39 私が許しません!
エレストさんがルイス様を狙っていると疑い始めてからは、彼女の取る行動がそれを裏付けているように思えてしまう。
エレストさんは、ルイス様が学園から帰ってくる時間になると、エントランスホールで待ち構えている。そして、帰ってきたルイス様を一番にお出迎えしようとしていた。
私が休みの日には、他のメイドにルイス様の担当をお願いしているのだが、頼んでもいないのに、勝手に担当に付こうとしていたらしい。
私がルイス様に報告したことで、バトラーだけでなく、ルイス様も閣下に話をしてくれた。
クビにするという話が出たようだが、今のところ、自分に害があったわけではないので、もう少し様子を見てもいいと、ルイス様が情をかけていた。
その優しさが仇にならなければいいけど、と心配しつつも、私がしっかりお守りすればいいだけだと考えた。
閣下はルイス様の願いを聞いたものの、条件をつけていた。それは、私からの指示がない限り、エレストさんはルイス様に関わる仕事はさせないということだった。
こうして、エレストさんはルイス様のお出迎えもできなくなったわけだ。
このせいで、私はエレストからチクリ魔だと言われる様になってしまったが、越権行為をしようとしていたのは向こうだ。悪いことをした人に恨まれても、私は特にダメージはない。
彼女は私に対する不平不満を他のメイドたちに話していたようだが、聞き流すだけで相手にしなかった。そして、さすがのエレストさんも雇い主に歯向かうほど馬鹿ではなかったようで、閣下からの言いつけを守ろうとした。
しかし、何かと偶然を装って、ルイス様に近づこうとするせいで、他のメイドたちから疎まれるようになる。
今まではルイス様のことを子供だから、恋愛対象として考えていなかった人たちが、エレストさんのせいで、彼は将来が有望な人物だということに、今頃気付いてしまったのだ。
というわけで、大人に人気が出たルイス様だったが、悲しいことに、ラナはそこまで彼のことを意識していないようだった。
*****
とある日の夕方、ルイス様は学園から帰ってきて挨拶をするなり、私に向かって言った。
「もうすぐ、スポーツ大会があるんだ」
「学園でですか?」
「ああ。フィリアも昔は出場していたんだろう?」
「していましたが、あれって出るか出ないかは選択制ですよね? 出たくない人は出なくてもいいはずですが、出るおつもりなんですか?」
まさか、スポーツが苦手の人が強制的に出なくてもいいスポーツの大会に参加するわけがない。そう思いながら尋ねると、ルイス様は首を大きく縦に振った。
「俺は出るぞ!」
「ど、どうしてですか!?」
「実は、学園内で女子生徒に人気がある伯爵家の男がいるんだ」
「ルイス様よりも素敵な人なんですか?」
「素敵な人と言ってくれてありがとう。だが、俺はまだまだだ」
「そんなことありませんよ」
身分も外見も性格もいい7歳児がそういるわけがない。
「そう言ってもらえるだけで嬉しい。で、話を戻すが、そいつは顔は整っていて、ちょっと乱暴なところはあるが、そう性格の悪い奴ではなさそうなんだ」
「……そうなんですね」
「その男がラナ嬢を好きなんじゃないかという噂があるんだ!」
「え? ラナを?」
ルイス様が頭を抱えて続ける。
「いや、それだけじゃない! あいつがラナ嬢に近付いて、彼女を困らせているみたいなんだ!」
「ラナを困らせてる? ラナからそんな子がいるという話を聞いたことはありませんが、同じ学年の男子なんですか? ぶん殴ってきましょうか?」
「いや、一学年上だ。というか暴力はやめろ」
「自分の妹が認められるのは嬉しいですが、ラナは違う学年の子にまで知られるような目立つタイプではないと思うんですけど……」
さすがに小さい子相手に暴力はいけないと納得しながら疑問を口に出した。
ラナは私にとって可愛い妹ではあるけれど、とても大人しい子だし、自分から目立つようなことをする子じゃない。
どちらかというと、目立ちたくないタイプだから、デビュタントをするまでは、関わる必要のない人に知られるなんてことはないと思っていた。
「そうかもしれないが、俺は公爵家の人間だから目立つんだ。そんな俺がラナ嬢を見かける度に声を掛けたせいで、彼女が他の人間に認識されてしまうことになったんだ。……ううっ、俺は本当に馬鹿だ!」
「馬鹿とは思いませんが、可愛い妹を目立たせないでくださいよ」
「す、すまない」
「冗談です。ごめんなさい」
いつもならば、言い返してくるルイス様だが、今日は本当に元気がない。だから、茶化している場合ではなかったと反省した。
「いや。俺が悪いんだ。俺に気を遣ってか、本人に直接話しかけていくような奴らは少ないみたいだが、迷惑をかけることになってしまったのは確かだ」
ルイス様が頭を抱えたままそう言ったあと、手をだらりと下ろし、私を見て口を開く。
「俺はあからさますぎたのだろうか」
「悪いことではないと思いますが、ルイス様はわかりやすいですものね。ただ、それが問題ではなくて、ルイス様が目立つ存在なので、一緒にいるラナにも目が向けられてしまったのでしょう」
「学園では、ラナ嬢に話しかけないほうがいいのだろうか?」
「そんなことを望むような子じゃないですよ。それに、今からでは遅いのでは? それよりも、どうしてそれがスポーツ大会に出る話とつながるんです?」
「ラナ嬢が……」
私に聞き返されたルイス様は、また頭を抱えて言う。
「エレストがラナ嬢にからんでいたのを見つけた時には遅かったんだ」
「え? エレストさん? どうして、エレストさんの名前が? ま、まさか、学園内に入り込んだんですか!?」
「あ、ああ、すまない。違うんだ。動揺してしまって話せていなかったな。エレストというのはメイドのエレストのことじゃない。さっき言った一学年上の男のことだ」
「ま、まさか……」
嫌な予感がしてルイス様を見つめると、大きく頷いて答える。
「そのまさかだ。どうやら、メイドのエレストとは姉弟らしい。彼がラナ嬢を狙っているのは、姉のためなのか、それとも自分のためなのかはわからん。だが、彼は、次のスポーツ大会で活躍できたら、ラナ嬢にデートしてほしいとお願いしているようなんだ!」
「な、なんですって!?」
デート! 7歳児がデート! いや、ルイス様とラナはしていたけど、それはそれだわ!
「そんなことは私が許しません」
きっぱりと答えると、ルイス様は目をキョトンとさせた。




