3 経験者ですものね
少女との行為により、女の味を覚えた彼は、罪悪感もあったらしく、これ以上、他の女性に手を出さないようにと、私にその行為を迫ったのだと、彼は改めて私に訴えた。
その時の彼の言葉をはっきりと覚えている。
『結婚前に身体の相性を調べたいんだ』
まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかったから、本当に驚いた。
もちろん、その時の私は、彼が浮気しているなんて思ってもいなかったし、そういうものに興味を示すお年頃なのかなと深く考えずにいた。
だから、そういうことは結婚してからじゃないと駄目だと断った。
彼はそれが気に食わなかったらしい。
開き直ったジェイコブは、私という婚約者がありながらも、ダイアナと何度も学園の内外で会い、その度に関係を持った。そして、体を重ねるうに彼女と結婚したい、婚前交渉の出来ない私とは結婚したくない、と思うようになって、今に至ると話した。
結局は彼女の柔らかな肌に溺れてしまった、とか恥ずかしげもなく言い出す始末。
そんな解説なんていらないわ!
「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
椅子に座り、黙って話を聞いていたルイス様が呆れ顔で尋ねると、ジェイコブは苦笑して答える。
「ルイス様も大人になればわかりますよ」
「浮気をする男の気持ちなどわかりたくないし、一生知りたくもない」
「女性の身体というものを知れば、そうも言っていられなくなりますよ」
ジェイコブは肩をすくめ、馬鹿にしたように笑った。
この態度を見た私とアットンは、眉根を寄せた。
いくら年下といえども、公爵令息であるルイス様にそんな態度をとるのは許されない。
……私の場合は、一応、本人からも公爵閣下からも承諾をいただいているし、こんな酷い態度ではない。
「ジェイコブ、あなた、まだ殴られ足りないの?」
再度拳を作って、彼の鼻の前に突き出す。ジェイコブはぶるぶると体を震わせる。
「も、もう十分だよ!、じゃあ、フィリア。君とはこれでさよならだ。社交場で会うかもしれない。その時は、今回のことは根に持たずに仲良くしてほしいな。その頃には僕の気持ちを少しでも理解してくれていたら嬉しいかな」
ジェイコブは早口でそう言い終えると、よほど鼻が痛いのか、ダイアナ嬢に支えられながら歩き出す。
ルイス様に挨拶もせずに勝手に帰るなんて、本当に常識のない人だ。
メイドが二人を追いかけていくと、この場は沈黙に包まれた。
「私が悪いんでしょうか」
呟いた瞬間、目の奥が熱くなるのを感じ、冷静になろうと思ったが遅く、頬に涙がこぼれ落ちた。
ルイス様が眉尻を下げて駆け寄ってきた。
「フィリア、泣くな」
「だって、酷いと思いませんか?」
貴族の間では、女性の婚前交渉ははしたないものだとされている。
女性は綺麗な身体で男性のもとへ嫁ぐのが当たり前の世界なのだ。
ちなみに、男性はそういう行為をしても許されるのだから謎だ。だが、こんな考えを口に出すことも基本的には許されていない。
男性が他の女性を知っておくのは、妻になる人のためにも良いとか言う人もいる。だけど、遊びまくった男性なら、女性はお断りしたいと思う。
ジェイコブは伯爵家の長男だし、分別があると思っていた。
だけど違った。
ダイアナもダイアナだわ。男爵令嬢なら婚前交渉は良いの?
そんなわけないわよね?
それとも、そういうことを許してる家なの?
性に奔放な家があってもおかしくないのかもしれない。だけど、娘のことを思うなら、そういうことは良くないと教えておくべきだと思う。
「婚約者がいるのに他の女と寝ておいて、私はさせてくれないから、婚約者として駄目な奴って、なんかひどくないですか!? あの人のやったことってただの浮気ですよね!?」
泣きながら叫ぶと、ルイス様が頷く。
「そうだ、浮気で間違いない! あの男はおかしい!」
「……どうして、彼はわざわざ、あんなことを言うためにここに来たんでしょうか」
困った顔をしたアットンがルイスに話しかける。すると、ルイス様は肩を落として答えた。
「先日、あの男が連絡してきたんだ。フィリアは仕事熱心だし、ほとんどこの屋敷にいるから、中々、会えない。だから、勤務時間じゃない時間を知りたいと」
「そうでしたか」
ノットンは眉尻を下げて頷く。ルイス様はしょんぼりしたまま話を続ける。
「その時の俺は、あの男がフィリアに会えなくて寂しいのだと思い込んだ。サプライズのほうが、フィリアも喜ぶかと思って、使用人達にも、フィリアには内緒にしておいてくれってお願いして、彼が来たら、俺の所に連れて来る様にと伝えていたんだ。本当にすまない」
ルイス様は何度も泣きそうな顔で謝ってくれた。
「謝らないでください。場所が違うだけで結果は変わらなかったと思います」
「だが……」
ルイス様は悪くない。
私を喜ばせようとしてくれただけだ。
しかも、状況をすぐに判断して、私が一人ぼっちで泣かない様にまでしてくれた。
だから、ルイス様に対する嫌な気持ちは一つもない。
ただ、叫びたい。
「婚約者だから好きになろうと頑張ったんです! あんな奴だとは知らなかったし! だけど、何度も言いますが、婚約破棄する理由が婚前交渉が出来ないからだなんて、ひどくないですか!」
「わかる! わかるぞ! 体の関係を持てないという理由で婚約を破棄だなんて、ふざけた奴だ。フィリア、泣くな。俺の分のケーキをあげるから! 甘いものを食べて元気を出すんだ! あと、泣き寝入りなんてするなよ! ちゃんと家に帰って話をするんだ。あの男がフィリアにひどいことをしたと、俺から父上にも伝えておくからな!」
メソメソしていたからか、ルイス様は顔を上げ、ミニケーキがたくさんのった皿を、フォークと一緒に差し出してきた。
公爵閣下が味方になってくれるのは心強い。
ジェイコブの奴、絶対に親に怒られるわ。馬鹿なことをしたって後悔しても遅いからね!
「フィリア、甘いものを食べたら少しは気持ちが楽になるはずだ。ほら、そこに座るんだ」
ルイス様は私に皿を押し付けてから、空いている椅子に座るよう促してくれた。
「……ありがとうございます」
ルイス様は優しい。
さっきまで、最後の晩餐だとか言っていた、ひどいメイドにも優しい。
感動していると、テーブルに置かれていたベルで他のメイドを呼び、お茶を入れ直すように指示され、私の分のお茶も用意するように言ってくれた。
「すみません、職務放棄してしまって」
「気にするな。失恋は辛い」
「うう。そうですね、ルイス様も経験者ですものね」
「そうだ、一度や二度の失恋を気にしていたら、俺は今まで生きてこれていない!」
まだ7歳のルイス様が言うと、それはそれで切なくなってくる。
「昔の恋を忘れるには新しい恋をするといいと聞いた。ところで失礼なことを承知で聞くが、フィリアは、あの男のどこが好きだったとかはあるのか?」
「……今になって考えてみれば、顔、ですかね」
「顔……」
ルイス様が私を哀れむような目で見つめた。
うう。そんな目で見ないでくださいよ。
「も、もちろん、それだけじゃありませんよ! 物腰も穏やかだし、優しいし、守ってあげたくなるというか……。そうですよ! 守ってあげたくなるタイプが好きなんです!」
「見た目は草食だったが、中身は肉食だったけどな」
「本当ですよ」
お茶を淹れ直してくれたメイドがいなくなった後、ルイス様がミニケーキをひたすら自棄食いしている私に言う。
「顔が良い男が好きなら、キーファはどうだ? キーファは誰が見ても顔が良いだろう?」
「えっ!?」
「はい?」
私が驚いただけでなく、残ってくれていたアットンも驚きの声を上げた。




