2 諦めなさいよ
ジェイコブたちに気を取られていたから気付かなかったが、彼らを連れてきたのはメイド仲間だった。
メイド仲間はルイス様に向かって頭を下げる。
「ルイス様、お客様をお連れしました」
「面倒をかけてすまないな。それから、案内してくれてありがとう。キーファも一緒に来てくれたのか」
「はい」
アットンはルイス様の言葉に頷いて、彼がここにいる理由を説明する。
「ルイス様の護衛騎士が急遽体調不良で休みを取っていまして、今日は僕が代理です」
「そうだったんだな。ありがとう。あとで休みを取っている騎士について教えてくれ。必要なら医者を向かわせよう」
ルイス様とアットンが話している間も、私はジェイコブのことが気になって仕方がなかった。
どうしてここにジェイコブが現れたのか気になって仕方がない。
職務放棄になってしまうが、罰を受けるのは覚悟してジェイコブに話しかける。
「ジェイコブ、一体、どうしたの? どうしてあなたがここに来たの?」
ジェイコブと私は親が決めた婚約者同士だ。
焦げ茶色の短髪に同じ色の瞳を持つ、中肉中背のジェイコブは、私より二つ年下で、女の子のように可愛らしい顔立ちをしている。
そのせいか、守ってあげたいタイプとして、同じ学園の女子生徒に人気があるらしい。
私も彼の弱々しい外見や態度に、守ってあげたいという母性本能をくすぐられてしまった一人である。
ただ、最近、色気づいてきたことが気になってはいた。女性と親しげにしているのもそのせいなんだろうか。
「フィリア、仕事中にごめんね。少しでも早く伝えたいことがあって、ルイス様に時間をもらったんだ」
「伝えたいこと? ルイス様に連絡するなんてやりすぎじゃない? 仕事が終わってからじゃ駄目なの? というか、その前に聞きたいんだけど、隣にいる人は誰なの!?」
人を指さすのは失礼なので、ジェイコブの隣で満面の笑みを浮かべている女性に目を向けた。
何度か社交場に出席したことがあるが、その時には顔を合わせた記憶がない。
もしかしたら、デビュタント前なのかもしれない。
「説明するからそんなに怒らないでよ。できれば、早めに話しておきたいんだよ。もうすでに、周りには発表しちゃったからさ」
「……発表?」
意味がわからなくて聞き返したと同時に、ルイス様たちがこちらを見ていることに気がついた。
慌てて、ルイス様に頭を下げてお願いする。
「申し訳ございません、ルイス様。少しだけおそばを離れ、お客様と話をしてもよろしいでしょうか?」
「勤務時間中に訪ねてくるのだから、よっぽどの話なのだろう。だが、嫌な予感がする。この場で話せ」
「ですが……」
「彼が来ることは事前に連絡があって知っていたが、フィリアに会いに来るだけであって、まさか他の女性を連れてくるとは思っていなかったんだ。すまない」
「謝らないでください。ルイス様は悪くありません」
しょんぼりして肩を落とすルイス様に駆け寄り、私は頭を振った。すると、ルイス様はゆっくり顔を上げて微笑む。
「ありがとう、フィリア。そうだ。キーファ、お前は戻ってくれていいぞ。あとでまた話そう」
「承知いたしました」
アットンはルイス様の指示に軽く頭を下げて承諾し、私に目を向けた。私と目が合うと、顔を歪めて視線をそらす。
歪めたといっても、嫌悪感というわけではなく、どこか心配してくれているような、そんな表情だった。
そんなアットンが私たちに一礼して背を向けた時、ジェイコブが口を開いた。
「ごめん、フィリア。単刀直入に言うよ。僕のことは忘れてほしい」
「はい?」
予想もしていなかった、いや、女性が横にいる時点で、ルイス様の言う通り、多少の嫌な予感はあった。
それなのに、彼が何を言っているのか理解できなくて間抜けな声で聞き返してしまった。
話が聞こえていたのか、アットンが立ち止まって振り返る姿が視界の隅に入る。
そりゃ、思わず立ち止まるわよね。
もう一度、ジェイコブに確認しようとすると、彼が先に答えを口にした。
「婚約破棄したいと言ったんだ」
「……こ、婚約破棄?」
「そうだ」
「な……、何を言ってるのよ! どうして、いきなり、そんなことを言うの!? 自分が気づかないうちに、私はあなたに嫌なことをしてしまったの!?」
「したよ! 本当にわかってないんだな!」
ジェイコブは私を指差して続ける。
「君は彼女のように婚前交渉をさせてくれなかった! 僕への愛なんて嘘なんだろう?」
「「はあ?」」
私とルイス様の声が重なった。
ルイス様の前でなんて話をするのよ!?
プライベートの話をこれ以上聞いてはいけないと思ったのか、アットンは表情を歪めて、今度こそ立ち去ろうとする。
すると、ジェイコブの隣に立っている女性がアットンに話しかけた。
「キーファ様、よろしければ、この場で一緒に話を聞いてくださいませんか?」
赤い髪をハーフアップにし、ピンク色のリボンをつけた、いかにも女の子といった感じの可愛らしい少女は、全く物怖じする気配がない。
白のフリルがふんだんに使われたピンク色のドレスに身を包んだ少女は、そう言い終えると、ジェイコブの腕に頬を寄せて微笑んだ。
「私が聞いてもいい話とは思えませんので、お断りします」
アットンが答えると、少女は私に尋ねる。
「フィリア様、キーファ様に話を聞いてもらったほうがいいですわよね? だって、第三者の意見が必要ですもの」
「第三者の意見?」
「ええ。誰が間違ったことをしているかは、当事者同士ではわからないものでしょう?」
「今のところ、ジェイコブたちが悪いとしか思えないんですが?」
「それは当事者の意見です」
少女はふんと鼻を鳴らして答えた。
伯爵令嬢の私にこんなに偉そうにするんだもの。高位貴族の令嬢?
それなら、信用のある立場のアットンに聞いてもらうのもありかもしれない。
「ジェイコブの言い分が間違っているかいないか、アットン様にも判断していただきたいのですがよろしいでしょうか」
「……ノイズ嬢。僕を巻き込まないでくれないか。プライベートな話にもほどがあるだろ。君だって僕に知られたくないはずだ」
「だって、ルイス様に聞かせて良い話じゃないでしょう?」
婚前交渉の話なんて、子供にジャッジしてもらう話じゃない。
アットンも納得してくれたのか、大きく息を吐いて頷く。
「わかった。話を聞かせてもらうよ」
「ありがとうございます。あの、申し訳ございませんが、ルイス様には席を外していただいきたいのですが……」
「できれば一緒に話を聞きたいんだが駄目か? お前が心配だ」
「……駄目ではないです」
「もちろん、迷惑だと言うのなら諦める」
上目遣いで私を見つめるルイス様に抗うことができなかった。
ここはルイス様の家でもあるし、主人を放ったらかしにするよりかはいてもらったほうが良いということにする。
「わかりました。では、ここにいてください」
ジェイコブたちが言葉を選んでくれますように。
そんな願いもむなしく、少女は口を開く。
「ごめんなさい、フィリア様。わたし、彼と何度かヤッちゃいました!」
な、何度かした?
この国の女性は婚前交渉は良くないことなんだから、威張って言うことではないと思うんだけど!?
とにかく、私はジェイコブに事実を確認する。
「ちょっと、ジェイコブ! 一体、どういうことなの!?」
「そのままの意味だよ! 彼女は頼んだらさせてくれるんだ。君みたいに頭が固い子じゃないからね」
彼女の肩を抱き寄せて、ジェイコブは笑顔で私にそう言った。
頭が固い?
そっちの頭のネジがゆるすぎるんじゃなくて?
「君が悪いんだ! 婚前交渉したって、人に言わなきゃわからないのに! どうせいつかするんだから一緒じゃないか!」
「私が悪いみたいに言わないで!」
「ああ、そうだ。全部僕が悪いんだ。腹が立つだろ? ほら、殴れるものなら殴ってみろよ」
ジェイコブは私がメイド姿だからか、騎士の資格を取ったことを忘れてしまっているらしい。
「馬鹿を殴るのは拳の無駄よ」
「何を言っているんだ。できないだけだろう」
「……後悔しない?」
「後悔するわけないだろ。ほら、なぐ」
ジェイコブが煽ると同時に、私は拳を作り、ジェイコブの鼻に一発お見舞いした。
暴力は良くない。
そんなことはわかっているが、相手の希望に応えただけだ。
「ジェイコブ、大丈夫!?」
「ああ! 僕の鼻が……! 痛い、痛いよ」
「ああ、可哀想なジェイコブ!」
赤髪の少女は悲鳴を上げて、地面に座りこんだ彼の身体に抱きつく。ジェイコブは片手で鼻を押さえながら、涙目で私を見つめた。
「うう、酷いよフィリア。本当に殴るなんて……。なんてことをするんだよ!」
「うるさいわね。それくらいされてもおかしくないことをしたと思って諦めなさいよ」
言い返すと、ジェイコブは少女にもたれかかりながら話し始める。
「婚約破棄については、正式に親同士で話をしてもらおうと思っている。とりあえず先に、僕の気持ちを伝えたかっただけだ。こんなことをされた以上、僕は絶対に婚約破棄するからね」
「あなた、一体、何を考えてるわけ? 普通は親に了承をとってからする話じゃないの?」
「しょうがないじゃないか! 既成事実があるんだ!」
鼻を押さえているからなのか、鼻がつぶれたからなのか、ジェイコブの声はいつもよりくぐもって聞こえる。
「というか、一体、この人、どこの誰なのよ!?」
詳しく話を聞いてみると、一緒に連れてきた女性は彼のクラスメイトの男爵令嬢で、ダイアナという名前だった。
ジェイコブは彼女に誘われるがまま、誰もいない放課後の教室で関係を持ったらしい。
少女が言うには、誰かに見られるかもしれないというスリルを味わいながらしてみたかったんだそうだ。
まったくもって意味がわからないわ!
普通の恋人同士なら勝手にしろと言えるかもしれないけど、婚約者、いや、元婚約者のそんな話を聞かされたって嬉しくない!
「ちょっと待って。それって、私に体の関係を迫ったあとのこと? それとも……」
「彼女としたあとだよ。君ともしてみたくなって、正直に話してみたんだ」
ジェイコブはなぜか照れくさそうにしながら答えた。
浮気だし、欲望に負けただけじゃないの! 本当に最低な奴ね!
私は怒り散らしたくなるの気持ち堪えながら、ジェイコブを睨みつけた。




