42 どうもこうもないわよ
ラナとエレスト弟のデートの件は、あっけないくらい簡単になかったことになった。というのも、話を聞いたお父様が学園側とエレスト家に苦情を入れたからだ。
学園側にも報告がいき、上級生が下級生を脅したという理由で、エレスト弟は謹慎処分になった。
これでラナへの脅威は落ち着いたかのように思えたが、代りにエレスト姉が私に絡んできた。
エレスト弟の謹慎処分が決まった次の日の朝、メイド服に着替えていた私のところへやって来て、エレスト姉はこう言った。
「どうして、私のやることに邪魔ばかりするんですか? 私が妬ましいからですか?」
「別に私はあなたの邪魔をしたつもりは一切ないんだけど、何のことを言ってるんです?」
メイドの控室には、私とエレスト姉しかいない。冷静に問いかけると、エレスト姉は眉間にしわを作る。
「あなたに意地悪をされて、弟が学園に通えなくなったってノッカス公爵に報告させていただきますから」
「はい? 意味がわからないんですけど?」
聞き返したけれど答えはなく、エレスト嬢は意味深な言葉だけを残して、控え室から出ていった。
それから数日は特に何も変わったことはなかった。だが、ある日、ルイス様が学園に行っている時間帯に、ノッカス公爵夫妻から本邸に来るように呼び出された。
ルイス様をお見送りしたあと、急いで本邸に向かった。馬車で3時間ほどの距離だが、早馬で行けばかなり短縮できる。
十二時過ぎにノッカス公爵邸に着くと、メイドが応接室に案内してくれた。
こんなことを言うのもなんだが、本邸のメイドは別邸よりも洗練されたような気がした。気品もあるしお客様の前では、笑みを絶やさない。
私も含め、別邸のメイドはルイス様の優しさに甘えているのかもしれない。
応接室で待つこと5分。夫婦そろって私の正面のソファに座った。メイドがお茶を淹れて出ていくと、早速閣下が本題に入った。
「今日は急に呼び出してすまない。使用人の間で君の良くない噂が回っているらしいから確かめたくて来てもらった」
「もちろん、私たちは噂を信用していないし、多くの使用人たちも嘘だと思っているのよ」
閣下の言葉をエイミー様が補足してくれ、私が今、どんな状況になっているかを教えてくれた。
どうやら、先日行われたアンケート調査で私への不満が多く上がっているらしい。ノッカス公爵夫妻が言うには、私が仕事を辞めたいと言っているだとか、仕事もせずにサボっているなど、仕事の面での不満。メイドに対して、いじめをしているという身に覚えのない内容だった。
しかも、そんなことを書いているのが1人や2人ではないらしい。
「誰がそんなことを言っているのかはわかる気がしますが、メイドたちがグルになって、私を辞めさせようとしているんでしょうか」
「いや、メイド多くは、とあるメイドに対しての不満が多く、君に対する意見はフットマンなどの男性からが多い」
……男性ねぇ。エレスト姉にすっかり騙されているといったところかしら。
「もしかして、騎士からもですか?」
「ないことはないが、少数でしかない。それに、とあるメイドの態度に対する苦情のほうが多い」
言葉を濁してはいるが、たぶん、エレスト姉のことでしょう。仕事がいい加減だから、不満がたまっていてもおかしくない。
どうやら、エレスト姉は私を辞めさせたいのか、彼女に気がある男性たちに、私の悪口を言いふらしているみたいだった。
他のメイドたちは男性と話をしてばかりで、人に仕事をやらせておいて、さも自分がやったかのように見せかけるエレスト姉に不満が溜まっていた。
「噂にしかすぎないから、しっかり調べるつもりではいるが、彼女をクビにする予定だ。ただ、いくつか懸念がある。一つは、一部の男性陣の不満が君にぶつけられるかもしれない」
「ご心配ありがとうございます。ですが、返り討ちにしてさしあげますよ」
「……危険だから駄目だ。それから、懸念事項はもう一つ。とあるメイドを推薦した人は少し厄介な人でね。君は面倒な敵が出来てしまったことを頭に入れておいたほうがいいだろう。あと、イライラしても我慢するように」
「承知いたしました。ご迷惑おかけし申し訳ございません」
お咎めはなかったものの、エレスト姉とは関わらないようにと忠告され話し合いは終わった。
モヤモヤした気持ちのまま、別邸に戻ると、ルイス様はすでに帰宅していたので、ルイス様の部屋に向かう。
アンケートの内容を少しだけ教えてもらったが、エレスト嬢にメロメロな男たちは、彼女の言うことを何でもかんでも信用しているみたいで、アンケートにこう書いていたらしい。
エレスト姉の可愛さに嫉妬して目の敵にしており、彼女に仕事を押し付けている。仕事をしない人は別邸には必要ないとのことだ。
仕事を押し付けるって、私と同じ仕事をしていないのに、どう押し付けているのか聞きたい。
誰がこんなことを言っているのか調べ上げて、ボコボコにしてやりたい。だけど、さすがに公爵夫妻もプライバシーがあるからと教えてくれなかった。
それは仕方のないことだが、アンケート結果にイライラしながら歩いていると、今から勤務の始まりなのか、騎士仲間と歩いているアットンと出くわした。
「……怖い顔してるけど何かあったの?」
「どうもこうもないわよ。というか、あなたは私の悪口、公爵夫妻に話してないわよね?」
「君の態度について、公爵夫妻に話さないといけないくらい、仕事で関わってないでしょ」
「あなたのお仲間はそうでもなさそうなんだけど!」
「どうしたの」
呆れた顔で聞いてくるアットンに、先程の話をしようか迷う。すると、アットンの隣にいる騎士が挙手する。
「あー、ノイズ嬢、確かめたい話があるんだけど聞いてみてもいいか?」
「何でしょう?」
騎士が私より先輩だということはわかっている。敬語を使って聞き返すと、彼は言いにくそうに小さな声で質問を口にした。
「メイドをいじめてるって本当か?」
「いじめてません!」
私には信用がないんだろうか。
そう思うと、少しだけ悲しくなった。




