20 心配しないで
デート当日は、いい天気で、少し暑いくらいの気温だった。
貴族御用達のカフェのテラスで昼食をとり、食後のお茶をしていた時のこと。
テラスには5卓の丸テーブルがあるが、ルイス様とラナ、そして私とアットンがいる2卓しか今は使われていない。
ルイス様とラナは最初はぎこちなかったものの、今では打ち解けて談笑している。たまに隣のテーブルに座っている私たちを見て、コソコソと話をしている。
何を話しているのか気になるが、どうせ私とアットンをどうこうしてやろうという、ありがた迷惑な話しかしていなさそうだ。ここは気づいていないふりをしていると、アットンに話しかけられた。
「ねえ」
「何?」
アットンに視線を移して返事をすると、彼は信じられない質問を投げかけてきた。
「君、恋人募集中なの?」
「は!?」
護衛という任務を忘れて、アットンのほうに目を向けた。彼は私の代わりにルイス様たちを見つめながら話す。
「君が貴族であれば、どんな人でもいいから恋人になってほしいって言いまわってるって、噂になってる」
「はあ!?」
立ち上がって聞き返すと、ルイス様とラナがびくりと身体を震わせた瞬間が視界に入った。
「驚かせてしまい申し訳ございません」
「い、いや、いいが。何かあったのか?」
ルイス様たちが私を見つめる目は、とても不安そうだ。
アットンが変なことを言い出すから、と言いたい。でも、正確にはそういう噂を聞いただけみたいだから、言葉を選んで答える。
「今、アットン様から聞いたんですけど、私が手当たり次第、恋人になってくれそうな人をいるという噂が流れていると聞いたんです」
「違うのか?」
「違うんですか?」
「違いますよ」
ルイス様とラナから問われ、二人を軽く睨んで答えてから続ける。
「恋人探しなんてしてません! そりゃあ、もちろん良い出会いがあったらいいなぁとは思っていますけど、今更、自分からグイグイいく気にはなりません!」
「ご、ごめんなさい、お姉様。私、お姉様が元婚約者の方にフラれたショックで、新しい出会いを求めているという噂を信じてしまいました。辛くて、私たち家族には言えなかったのかと思っていました」
涙目で謝るラナにかぶりを振って答える。
「違うわよ! ジェイコブの件については、婚約が破棄されて清々してるから心配しないで!」
「本当ですか?」
ラナはまだ心配している様子だ。
「どうして信じてくれないの」
「だってお姉様、私たちの前では強がったりするじゃないですか」
「そりゃあ姉ですからね! 弟や妹を守るのは姉の役目だもの」
「では、お姉様を守るのは誰なんですか!? お父様とお母様以外で、です!」
「そうだぞ。フィリアはもっと自分のことも考えるべきだ」
ラナだけでなく、ルイス様にまで叱られてしまった。
こうやって、真剣に自分のことを考えてくれる人がいるのは幸せなことだ。
「ルイス様が15歳くらいだったら、私のお相手になってほしかったですねぇ」
「俺が断る!」
「酷くないですか!?」
「俺にも選ぶ権利はあるし、フィリアは俺では物足りんだろう」
「どういうことですか!」
そこまで言って、ルイス様とラナの邪魔をしていることに気がついた。
それに、ルイス様にだって選ぶ権利があるのは当たり前だ。
「あの、私のことは気になさらずに、お2人で楽しく会話を続けてくたさい。私は引き続きアットン様と話をさせていただきます」
ルイス様は少し焦ったような顔をしたものの、ラナを見ると、ふにゃふにゃの笑顔になって話しかける。
「フィリアとアットンの邪魔をしては駄目だから、俺たちは二人で話をしよう」
「はい! お姉様が悲しい思いをしているんじゃないとわかったので、安心した気持ちでお話できます」
7歳の妹にまで、そんなに気を遣われていたのかと思うと猛反省が必要だわ。
二人の会話が和やかに始まったのを見届けてから、アットンに尋ねる。
「ねえ、あなたはその噂、誰から聞いたの?」
「騎士仲間」
「え!? まさか、ノッカス家の騎士じゃないわよね!?」
「ノッカス家の騎士からは言われてない。なぜか、彼らは僕と君が付き合っていると思ってるからね」
「何で、そんなことになってるの!?」
「ノッカス公爵夫妻に文句を言ってよ」
「えっ!?」
公爵夫妻は直接的なことを言ってはいないでしょうけど、お似合いだとか話していたのかもしれない。
アットンは被害者なので、変な誤解をされていることに謝罪する。
「本当にごめんなさい」
「いきなりどうしたの」
「私と噂が立つなんて迷惑でしょう? 悪いと思ったら、ちゃんと謝らなくちゃいけないでしょう!」
「君のせいではないけどね」
アットンは微笑したあと、すぐにルイス様たちに視線を戻した。
私とアットンの目的はデートではなく、ルイス様の護衛だ。だから、彼が私に興味を示さないのは当たり前だ。
横顔を見つめてみると、先程よりも機嫌が良さそうに見えるのは、気のせいだろうか。
それにしても、腹が立つほどに顔がいいわ。
これだけ顔が良ければ、得することも多いんだろうけど、その分、苦労も多いんでしょうね。
好きでもない令嬢たちに囲まれてもいたし、気の毒でもある。
「……そういえば、アットンはそれでいいの?」
「ん?」
「その、誤解されて困るような人はいないの? もちろん、あなたは迷惑しているでしょうけど」
「僕としては、そういう噂が立つほうが助かるけど、君に迷惑をかけるだろうから、誤解だと公言したほうが良いとは考えてる」
「どうして?」
「一部の人間は僕と君とが付き合っていると信じている。その他の人は君が恋人探しをしていると思っている。ということは、君は僕と付き合っているのに、恋人探しをしている、なんてことを考える人物がいてもおかしくない。それに、君に変な男が近づいても良くない」
「そう言われてみればそうね」
私を狙う男性がいるとは思えないが、アットン亡者の女性陣からの嫌がらせを受ける可能性はある。
「過激なことをしてきたりはしないわよね?」
「それはわからない。君の弱点を探している人間がいてもおかしくない。伯爵家の家族に手を出そうとはしないと思うけど、女性の嫉妬は怖いらしいからね」
「怖いわよ。でも、どうして知ってるの?」
「そういう話を恋人のいる騎士仲間から聞いてるんだよ。ところで、君、泳げないの?」
「話がいきなり飛ぶわね」
「いいから。泳げないの?」
「ええ。小さい頃に溺れてから、水に全身が浸かってしまうとパニックになるのよ。というか、何でそれを」
知ってるの?
と聞こうとしたけれど、ルイス様たちが立ち上がったので、口を閉じた。
「よし、では次のスポットに向かおう!」
「次はどこに行かれるのですか?」
「近くにカップルに人気の池があるんだ。そこにあるボートに2人で乗れば……」
ラナからの問いかけに、そこまで答えたルイス様だったけれど、慌てて言葉を止めた。
たぶん、二人で乗れば、その二人は結ばれるとか、そういう言い伝えでもあるんでしょう。
わかりやすくて可愛らしい。
まだ早いかもしれないけど、ラナに恋人や婚約者が出来るなら、変な男よりもルイス様のほうがいいわ。
公爵令息と伯爵令嬢なら身分的に、そこまで問題にならないだろうしね。
そういえば、アットンが水の話題を出したのは、それでなのかしら。
ルイス様が選んだデートスポットのボート乗り場は、カフェのすぐ近くにあった。
水を見ているだけなら、特に恐怖はないので、横に広い湖を眺めていた時だった。
「あー! 負け犬のフィリア様じゃないですか!? もしかして、私たちの邪魔をしに来たんですか!?」
笑いながら近づいてきたのは、ジェイコブとダイアナ嬢だった。




