25 クビにならないわけないでしょ
最低野郎は脂汗を流しながら言い訳を始める。
「いや、殺すつもりなんかなくて、ただ、助けたら、俺のことを好きになるかなって思っただけなんだ!」
「犯人がばれなかったらいいと思っていたわけ?」
冷静に考えてみれば、話しかけてきたチャラ男はこの男じゃなかった。ということは、協力者がいるんだろう。
チャラ男は逃げたかもしれないが、本当の犯人は逃げたんじゃなくて、知らないふりをして、その場にいたのね。
目撃者がいたとしても、脅して口止めでもしたのでしょう。
「くそっ!」
実行犯と思われる男が私に襲いかかろうとしてきた。左手に持っていた剣を前に突き出して牽制したが、相手はひるまなかった。
私が本気で斬りつけるとは思っていないみたい。悔しいがその通りで、命を奪うつもりはない。
ただ、自分の身を守るために動きはする。
最低野郎の首から剣を離し、左手の剣を投げ捨ててから、実行犯の喉元に切っ先を当てる。
「動かないでよ」
「……どうせ殺せないだろう?」
「そうね、だけど」
笑顔を作って頷いたあと、私は躊躇なく実行犯の急所に前蹴りを入れた。
「ぐっ!」
前かがみになって膝から崩れ落ちた男の背中に剣の柄の先を打ち付ける。すると、男は情けない声を上げて、地面に倒れ込んだ。
「殺せはしないわ。だけど、攻撃しないわけではないから」
実行犯を見下ろして微笑み、最低野郎に視線を移す。
逃げようとしていた男はアットンに羽交い絞めにされていた。
「何するんだ、放せよ!」
「放すわけないだろう。君は人として失格なことをした。罪は償うべきだ」
「頼む! 話を聞いてくれ! クビになりたくない! ここはいい職場なんだよ!」
最低野郎は本当に自分のことしか考えていない。
「クビにならないわけがないでしょう」
「クビにならないわけがないだろ」
私とアットンは同時に断言した。
その後、経緯を話させたところ、最初から私を池に落とすことを画策していたわけではなかった。ナンパ男に気を取られている私を見て、最低野郎が咄嗟に思い付いたことだったらしい。
相談された実行犯は、私への恨みなどはなかった。自分の好きな人がアットンが好きで、アットンと私が付き合っていると知って悲しんでいるのを見てしまい、アットンを逆恨みしていた。
私に何かあれば、アットンが悲しむだろうと思ったみたいだ。
池に落ちた私を最低野郎が助けて、それをきっかけに私が最低野郎を好きになり、アットンがふられたら良いと思ったとも言った。
意味がわからない。
私とアットンが付き合っていると思い込んで悲しんでいた女性には申し訳ないと思う。だけど、その子は別に、実行犯に何か頼んだわけでもない。彼が勝手に考えてやったことで、正当化される理由に使われるのはいかがなものか。
まったくもって、くだらない理由だったので、余計に腹が立ってしまった。
他の護衛たちもアットンへのやっかみがあって、犯人を追いかけたふりをしていた。
別邸の使用人たちを管理しているバトラーに話をして、公爵夫妻にこの話を連絡してもらうことにした。
とりあえず、関係していた騎士たちは公爵閣下の指示があるまで、バトラーの権限で、宿舎の部屋で謹慎させることになった。
たぶん、いや、絶対にクビになるだろう。
してもらわないと困るし、捜査権のある騎士団に捕まえてもらわなければならない。
二人をバトラーと関係していない騎士たちに引き渡してから、荷物を置いていた場所まで戻るがてら、アットンと話をする。
「あなた、犯人に気がついてたの?」
「いや。おかしいとは思っていたけど、確信があったわけじゃなかった。君が落とされるシーンを見ていたわけじゃないし、昨日は、皆、似たような服装をしていたからね」
そう言われてみれば、昨日付いてきていた護衛騎士は、白シャツと黒のスラックスという出で立ちで、平民が着ていてもおかしくない服装だった。
ラナが私を見ていて気がついたと聞いたし、アットンには断言ができなかったんだろう。
「今日は来るなって言ったのに。それに体調はどうなの」
「おかげさまで元気よ。あなたにお礼をしたかったの。あと、お花もありがとう」
「目の前であんな状態の君を見たんだから、花くらい送るのは当然だよ」
「命を助けてもらった人にお礼をするのも当然でしょ? だから、受け取ってくれる?」
私の目的地に着き、棚に置いていたお礼の品を差し出すと、アットンは驚いた顔をした。
「気を遣わせてしまってごめん」
「とりあえず受け取ってもらえるとありがたいわ」
「……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。花をもらえて嬉しかったし、助けてくれたこと、本当に感謝してもしきれないわ」
「当たり前のことをしただけだよ。ところで君、今日は私服で動いているということは、仕事は休むんだね?」
「あ、ああ……」
実はいじめにあっています、とは言いにくい。
こちらに多少の非があったとしても、やらなくていいことをしてるのは加害者側なのに、被害者側が言い出しにくいのも嫌な話ね。
「……とりあえず、お礼だけするつもりだったの。今から、ルイス様の部屋に行くつもりよ」
「わかった」
答えると、アットンは難しい顔をして歩き出しながら話題を変える。
「僕が昨日、君を助けたことは邸内で噂になってる。だから、君にも迷惑をかけるかもしれないと思ってたけど、もしかしてすでに迷惑をかけてる?」
「どういうこと?」
ルイス様の部屋まですぐの所まで来た時、どこかから、女性の声が聞こえてきた。
「ほんと、うざーい! 女性のくせに騎士になるなんて、明らかに男目当てじゃない?」
なんですって?
ぴたりと足を止めると、アットンも動きを止めた。
私たちが立ち止まった場所は、応接室の手前の廊下だ。掃除中なのか、応接室の扉が開け放たれていて、声はそこから聞こえてきているのだとわかった。
私はアットンと顔を見合わせたあと、口を開こうとしたアットンに、彼女たちの会話を聞きたいから静かにしてほしいと、小声で頼んだ。




