26 楽しくはないわよ
メイドたちは掃除をしながら雑談をしていた。
「ルイス様の専属メイドになったと思ったら、今度はキーファ様の彼女だなんて、絶対に許せない!」
「本当よ! 婚約者にふられたらしいけど、その婚約者は見る目があったのね! あんな女、ただの男好きじゃない!」
どうやら、私の悪口で盛り上がっているらしい。
私のことを嫌うのは勝手にしたらいいけど、ジェイコブを褒めるのはどうなのよ。
「ジェイコブは本当に最低な野郎だったけど? 見る目がないのは、あんたたちでしょうが……」
部屋の中に入って言い返してやりたい。そんな衝動を我慢し、小声で呟く。すると、アットンが話しかけてきた。
「ねえ、君」
「静かにして。言いたいことを言わせてから出ていくから」
「わざわざ自分の悪口を聞いて、何が楽しいの」
「楽しくはないわよ。言われたことに反論してやろうと思うだけ」
アットンは困った顔をして私を見つめたが、それ以上は何も言わなかった。だから、彼女たちの話に意識を戻す。
「でも、ロッカー、酷いことになってなかった? さすがに気の毒じゃない?」
「そんなことないわよ。あんな女がキーファ様の恋人になるなんて、絶対に許せない。伯爵令嬢だからって、あれくらいじゃ済ませないから。とりあえず、バレなきゃいいのよ!」
「うわ、こわーい!」
彼女たちの笑い声を聞いたアットンが、私の耳元で囁く。
「さすがに僕の名前が出た以上黙ってられないんだけど」
「どうするつもり?」
「少しだけ、ここで大人しくしていてくれる?」
「ど、どうして?」
ずっと耳元で話されるものだから、動揺して声がうわずってしまう。アットンは私の問いには答えず、私から離れた。そして、開け放たれた扉に身を預けて、女性たちに話しかける。
「ねえ、誰の話をしているのかな?」
「キ、キーファ様!?」
メイドたちの焦った声が聞こえた。
「い、いつからそこにいらっしゃったんですか!?」
「少し前くらいからかな」
アットンが答えると、メイドたちが言い訳を始める。
「その、さっきの話は、違うんです! 聞いた話をしただけで……」
「そうです! 当時聞いた時の様子を再現しただけなんです!」
なぜ、再現する必要があるのか。言い訳が苦しすぎる。
「立ち聞きしてしまったことは悪いと思ってる。だけど、誰に聞かれるかわからない場所な上に、仕事中にくだらない話をしている君たちも良くないよね」
「そ、それはっ」
彼女たちが見えない位置にいるため、表情や動きが全くわからないが、言い返す声から焦っていることはわかった。
「噂を本気で信じる人もそういないだろうと思って、わざわざ言わなかった僕が悪いんだけど、僕に恋人はいない。だから、ノイズ嬢とお付き合いなんてしていない」
「そ、そ、そうなんですか!?」
「ああ。だから、君たちの話に出てきた、あれくらいじゃ済ませない、という言葉が気になって仕方がない。まさか、ただの噂だけで、ノイズ嬢に何かしたわけではないよね?」
アットンの背中から冷気が流れているのかと思うくらい、周りの空気が下がった気がした。
殺気ではないけど、圧を送っているのは確かだ。
「違います! 誤解です! 彼女に何かしようとした人がいて、それを止めなくちゃと思って!」
「止めようとした? 僕が聞こえた話と正反対の意味合いだよね?」
「それは、そのっ」
アットンはため息を吐いて話し始める。
「君たちは知らないようだから伝えるけど、騎士の試験に女性が受かるのは、男性の何倍も難しいと言われてる。そんなに難しい試験を男性に好かれたいという理由だけで頑張れるかな? もし、そういう理由だったとしても、よっぽどな気持ちだろうから、それはそれですごいと思うけどね」
アットンが私を擁護してくれてる?
そう思うと、何だか落ち着かない気分になった。
「何より、彼女は伯爵令嬢だ。本来ならば、彼女を悪く言った時点で処分されてもおかしくない」
「申し訳ございません」
二人がアットンに謝る声が聞こえた。さっきまでは自分たちが言ったわけではないと言っていたのに忘れてしまったのかしら。
「じゃあ、これから頑張って」
アットンはそう言うと、私のところに戻ってきた。
「何か言いたいことはある?」
「今はない。次に言われたら言い返す」
アットンはもしかしたら、私と彼女たちが揉めないようにしてくれたんだろうか?私が出て行けば喧嘩になっていただろうから、そうならないようにしてくれた?
でも、やっぱり許せん。
言われたままなのは腹が立つ。
それに、やったことが悪質すぎる。ロッカーの件だけは許せない。
「あ、やっぱり言いたいことだけ言ってくるから、あなたは仕事に戻って」
「今日の仕事は終わってる。帰る時に彼らに呼び出されたんだよ。それに色々と報告しないといけないことがあるから帰れない」
「じゃあ、用事を優先してよ。昨日も今日も助かったわ。ありがとう」
アットンにそう言ってから、静かになった応接室の前に立ち、扉をノックした。
顔見知りのメイド二人が、私の姿を見て、びくりと身体を震わせる。
「私のロッカーに生ゴミを入れたのは誰?」
「し、知らないわ」
「私も知らない。……いえ、知りません」
二人は怯えた様子で、手と手を取り合いながら頭を振った。




