7 大袈裟すぎますよ
それは、婚約を破棄された3日後の朝のことだった。
「て、天使がいる」
ルイス様たちの学園がお休みの日、ノッカス邸の応接間のソファーに座るラナを見たルイス様は、そう言って動きを止めた。
「ふふふ、ルイス様。どうですか、あなたのために、このわたくしめが彼女を見つけて参りましたよ。これは給金アップ案件でしょうか」
「あ、ありがとう。だが、本気で探そうと思えば、すぐに見つかりはするけどな」
呆けていてもツッコミは忘れない。さすがルイス様だわ。
「それは残念です」
本気で給金をアップしてもらえるとは思っていなかったが、がっかりしたふりをした。
「それよりもフィリア」
「何でしょう? お給金アップですか!?」
「いや、そんなにもしてほしいなら、お前以外の使用人たちも含めて、父上に相談するが……」
「私以外の人たちの給金アップでお願いします」
私も仕事を頑張ってはいるつもりだが、給金アップほどのことをしているとは思えない。
「あの、ルイス様、それよりも……の後は何を言おうとしていたのですか?」
「誘拐してきたわけじゃないよな」
「当たり前じゃないですか!私を何だと思っているんです!?」
「あのぅ……」
私が聞き返した時、座っていたラナがゆっくりと立ち上がった。そして、ピンク色のドレスのすそをつまみ、扉の前に立ったままのルイス様にカーテシーをする。
「ラナ・ノイズと申します。この度は、ルイス様のご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
「はわわわわわ」
ルイス様は変な声を上げると、私を見上げて叫ぶ。
「天使が喋った!」
「人間ですよ」
「い、いや、だって、こんな可愛い生き物がこの世に存在するのか?」
「それは私も毎日思ってます」
「だろうな! って、毎日? え? あ、どういうことだ? え?」
ルイス様はパチパチと目を瞬かせたあと、私からラナに視線を移す。
「あの、そこの美しい人」
「……?」
名乗ったばかりなのなの、名前を呼ばれるのではなく、美しい人では、返事はしにくいと思う。
ラナが首を傾げると、ルイス様は顔を真っ赤にして尋ねる。
「もう一度、名を聞かせてくれるかな?」
「はい。ラナ・ノイズと申します」
「ノイズ……。ノイズ!?」
「はい。いつも姉がお世話になっております」
ラナは深々と頭を下げた。ルイス様は、驚愕の表情で私とラナを交互に見ながら叫ぶ。
「え!? そんな!? え! 天使と黒ウサギが姉妹!?」
「黒ウサギって私のことですか」
「そうだよ。怒ったら地団駄踏むような真似するじゃないか」
「地団駄なんて踏んでませんよ!」
「足ダンするだろう」
今回の足ダンというのは、地面を片足だけ強く踏むことを言っているのだと思う。
「よっぽど腹が立ったら、一回か二回ならしますけど」
「だよな」
呆れた顔でルイス様は私を見つめたあと、困った様な顔をして、私達を見つめている天使……じゃなくて、私の可愛い可愛い妹のラナに視線を戻す。
すると、ふにゃりと相好を崩した。
感情の変化がわかりやすくいところは、ルイス様もまだ子供で可愛いらしい。
ルイス様はこほんと咳払いをして、仕切り直そうとする。
「あの、うるわしの君」
「ルイス様、彼女の名前はラナですよ」
「わ、わかってる! フィリアは黙っていてくれ! というか、天使の名前をそう簡単に呼べる訳がないだろ」
「美しい人だとか、うるわしの君だとか言われるほうが嫌だと思いますが」
「え?」
ルイス様は驚いた顔をして、ラナの様子を窺う。その視線に気がついたラナは、はにかんだ笑顔を見せてから頷く。
「ラナと呼んでいただければ光栄です」
きゅーん!!
ハートを見えない矢で撃ち抜かれたのは私だけじゃなかった。
というか、胸を押さえてふらふらとしているルイス様は一発じゃなく、何発も食らっているように見える。
「む、胸が……!!」
「いや、大袈裟すぎますよ」
「ど、どうかされましたか!? お姉様、ルイス様が大変です!」
床に崩れ落ちたルイス様にラナが駆け寄るが、逆効果である。
シラけた顔をして二人を見守る私に、ラナが泣きそうな顔で助けを求めてきた。
「大丈夫よ、ラナ。いつものことだから」
「いらいつものことなんですか!? 大変です、お医者様に診てもらいましょう?」
ラナがしゃがみ込み、ルイス様の顔を覗き込もうとしたが、ルイス様の挙動はもっとおかしくなるだけだった。
「て、天使が、近くにっ!」
そろそろ助け舟を出そうかと思っていた時、扉がノックされた。
「うう。は、入ってくれ」
ルイス様が胸を押さえながら返事をすると、彼のご両親であるノッカス公爵夫妻が部屋に入ってきたのだった。




