちはわかると周りに話をしているらしい。
それに、悲しいことに男性の婚前交渉は認められているから、ジェイコブ自体はただ浮気をしただけ。
しかも、私を思って、彼女との関係を続けていると開き直っている。
意味がわからない!
イベントに行って、世間を味方につけよう。閣下たちも手を打ってくれるみたいだし、彼らの常識がおかしいことを知ってもらうことにしましょう。




