5 どうなんです?
ルイス様に聞き返されたアットンは、静かにかぶりを振る。
「僕にもわかりません。ミュウ様からそう命令されただけですので」
「そんな……。どうしてそんなことになるんだ!?」
ルイス様は戸惑うような表情を浮かべたけれど、すぐにハッとした顔になった。
「キーファ、お前はミュウから、フィリアについて話をされたことはあったか?」
「はい」
「どんな話をされたんだ?」
アットンは黙って様子を見守っている私を一瞬だけ見た。だけど、ミュウ様の命令があるからか、すぐにルイス様に視線を戻して答える。
「この場では、お話することはできません」
「どういうことだ? 俺がお前の正式な主人ではないからか?」
「それもございますが、ミュウ様から聞いた話をノイズ嬢には伝えるな、そして、聞いた話についての真偽を確認するなと言われております」
ミュウ様のもとで仕事をしたのは数日。しかも、その時は特に調子が悪かったため、ずっと横になっている状態だった。
ほとんど会話したこともないのに、そこまで嫌われているとは……。
生理的に嫌いとかなのかしら。仕方がないことかもしれないが、何だか悲しくなる。
「ミュウは一体何を考えてるんだ。まあいい。命令されているのであれば仕方がない。フィリアがいない時に教えてくれ。それから、フィリアと二人でいる時や、周りに俺しかいない時は、フィリアとは普通に話をしろ。これは俺からの命令だ」
「承知いたしました」
アットンが頭を下げて頷くと、ルイス様は満足そうな笑みを浮かべて話を戻す。
「なあ、キーファ、ミュウには話をつけておくから、フィリアと付き合ってみないか?」
「お断りだと思います」
アットンが口を開く前に、私が代わりに答えた。
ルイス様が私のことを思っておっしゃってくれているのはわかる。
だけど、付き合う付き合わないとかプライベートな話は、いくら主人であれ、首を突っこみすぎるのも良くないと思う。
それに、この話についてはアットンが気の毒すぎる。
私みたいなじゃじゃ馬令嬢とお付き合いなんてしたくないわよね。
「キーファに聞いたのに、どうしてフィリアが答えるんだ?」
「ルイス様、これは私とアットン卿の問題です。それに、アットン卿にはミュウ様がいらっしゃいます」
だから、もうそんな馬鹿なことを言うのは止めて下さい。
と、心の中でお願いした。すると、アットンが眉根を寄せて口を開く。
「他人のことにどうこう言うつもりはないけど、僕自身は主人に恋愛感情を持ったりしないよ」
「そうかもしれませんが、絶対にないとは言い切れないでしょう?」
「じゃあ、君はルイス様のことを恋愛対象として見てるの?」
「それはないです」
「だよね。君には婚約者という好きな人がいたんだから、そんなことはありえないだろう」
ルイス様のことは素敵な人だとは思うが、恋愛対象として見たことは一度もない。そんな関係ではないからこそ、私たちは上手くやれているとも思う。
ジェイコブともいい関係を続けていると思っていたのに――
そう考えた瞬間、涙が溢れてぽろりと頬に落ちた。アットンは焦った顔で上着の内ポケットからハンカチを取り出して、私に差し出す。
「ごめん」
「あなたのせいじゃないわ。私こそごめんなさい」
あのタイミングで涙がこぼれたら、自分の発言のせいだと思うわよね。
嫌な奴と思う時もあるけど、心底、嫌な奴とも思えないから困る。
彼とは、ミュウ様のことがなければ、仲良くなれていたのかな。
「ハンカチ、ありがとう」
自分も持ってはいたが、差し出された白いハンカチを受け取って涙を拭く。
大きく深呼吸をして涙を引っ込め、あわあわしているルイス様に頭を下げる。
「取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「気にするな。それよりももう落ち着いたのか?」
「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「それならいいが……」
ルイス様は私の顔色を窺いつつも、話を戻す。
「二人はお似合いだと思うんだけどなぁ」
「ルイス様、私たちの会話を聞いて、どこをどうしたらお似合いと思えるんですか」
どうしてルイス様はやたらと私とアットンをくっつけたがるの?
……とまあ、このことは後でゆっくり聞けばいい。アットンをいつまでも、ここで足止めさせるのも良くないので、ハンカチを握りしめて彼に話しかける。
「今日はありがとう」
「お礼を言われることはしてないよ」
「見たくもないものを見せてしまったでしょう?」
「君が悪いわけじゃない」
アットンはそう答えると、立ち上がってルイス様に声を掛ける。
「そろそろ交代の時間ですので、本日は失礼させていただきます」
「おう。ご苦労だった。また何かあった時はよろしく頼む! それから、フィリアの件も考えておいてくれ!」
「お断りしますって言ってるじゃないですか!」
「キーファに言っているのに、どうしてフィリアが答えるんだ?」
ルイス様は呆れ顔で私を見つめる。アットンは何も言わず一礼だけして、この場を離れていった。
ハンカチ、洗って返さなくちゃ。他にお礼の品も必要よね。何を渡せばいいだろうか。
「どうした、フィリア?」
「いえ、ハンカチをお借りしたので、洗って返さなければいけないなと……」
「こっ、これはもしや、恋の予感か!? もしかしたら、キーファはフィリアが好きで、好きな子をいじめちゃうとか、そういういうやつなのか!? 気持ちはわかる! 俺の友人にもそういう奴がいるからな!」
「7歳児と同じような扱いにするのはどうかと思いますよ。それにルイス様、何でもかんでも恋愛につなげるのは止めて下さい。そんなことをしていたら、またふられますよ」
「何で、そんな酷いことを言うんだ!!」
ルイス様はテーブルに突っ伏したかと思うと、すぐに顔を上げて言う。
「フィリア、俺はキーファが本当は優しい奴なのを知っているから薦めているんであって、お前を嫌な気持ちにさせたいわけじゃない。お前の婚約者なんだから、お前が決めるのが一番だと理解している。キーファを選ばなくてもかまわない。ただ、お前の元婚約者よりももっと良い男を見つけて、あの二人よりも幸せになってくれ!」
「そうしたいのは山々なんですが、彼よりも良い相手は中々いないですよ。相手は馬鹿でも伯爵令息ですし難しいです」
「知り合いの伯爵なんてどうだ!?」
「アットン卿は駄目ですよ」
「フィリア、アットン卿ではないから大丈夫だ。アットン伯爵だ」
「どちらにしても同じ人ですよ」
新しい恋をして忘れるのもいいことだと思うが、アットン相手では難しい。
とにかく今は、強制的に話題を変えることにする。
「そういえば、ルイス様。今度、ふられる予定の方はどんな方なんですか?」
「フラれる前提で聞いてくるなぁ! 大体、まだ俺は何も言ってないだろ!」
「死んでしまうかもしれないと言っている時は、大体新しい恋に落ちた時じゃないですか。で、どうなんです? お名前は? どこのどなたなんです?」
「うう……。名前は、わからないんだ」
私の涙は止まったけれど、今度は私にまくし立てられたルイス様の目に涙が浮かんだ。




