13 愛してるわけないでしょ
さすがのジェイコブも笑みを引きつらせてかぶりを振る。
「いや、正確には違うんだ。よく聞いてほしいんだけど、僕はまだ伯爵じゃない。伯爵の息子というだけで、伯爵よりは偉くないんだ」
「でも、どうせいつかは、ジェイコブ様だって伯爵になるんでしょう? ということは、わたしは伯爵夫人になれるってことですよね?」
ダイアナ嬢は周りの視線など気にもせず、笑顔で手を合わせる。
「い、いや、その、悪いけど、今のところは無理なんだ。君は僕の愛人にしかなれない」
「はい!? 何言っているんですか!? 私をお嫁さんにしてくれるって言ったじゃないですか! あれは嘘だったんですか!?」
ダイアナ嬢は怒りをあらわにし、身を乗り出して続ける。
「約束したじゃないですか! 最初は愛人だけど、いつかはちゃんと伯爵夫人にしてくれるって! その言い方だと、わたしはずっと愛人のままだということですか!?」
「いや、それは、ちょっと、ダイアナ、その話はここではちょっとやめておかないか? 今は少しだけ静かにしよう。ああ、いや、話題を変えよう」
「静かになんてしていられるわけないでしょう
!」
ダイアナ嬢は、ジェイコブのシャツの襟元を掴んで叫んだ。
茶番劇みたいだが、至って本人たちは真面目そうだ。ダイアナ嬢が次に何を言い出すのか気になるので、私も黙って見守ることにする。
「私がどれだけジェイコブ様にご奉仕してると思ってるんですか! 乙女を捧げたんですよっ!? それってどういことかわかってます!?」
「ダイアナ、頼むから、そんなに大きな声で話さないでくれ!」
「ちゃんと責任をとってくれれば済む話です!」
ダイアナ嬢はヒステリックに叫びながら立ち上がった。
「ダ、ダイアナ、頼むから静かにしてくれ」
「僕も君が責任を取るべきだと思うけど」
焦るジェイコブにアットンが話しかけると、ダイアナ嬢はアットンに微笑みかける。
「そう思いますよね? ほら、ジェイコブ様、この人だってそう言ってるじゃないですか! わたしたちの未来のために覚悟を決めてくださいねっ!」
何の覚悟を決めるのかしら。私との婚約を破棄すること?
そう考えていると、正面から強い視線を感じた。アットンを見つめ返して我に返る。
そうだわ。今がチャンスよね。
私は穏やかな笑みを浮かべて、ジェイコブに話しかけた。
「ジェイコブ、こんなに可愛い人を困らせちゃ駄目よ! 私はあなたの願い通り、婚約破棄を受け入れるわ! ダイアナ嬢と幸せになってね!」
「何を言っているんだ?」
「言葉の通りよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなことをしたら困るのは君たちだろう! 自分の父親のことを考えられないのか!?」
お父様のことを言われると辛い。下手なことをすれば、領民にも迷惑がかかる。それは絶対に駄目。
だけど、悪いのはジェイコブよ。こちら側の有責じゃない。
私が言い返す前に、アットンが口を開く。
「僕がなんとかする」
「えっ!?」
驚いてアットンを見つめると、彼は苦笑する。
「君に手を貸すのはノッカス公爵家だけじゃない」
それって、どういう意味? もしかして、アットンのお兄様も助けてくれるということ?
黙って彼を見つめる私から、彼はジェイコブに視線を移して話を続ける。
「ノイズ伯爵家に手を出そうとすると、君の家が痛い目に合うよ? それなのに、婚約破棄をしないのかな」
「い、今は思い浮かばないだけで、僕とフィリアが別れられない理由は他にもあるはずだ!」
言い切ったジェイコブは、何か思い付いたのか、私を見てにやりと笑った。
「そうだ。フィリア、君は僕を愛してるよな?」
「いいえ」
「嘘をつくなよ! アットン伯爵、これが僕がフィリアと別れられない1番の理由です。僕は彼女を泣かせたくないんですよ」
「愛してるわけないでしょ」
アットンが口を開く前にきっぱりと答えたら、ジェイコブは困った顔をする。
「意地を張るなよ。君は僕に夢中だったじゃないか」
「それは過去の話です! あなたが、そちらのご令嬢とお付き合いを始めていると知ってからは、あなたへの愛は消え去りました」
「何だって? ……フィリア、君が、そんなに 変わり身の速い女性だったとは思ってなかった。どんなことがあっても、僕を愛し続けてくれると思ったのにショックだよ」
ジェイコブは肩を落とし、悲しげな顔をして私を見つめている。
いやいや、どうして私がそんなことを言われなくちゃならないの?
「……あなたが別れを切り出してきてましたよね?」
「そうだったか? あまりよく覚えていないな」
この人、自分が婚約の解消を言い出した記憶を綺麗に消し去ろうとしてるみたいだわ。
父親に浮気は良くても、婚約の解消は駄目だと叱られたとか?
そうだとしたら、なんて奴なの。
「ルイス様が一緒に聞いて下さっていました」
「いくら公爵令息であっても、彼は子供じゃないか。証人にはならないよ」
「僕も話を聞いたよ。僕が証人になろう」
アットンに言われ、ジェイコブは悔しそうな顔をして黙り込む。
あの時、訪ねてきたジェイコブたちをアットンが案内してくれたということは覚えているみたい。
すると、黙って話を聞いていたダイアナ嬢が声を発する。
「ねえ? よくわからないけど、わたし、伯爵夫人になれるでいいんですよね?」
「ダイアナ、その話は後にしよう」
「やだ! いつもそうやって、えっちなことだけしてはぐらかすんだから! お願いです! ちゃんとはっきりと、あなたの口から聞きたいんです!」
「そうだよ。女性を不安にさせるのは良くない。とっととフィリア嬢と婚約破棄して、隣にいるの彼女と婚約してあげればいい」
アットンがしれっと、婚約破棄について触れてくれた。
ここは、私も彼のように平静にならたくちゃ。
そう思いながら、笑顔でジェイコブに話しかける。
「私も二人はお似合いだと思うので、婚約破棄を受け入れますよ? あなたとダイアナ嬢の仲は、ここにいる皆さんが証人になってくれると思うから、今更なかったことに、なんて言わないわよね?」
「もちろんですよ! ねっ? ジェイコブ?」
ダイアナ嬢に腕をがっちりつかまれたジェイコブは、父親のことを考えたのか、情けない顔をして私を見つめた。




