1 7歳児のセリフとは思えません
小鳥が気持ちよさそうに歌う声を聞きながら、ノッカス公爵邸の庭にあるガゼボの中で、黒のメイド服に身を包んだ私、フィリア・ノイズは、暗い表情の主人の横顔を無言で見つめていた。
空は雲一つない青空で、時折吹いてくる爽やかな風がポニーテールにしている私の黒髪を揺らす。
伯爵家の長女として生まれ、今年で19歳になる私は、小さい頃からお転婆だった。
勝ち気で正義感の強い性格のせいか、弟と妹は私が守るのだと勝手な使命感をもち、将来は騎士になると心に決めた。
成長するにつれて、弟や妹だけでなく、私よりも弱い人を助ける騎士になりたいと強く思うようになった。
18歳で学園を卒業後、騎士になる試験を受け、無事に合格。
私が住んでいる国では、剣や体術などの試験を受け、合格すれば騎士の称号をもらえ、勤務先も紹介してもらえる。
ノッカス公爵家に配属されると連絡がきたのは、騎士の称号をもらってから5日後のことだった。
称号をもらえても、実際に仕事をするには女性には厳しい世界だ。暴漢には大男も多く、女性の力では敵わないとみなされ、貴族の家に就職するのは難しい。
それなのに、公爵家に配属されたのは、私が伯爵令嬢だったことと、護衛する相手が幼い公爵令嬢だったため、同性を希望されていたからだ。
しかも、私の家から通える位置にあった。
憧れの騎士になれる!
そう胸を躍らせた私だったが、配属されてすぐに、理不尽な理由で現在の私の主であるルイス様付きの騎士、ではなく、専属メイドに変更されてしまった。
まさか、あんなくだらない理由で騎士の夢を絶たれるとは思っていなかった。……いや、まだ諦めるのは早いわ!
ルイス様から視線を外すことなく、ぼんやりとそんなことを考えていると、ルイス様と目が合った。
白いガゼボの中にあるテーブルに頬杖をついて私を見ていた、白シャツにカーキ色のパンツ姿のルイス様が口を開く。
「どうしよう、フィリア、このままでは俺は死んでしまいそうな気がする」
また、はじまった。
そう思った私は、心配げな表情を作りつつ言葉を返す。
「それは大変ですね。今はティータイムの時間を過ぎようとしているところですし、せっかくですから、美味しいものを食べましょうね。最後の晩餐は何がご希望ですか?」
「フィリア、違う。食べ物の話をしているんじゃない。胸が苦しいんだ」
「胸が苦しくて食べられないんですね? では、今日の夕食は無しにしてほしいと、厨房に伝えてまいります」
「待て、フィリア! 俺の話を最後までちゃんと聞いてほしい!」
ガゼボから出て行こうとした私を、ルイス様が立ち上がって呼び止めた。
「もちろんですとも。胸が苦しくて死んでしまわれるのですよね?」
「いやまあ、俺が言った言葉はそれで間違ってはないけれど、もうちょっと主人のことを心配してくれてもいいんじゃないか?」
「心配していますよ! そんなの当たり前じゃないですか! だから、夕食を無しにするように伝えに行こうとしていたんです」
「それ、心配じゃないだろう!? 食材が無駄にならないようにって、料理人に気を遣ってるだけだろ! ……まあ、気を遣うことは悪いことではないがな!」
ルイス様が青色の瞳を潤ませながら叫んだ。
目の前にいる少年の名はルイス・ノッカス公爵令息であり、私の御主人様だ。
お給金を払ってくれているのはルイス様のお父様なので、正確にいえば、私の御主人様はノッカス公爵閣下なのかもしれないが、それはそれだ。
私たちがいるこの屋敷はノッカス公爵家の別邸で、彼のご両親はここには住んでいない。
ルイス様の妹であり、最近、5歳になられたばかりのミュウ様は、とても体が弱い。療養するために、本邸からかなり離れた場所にある別邸に暮らしている。
本当ならば、ミュウ様だけがこの別邸に住んでもいい話だが、妹を一人にさせるわけにはいかないと、ルイス様も別邸での生活を送っている。
休日になるとご両親がやって来て、二人と一緒に過ごされ、名残惜しそうに帰っていく。
平日は、ルイス様は学園に通っているが、ミュウ様は、体の調子のいい日だけ一流の家庭教師に勉強やマナーなどを教えてもらっている。
話はさておき、今年、7歳になるルイス様は恋多き少年であらせられる。
そして、毎回、見事にフラれまくっている。
ルイス様からの告白に関しては、今のところ全敗だ。
ルイス様は金色の髪にくせっ毛のある、短髪より少し長めの髪を持ち、細身で身長は私のお腹くらいまでしかない。
顔立ちは美少年なのに、中身が少し残念なので、令嬢方に可哀想なほど相手にされていない。
ふられる理由もおじさんくさいだとか、よくわからない理由でふられているので、同世代には鼻から相手にされていないのだろう。
ルイス様はかなり大人びているから、同年代の女の子にしてみれば、お父さんの感覚になってしまうのかもしれない。
それとも他に問題があるけれど、わざとルイス様に言わないだけなのだろうか?
もちろん、彼のことを好きになる令嬢もいる。だが、そういう令嬢に限ってルイス様の好みではなく、真面目な彼は、とりあえずお付き合いが出来ないため、全て丁寧にお断りする形になっている。
ちなみに公爵令息であり、7歳ともなると普通なら婚約者がいてもおかしくない。それなのに彼に婚約者がいないのは、政略結婚を考えなくても良いほど、ノッカス公爵家の権力が強いからである。
元々、私はルイス様の妹であるミュウ様の騎士として働き始めた。
けれど、ルイス様付きとして新たに採用された騎士が現れたことにより、騎士からメイドに変更されてしまった。
ミュウ様がルイス様の騎士として雇われた、キーファ・アットンに恋をしてしまい、どうしても彼をそばに置きたいと言い出したからだ。
それならなぜメイドに? 騎士を入れ替えるだけで良いのでは?
となるのだが、公爵閣下から専属メイド兼ルイス様の護衛になってほしいと頼まれてしまった。
ルイス様はとても良い人だし、専属メイドといっても、多くのことは他のメイドがやってくれる。護衛は騎士の仕事でもあるし、文句はなかった。
キーファ・アットンは、これまた腹の立つことに長身痩躯の眉目秀麗という男性である。私も最初に彼に会った時は、その整った顔立ちに目を奪われてしまったものだ。
だけれど、彼の中身は見た目とは違って美しくなかった。
いや、所作などは美しい。
腹が立つ程に美しい。
だけど、なぜか私と二人きりになると、全然美しくない。
騎士としての任務もしっかりこなしつつ、ミュウ様はもちろんのこと、ルイス様にも優しい笑顔を向ける。ルイス様たちの近くにいたメイドたちまでもが彼の笑顔を見ると、ハートの矢でも打たれたみたいにメロメロになってしまうくらいに爽やかだ。
けれど、なぜか、彼は私にはその笑顔を向けてこない。嫌われる様なことをしたならまだしも、思い当たることがない。
気になるのが、初めて会った時のことだ。
「はじめまして、フィリア・ノイズと申します。これからよろしくお願いいたします」
「……はじめまして、キーファ・アットンです。こちらこそ、よろしく」
アットンは私を見て何か言いたげだった。
交わした会話はそれだけだから、もしかして、私の容姿が気に食わないとかだったりする?
私の容姿は女性としては背は高いほうで、細身ではあるけれど筋肉はついているし、長い髪だっていつもまとめているから、清潔感がないというわけではないはず。
となると、やっぱり顔なの?
黒の瞳が気に入らない?
この国は黒の髪で黒の瞳という人は珍しいからそのせいなの?
小顔で目もぱっちりしてて可愛い、なんて婚約者のジェイコブは言ってくれているけれど、それは婚約者の贔屓目があるのかしら?
いや、もちろん、自分で自分のことを可愛いとは思っている訳ではないけど、そこまで酷いとも思ってないのよね。
一体、アットンは私の何が気に食わないのだろうか自分が気付かないうちに何かをしてしまったとか?
本人に直接聞けば良いだけの話かもしれないが
、同じ邸内でも広くて顔を合わせることがめったにないため、中々、話しかける機会がない。
それに私は私で、彼に何かを感じているのだけれど、それが何かはわからない。このもやもやを彼に伝えたら、答えを教えてくれるかしら?
「おーい、フィリア? また、キーファのことで怒ってるのか?」
「別に怒ってはいませんよ。思い出してはいましたけど」
なぜ、私がアットンのことを考えていたとわかったのか。相変わらず、ルイス様は感が鋭い。
「怒っていないのはいいんだが……。フィリアはキーファと仲が良くないよな。どうしてだ? キーファは男の俺からしてもカッコ良いし優しいだろう? 何より、騎士だから強いしな! 女性にも人気があるから、フィリアがキーファを嫌う理由がわからない」
「向こうが私を嫌ってるんですよ! それにルイス様! 私も騎士の試験に合格してますから! 私はメイドであり、ルイス様の騎士ですから、どんどん頼ってくださいね!」
私の訴えを聞いたルイス様は、椅子に座った状態で、足をぶらぶらさせながら、私を見上げて言う。
「フィリアの気持ちはすごく嬉しいんだが、女性に守られてばかりは嫌なんだ」
「どうしてですか? 女性は男性に守られ、男性が女性を守らなければいけないなんて決めつけるのはおかしいですよ! 守れる人が守ったらいいんです! 守られたい人が守られたらいいと私は思うんです!」
「すまない。言い方が悪かったな。そういう意味じゃない。俺が強くなりたいだけなんだ。フィリアに守られてばかりいたら、俺は少しも強くなれないだろう? 俺だって、誰かを守れる人になりたい。いつかは公爵になるんだから」
ムキになる私を見て、ルイス様は苦笑しながら言った。
「ルイス様はまだ7歳なんですから、そこまで考えなくても良いと思うのですが……」
「考えておくにこしたことはないだろう?」
「7歳児のセリフとは思えません」
そう答えた時、背後で気配を感じて振り返る。
気配を感じた方向に目を向けると、さっきまで噂をしていた人物、キーファ・アットンがこちらに向かってきているのが見えた。
そして、その後ろに、最愛の婚約者である、ジェイコブ・フォブラーの姿が見えた。
アットンの後ろにはジェイコブだけではなく、見たことのない可愛らしい女性がいて、その女性はジェイコブの腕に自分の腕を絡めている。
どうして、ジェイコブがここに来たの? というか、まるで恋人同士みたいに仲よさげにしている隣の女性は誰なのよ!?




