12 異世界の人よね
ダイアナ嬢の行動は、私にしてみれば苛立つものだが、ジェイコブにとってはそうではなかった。
「ダイアナ、そんなに体を揺らしたら、君の大きな胸に目がいってしまうだろう。他の男に君の魅力的なところは見せたくないんだ」
「いやーん。ジェイコブったら、えっちぃですぅ!」
ダイアナ嬢は両手を頬に当て、プルプルと胸を震わせる。
……殴りたい。
拳を握りしめたところで、アットンが小声で話す。
「彼女の取り柄は胸の大きさだけらしい」
「……ジェイコブの言い方だと、そう言われてみればそうね」
そう思うと、怒りがスッと静まったので、私の性格は良くない。
反省しつつも、ダイアナ嬢が少しだけ気の毒に思えた。
私が冷静になったことがわかり、アットンは小さくため息を吐いて話題を変える。
「僕らは何を見せられているんだろうね」
「本当にそうだわ。もしかして、あの二人って人を苛立たせるのが趣味だったりする? それとも日頃の鬱憤を晴らすために私達を殴って下さい的な奉仕精神? ああ、やっぱり何か言いたくなってきた!」
「言いたくなる気持ちはわかるけど、意思疎通のできない異世界人のような人物自ら関わるのは止めたほうがいい」
「そうね。同じ言語を話しているはずなのに、話が通じないんだもの。異世界の人よね」
二人で現実逃避しかけていると、料理が運ばれてきた。
今日の店側の意図としては、カップルや夫婦がデートで訪れたいと思えるような空間や、メニューを調査したいということで、男女ペア限定の集まりになっている。
ちなみに同性愛は自由だが、社会的にはあまり受け入れられていない。
最後にはアンケート用紙に記入して、良い点悪い点、気づいた点などを書いて終わりらしい。
それ予約がなかなか取れにくい店で食事が無料になるのだからありがたい。
普通は向かい合って食べるものなのだろうかが、ジェイコブは椅子を動かし、ダイアナ嬢の隣に座った。
椅子を動かすくらいなら、空いている隣の椅子を使えばいいと思うのだが、そういう気はないらしい。
ジェイコブは、運ばれてきた前菜の野菜を一口大にしてフォークに刺すと、ダイアナ嬢の口元へ持っていく。
「ダイアナ、口を開けて」
「はーい。ぱくん。……うん、美味しいですっ!」
ぱくんという言葉を口に出す必要はないと思うんだけど……。
イチャイチャし始めた二人に、私だけじゃなく、周りの人も明らかにドン引きしている。
「ここまでヤバい人だと思ってなかったわ」
「結婚する前に気付けて良かったね」
アットンは二人なんて存在していないかのように目を向けず、淡々と食事を続けている。
すごいわ。こういうの見慣れてるのかしら。それとも精神修行をしてきたとか?
私もこれくらいにならなくちゃ。
その時、キャッキャッうふふしていた、ダイアナ嬢の声がひときわ大きくなった。
「ちょっと、やだ! ジェイコブったら、どこを触っているんですか!」
「君が胸元の大きくあいたドレスなんて着てくるからだよ。料理がこぼれちゃったじゃないか」
そう言って、べろりとジェイコブは、ソースがこぼれた彼女の胸元を自分の舌でなめた。
「不快だ」
さすがに我慢できなくなったらしい。
アットンが眉根を乗せて、ジェイコブに話しかける。
「君、常識はないの?」
「……もちろんある」
「そう思えない。よくもまぁ、自分の婚約者の前で他の女性に触れられるもんだね」
今のところ、私が婚約者だ。アットンは婚約者という言葉を強調した。すると、ジェイコブが声を荒らげる。
「僕らが何をしていようと勝手だろう? 大体、騎士のくせに生意気なんだよ。僕を誰だと思ってるんだ」
「フォブラー伯爵令息だよね?」
「そうだよ。本当ならば騎士の君が軽々しく話しかけても良い身分じゃないんだ」
「騎士ではあるけど、僕は伯爵の爵位も持ってるよ。ちなみにアットンは爵位を受け継いだ時に一緒にもらった名前だ」
アットンに言われ、ジェイコブの動きが止まった。
さすがのお馬鹿さんでも伯爵令息と伯爵ではどちらが偉いかはわかるらしい。
しかし、もう一人のお馬鹿さん、いや、ダイアナ嬢はわかっていないようだった。
「なんのこと?」
と言って、不思議そうにしている。
彼女は母親の連れ子らしく、平民の暮らしが長かったそうだ。
もしかすると、貴族社会のことは詳しく知らない?
いや、だったとしても、親かジェイコブが教えているわよね。
確認してみようと思い、ジェイコブに向かって尋ねようとした時、ダイアナ嬢が口を開いた。
「ねえ、ジェイコブ様、どうしたんです? 同じ伯爵の爵位ですし、身分は同じってことですよね?」
私とアットンだけでなく、近くのテーブルの人たちも、ダイアナ嬢に呆れた目を向けた。




