45 何でもないわ
ルイス様の考えは正しかった。
なぜなら、先程、私たちを見つめていた彼は、私が昔好きだった人だから。
昔の私はルイス様のことを言えないくらいに、恋多き女だった。
とはいえ、浮気なんかしたことはない。ジェイコブとの婚約が決まったあとは、先程の彼のことは綺麗サッパリ忘れることに決めた。そして、いつしかジェイコブのことを好きになっていったから、思い出すことなんてなかった。
どうして彼は私たちのことを見ていたのかしら。もしかして、ルイス様の命を狙っている?
そうだとしたら一大事だわ。
「きゃー、ルイス様、やっぱりいらっしゃったんですね! 応援に来られるんじゃないかと思って待っていたんですぅ!」
甲高い声が聞こえて我に返ると、制服姿の可愛らしい少女たちが、ルイス様に近付こうとして騎士に止められているところだった。
「ル、ルイス様がモテている!?」
「失礼だな。俺はスポーツは苦手だが、勉強は出来るほうだし、公爵令息という立場だから、注目を浴びるんだ」
「見た目も中身もカッコいいですよ!」
笑顔で言うと、茶化したわけではないのに、ルイス様はなぜか不満げに眉根を寄せた。
7歳児なのに、よく周りの様子の変化にがつく人だ。
きっと、私が先程の男性について、詳しく話をしたがらないのを良く思っていらっしゃらないのだろう。
彼についてはあとでゆっくり話すことにしましょうか。
そう呑気に考えていたのだが、ルイス様がお友達を応援中の際に、アットンから体育館裏に呼び出されることになってしまった。
ルイス様に報告すると、騎士は他にもいるから行っていいと言われた。
「ルイス様に付いているように言われているんだけど」
体育館裏に向かって歩きながら、アットンに訴える。
「君の様子がおかしいから、ルイス様から君に話を聞くように言われたんだ。だから、素直に話してくれる? そうしたらすぐに戻れるよ」
「話すって何を?」
「さっきの男性と何かあった?」
ルイス様がここまで気にするなんて、私の反応はよっぽとおかしかったんだろうか。
好きだった人とは言いづらい。
いや、言ってもいいんだろうけど、なぜか、アットンには言いたくなかった。
「素直に話すも何も、学生時代の知り合いなだけよ」
素っ気なく答えると、アットンは無言で眉根を寄せた。
ルイス様はきっと、自分には話せないことだと思ったんでしょう。アットンならまだ話しやすいだろうからと彼を指名して、話を聞くようにしたんだろうけれど、今回の話については裏目に出ている。
ルイス様には話せるけど、アットンには話をしたくない。
なぜ、アットンに話をしたくないかというと、それは複雑な乙女心というやつだ。
ん? というか、どうして、アットンにそんな気持ちを抱かないといけないの!?
「ふぅん。そんな風には見えなかったけどね。前のパーティーの時の同級生の関係者とかだったりする?」
「そ、そうかもしれない! だから、私たちのほうを見てたのかも!」
それについては間違っていない。だから、私は何度も頷いた。
「本当に? 先日の彼の関係者なら、放っておいていいとは思えないけど」
アットンは胸の前で腕を組み、疑わしげな顔で私を見つめる。
綺麗な顔だから、ついつい見入ってしまう。
すると、アットンは困った顔をして目をそらした。
もしかして、照れてたりする?
というか、この感じ、昔にもあったわ。そうだ。
夢の中に出てくる、あの男の子は、アットンと共通点がたくさんあって……。
「大丈夫?」
呆けてしまっていたからか、アットンが顔を覗き込んできた。慌てて距離を取って頭を振る。
「何でもないわ」
「隠そうとしているのがわかるから気になるんだよ。大体、ルイス様から聞き出すようにっていう命令なんだ。そんなに言いたくないの?」
「アットンには関係ないでしょ。それにルイス様は無理強いしてまで聞き出せとは言ってないはずよ」
「……それはそうだね」
「でしょう?」
アットンは少しだけ困った顔をしたあと、私に謝罪する。
「悪かったよ。どうしても話したくないってことだね?」
「そう取ってくれてかまわないわ。何にしても、私の個人的な話だから気にしなくて大丈夫よ。ルイス様には私からちゃんと話すわ」
「わかった。じ君のプライベートなことに首を突っ込む気はないし、余計なことを聞いてごめん。戻ろうか」
「……」
促されたけど、なぜか足が動かなかった。
「……ノイズ嬢?」
アットンが足を止め、不思議そうな顔をして振り返る。
「……ごめん。先に行って」
「……どうしたの」
「何でもない。ちょっと一人になりたいだけ」
「一人で戻るわけにはいかない。少し離れた所で待ってるよ」
「一人になりたいって言ってるじゃない」
「そんな顔してるのに、一人にさせられないだろ」
アットンが困った顔をして言った。
私、今、どんな顔をしてるんだろう。傷付いた顔をしてるとか? アットンにこんな思いをさせられるなんて、本当に本当に悔しい。
それにアットンは悪くないってわかっているのに、この気持ちは何なんだろう。
「ノイズ嬢」
アットンに名を呼ばれて、俯いていた顔を上げた時だった。アットンと私は同時に、同じ方向に顔を向けた。
アットンの背後、私の正面から、誰かがこちらに向かって歩いてくるのに気が付いた。
私のことを探していたのか、こちらに向かって歩いてきた彼は、柔らかな笑みを向けてくる。
金色のストレートの髪が光に反射して眩しいくらいに綺麗だ。温和な優しい顔立ちの彼は、ブルーの瞳を私に向け、白い歯を見せる。
「久しぶりだね、フィリア。さっき、ノッカス公爵令息と一緒にいたよね。その格好だと、騎士の夢は諦めたのかな?」
先程、私とルイス様に鋭い視線を送っていたティーブスは、何事もなかったように、私に問いかけてきた。




