23 色々とあるのよ
「……かり……ろ……!」
誰かが必死に叫ぶ声が聞こえた。
夢の中の男の子が必死に私に何か訴えかけている。
遠くから聞こえていたそれは、だんだん近くで聞こえるようになってきた。
「……ね……さまっ! ……っかり……ください!」
「しっかり……フィリア……!」
「フィリア、目を開けろ! このままだと、君の息の根を止めないといけないことをすることになるよ!」
アットンの声が聞こえたと同時に、私の意識がはっきりした。
それと同時に何かが喉元にあがってきて咳き込む。すると、口の中から一気に水が溢れ出した。
「お姉様!」
「フィリア!」
ラナとルイス様が横になっている私の片方ずつの手を握って、今にも泣き出しそうな顔で見下ろしている。
「ほんとに……」
足元の方で衝撃を感じて、ゆっくり身体を起こすと、びしょ濡れになったアットンが桟橋で尻餅をついていた。
いつもくくっている髪の毛はほどけていて、頬にべたりとはりついている。
こんな時だというのに綺麗だと思ってしまうのは、なせだろう。
咳が落ち着いてきたので、ゆっくりと体を起こして尋ねる。
「アットンがっ……、助けて……くれたの?」
「……僕で悪かったね。だけど、助けないわけにはいかないだろう」
「悪くなんかないっ、あり、がとっ」
話をしたからか咳がまた出てきた。喉にひっかかる何かを咳で吐き出してしまってから続ける。
「……助けてくれてありがとう」
「無事だったからいいよ」
さすがのアットンも体力的に辛そうだった。
上半身で呼吸しているみたいに、彼の身体は大きく揺れていて呼吸も荒い。
水の中から人を助け出すのって、とても大変だって聞いた。
それに心臓マッサージをしてくれたのか、胸のまわりが痛い。骨が折れる時もあると聞いたけど大丈夫だろうか。
いや、生きていることに、助けてもらえたことに感謝だ。
顔に張り付いた紙を手で後ろに押しやりながら、アットンを見つめる。私の視線に気が付いた彼は、大きく息を吐いてから頭を下げる。
「ごめん。君を湖に落とした犯人には逃げられた」
「あなたが謝る必要はないわ。助けてもらえただけでありがたいもの」
「……ありがとう」
アットンは口元に笑みを浮かべたが、すぐに厳しい表情になって続ける。
「近くにいる女性に人工呼吸を頼んだんだけど、及び腰でやってくれなくて。それに、僕に人工呼吸されたら息の根が止まるって、君が言っていたのを覚えてたし、かなり焦ったよ」
「……人工呼吸されたら、息の根が本当に止まると思ってたの?」
「そんなことはないだろうけど、それくらい嫌なんだろうと思ったんだ」
「……最低なことを言ったのに助けてくれたのね」
申し訳ない気持ちでいっぱいになって俯く。すると、座り込んでいたアットンが立ち上がって、私の横に跪いた。
「次はないようにしてほしいけど、もし、次があって、僕以外にできそうな人がいなかったら、迷うことなく人工呼吸するから。それが嫌ならこれからは気を付けるようにしたらいい。君だって、自分の命が大事だろ?」
「……ありがとう。ちゃんと気を付ける」
私たちの国では、男性に頭を撫でられるのは、子供扱いされている時だと言われている。
それなのに嫌な気持ちよりもドキドキする気持ちが勝っているのはなぜだろう。
「まあ!」
大人しく撫でられていると、突然ラナが声を上げ、ルイス様と顔を見合わせた。
そして、ルイス様がこちらを見て言う。
「こんなお姉様を見たのは初めてです!」
「やっぱり二人ははお似合いだと思う!」
私が無事だとわかったら、思考は恋愛モードに入ってしまったみたい。ルイス様はまだ心配そうに私を見ているけど、ラナは違った。
「やっぱり、お姉様とアットン様はお付き合いしているのですね!?」
「してない」
「してないよ」
ラナの言葉に対する私とアットンの否定する声が重なった。
******
結局、その後はデートどころではなくなり、近くの店で既製品の服を買い、それに着替えてから家まで送り届けられた。
帰りの馬車の中で、ラナとルイス様が私が落ちたあとの状況を簡単に説明してくれた。
ラナもルイス様も、桟橋に置いてきた私が気になって、私のほうを見ながら話をしてくれていたらしい。
だから、私が何者かに話しかけられていることに気が付き、舟を漕いでくれている人に、桟橋に戻るよう、ルイス様が命令してくれたらしい。
私が池に落とされてすぐに、アットンが池に飛び込んで助けてくれたのだそうだ。
「ごめんなさい、お姉様。私もルイス様も、お姉様のほうばかり見ていて、誰かがお姉様の後ろに立っていたことはわかるんですが、誰だかわからず……。しかも、お姉様を池に落としたあと、その男性がどこへ行ったのか追えていないんです」
池に落ちた時のことを思い出したのか、ラナはぽろぽろと涙を流しながら頭を下げた。
「ラナが謝る必要はないの。だけど、このことは、お母様たちには言わないでくれない?」
「……どうしてですか?」
「色々とあるのよ」
今回のことを知られたら、騎士の仕事は危ないからやめろと言われかねない。
そんなことを思って再度お願いすると、ラナは渋々ながらも頷いてくれた。
家に帰り着き、着ていった服が変わっている上に、化粧が落ちている私を見て、お母様は疑わしい目で私を見てきた。
どうしてデートなのに、そんなことになっているのかと散々聞かれた。ただ、悪ふざけをしていたら足を滑らせて湖に落ちたとだけ伝えると、それはそれで当たり前だが叱られた。
ルイス様が連絡を入れたのか、次の日の朝にはノッカス公爵夫妻から、たくさんのお見舞いの品が届けられた。
アットンからも、お花とメッセージカードが届き『ルイス様にも承認を得ているから、今日は必ず仕事を休むように』と書かれていた。
公爵夫妻やルイス様にもそうだが、アットンにもお礼の品を贈らなければならない。
池に落ちた後、水を飲み込んでしまったことは覚えているけれど、それから桟橋で目を開けるまでの記憶は全くない。
気絶しておいて、今回は良かった。意識があったら、助けに来てくれたアットンに、もっと迷惑をかけてしまっていたかもしれない。
ポジティブに考えながらも、誰が私を湖に落としたのか、それが気になって、その日の夜はほとんど眠ることが出来なかった。




