11 人のことは言えないわ
その日の晩、私は小さい頃の夢を久しぶりに見た。だけど、それは何度も見たものではなく、その夢の続きだった。
『わたし、将来、……のお嫁さんになってあげる』
『君にはもっと良い人がいると思うから、僕のことなんて忘れたほうがいい』
『やだ。わたし、お嫁さんになる。だから、ほかの人を好きになっちゃだめだよ?』
『……僕の話を聞いてた? 自分勝手なこと言わないでくれよ』
『かって、って何? 何か買ってほしいの?』
美形の少年は呆れた顔をして私を見つめる。
『そんなんじゃない。君はどうせ、次の日には僕を忘れるんだろう?』
『覚えてるよ! ずーっと覚えてる!』
『信用できない』
眉間にシワを寄せた表情が誰かに似ているような気がした。
次の日の朝、目が覚めた時は夢のことを覚えていたのだが、生活するうちに、男の子の顔を思い出せなくなった。
夢の中の少年が言っていた通りになっているのが悔しくて悲しい。
思い出そうとしつつ、結局思い出せないまま、日は過ぎた。
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相手を探したものの、やはり良い相手は見つからず、結局、アットンに一緒に行ってもらうことになった。
ルイス様経由でお願いしたところ、ルイス様が言うには、特に嫌がる様子もなく承諾してくれたらしい。
当日の夜、いつもポニーテールにしている髪をシニヨンにし、化粧もいつもよりも気合いを入れてもらい、私なりに武装した。
黒の膝丈のワンショルダーのドレスに身を包み、待ち合わせしていた場所に行くと、紺のスーツ姿のアットンがいた。
迎えに行くと言ってくれたのだが、さすがに申し訳なくて待ち合わせたのだ。
いつもと違う服装というだけで、アットンがキラキラして見えるのはなぜだろう。
深呼吸してから、彼が乗ってきたと思われる馬車の御者と話しているアットンに近づく。
「今日は申し訳ございません。それから、本当にありがとうございます」
話しかけると、彼は苦笑する。
「どういたしまして。こちらこそ、迎えに行かなくてごめん」
「私がご遠慮させていただいただけですので、お気になさらず」
「敬語は使わなくていいよ」
「……ですが」
「調子が狂うからやめてほしい」
「承知いたしました」
お願いなら仕方がない。改めて礼を言う。
「本当に助かったわ。ありがとう」
「ルイス様から色々と話を聞いたけど、自分の息子が浮気をして婚約を破棄したいって言い出したのに、婚約破棄どころか、解消もしてくれないなんて無茶苦茶だね」
「悪いと思ってない人に何を言っても無駄ってことよ」
「そう言われればそうか」
アットンは納得して私に尋ねる。
「今回のイベントの目的は? 証拠集めでいいのかな」
アットンが思ったよりも協力的なことに感謝しながら、私は素直に答える。
「浮気については開き直っているから駄目よ。貴族社会では男性の浮気に寛容だからね」
「かといって、浮気をしてもいいわけじゃない。それに寛容な態度を示さない人も多いと思うよ」
「だから、今回の場を利用するの」
頷いてから、アットンにお願いする。
「ジェイコブに椅子を投げつけそうになったら止めてくれる?」
「……承知しました」
「ありがとう」
アットンは呆れた顔をしていたけれど、止めることはしなかった。
彼とこんな風に円満に話ができるとは思っていなかった。少し安堵しながら、彼と店に向かうことにした。
レストランは白亜の二階建てで横に広く、テラスからは、ランタンの明かりに照らされた幻想的な庭園を見ることができる。
貴族御用達ということもあり、セキュリティもしっかりしている。会場に入るまでに、所持品検査をされ、思ったよりも時間がかかった。
会場はそう広くなく、4人がけの丸いテーブルが10卓程あり、予定時刻よりもかなり早いが、すでに席に着いている人もいる。
案内された席に着いて、アットンと他愛のない話をしていると、隣のテーブルに案内された人がいた。
ジェイコブとダイアナ嬢だった。
閣下が段取りをしてくれており、お店の支配人も店員も、その他のお客様も、私たちの関係性を知っている。
二人が私たちの隣のテーブルに座ることは、事前に知らされていた。
椅子に腰掛けたダイアナ嬢が私の存在に気付き、指を差してくる。
「あ! 婚約を破棄してくれない、負け犬のノイズ嬢じゃないですか! 毎日、ジェイコブを独り占めしちゃって、ごめんなさいね」
頭にこつんと自分の拳を当てて、ぺろっと舌を出して言う彼女を見て、一発殴りたくなった。
言い返そうと口を開こうとした時、アットンが止めに入る。
「フィリア嬢、座って」
「……はい」
普段はアットンから、ノイズ嬢と呼ばれていた。フィリア嬢と呼ばれたのは初めてだった。そのことに気を取られた私は、居住まいを正す。
名前を呼ばれるだけで、こんなに動揺することになるとは……。
「仲よさげなふりをしたほうがいいだろ。僕のことも名前で呼べばいい」
アットンが身を乗り出し、口元を手で隠しながら小声で言った。
「ありがとうございます、キーファ様」
「どういたしまして」
うふふふと引きつった笑みを浮かべると、アットンは呆れた顔をする。
すると、ジェイコブが私に話しかけてきた。
「フィリア、君も来ていたのか。というか、僕というものがありながら、男性と二人で食事に来ているなんて信じられない」
女性連れのあなたに言われたくない。
私はすぐさま言い返す。
「だから言っているでしょう、ジェイコブ。私とあなたの仲は終わりなの。元々、婚約の破棄はあなたから言い出したことなのよ? 大体、あなたも他の女性を連れているじゃない。人のことは言えないわ」
「父上も言っていただろう? 男が浮気するなんて当たり前のことなんだよ」
「ひとくくりにするのは止めてもらえないかな」
私とジェイコブの会話に割って入ったのはアットンだった。
「誰だい君は?」
ジェイコブはアットンを見てそう言ったものの、すぐに慌てた様子で言葉を続ける。
「たしか、僕達を案内してくれた騎士だったね。騎士の分際で僕の婚約者と食事に来ているのかい?」
アットンは社交場に顔を出していないため、ただの騎士だと思われているようだ。現公爵の弟だと知ったら、ジェイコブはかなり焦るでしょうね。
「その質問には後でお答えするよ。男の浮気なんて当たり前だと言うが、全ての男性が浮気すると思われてしまうような発言は止めてもらえないか。君と一緒にしないでほしい」
アットンに冷たい口調で言われ、ジェイコブは涙目になる。そして「騎士のくせに生意気な」と言って、ダイアナ嬢に目を向けた。
「ダイアナ、せっかくの楽しい食事の場が邪魔されてしまいそうだから、今日は違う店にするかい?」
「え? でも、私、ノイズ嬢ともっと、お喋りして仲良くなりたいわ」
ダイアナ嬢はぶりっこポーズをとると、嫌だ嫌だと言いながら、上半身を左右に振った。




