18 どうしてなんでしょうかね
パーティーから数日の間は、家族からアットンとの仲を気にされる日が続いたが、いつしか、それもなくなっていた。
そんな時、ルイス様からミュウ様の部屋に行ってほしいとお願いされた。
私に話したいことがあるらしい。
何を言おうとしているのか、何となくわかる。
嫌な予感しかしないが、私にどうしようもないことなら、ルイス様に相談すれば良いでしょう。
そう考えていたら、ルイス様のほうから「差し支えない程度に後で話を聞かせてくれ」と言われたので、落ち着いた気持ちで、ミュウ様の部屋に向かった。
「せっかく遠ざけたのに、キーファに手を出すなんて許せない!」
私が部屋の中に入るなり、ミュウ様は文句を言ってきた。
5歳のミュウ様は、年齢よりも小柄でとても可愛らしい。
ウェーブのかかった腰まである金色の長い髪をおろし、ピンク色のネグリジェのまま、ベッドの上で私を睨んでいる。
といっても可愛らしさが勝ってしまい、睨まれても怖くない。
部屋の中もピンク色の調度品や、ぬいぐるみばかり。ピンク色の何かをプレゼントすれば、機嫌を直してくれるかしら。
ルイス様はミュウ様が理不尽なことを言ってきても、相手は子供だから上手くなだめすかせばいいと言ってくれた。
かといって、嘘をつくことは良くない。それに、ルイス様もまだ子供である。
あのルイス様の妹だもの。簡単に話が終わるとは思えない。
「私と彼は職場の同僚であって、ミュウ様が心配されるような関係ではありません」
「そうとは思えないわ! せっかく、キーファがあなたを嫌うように仕向けたのに、全く意味がないじゃないの! どうして、キーファと出かけたの!」
「手配してくださったのは閣下です。ですので、ミュウ様のご両親に聞いていただけますでしょうか」
出かけたというのは、レストランの時のことを言っているのだと思う。
助かりはしたが、あれは私が誘ったわけではない。
「うう。そんなの聞かなくてもわかるわ! お父様もお母様も、私とキーファの恋を認めてくれないの! 私を諦めさせるために、あなたとくっつけようとしているんだわ!」
公爵夫妻は、ミュウ様の恋を応援していないのね。
お二人もアットンが女性が苦手なことは知っているだろうし、年の差が今の段階ではありすぎるものね。
反対されていると聞いてみると、ノッカス公爵夫妻の意図が、私にもはっきりと見えた気がする。
閣下たちはミュウ様から、アットンの好きなタイプが私に近いと聞いて、私とアットンがくっつけば、ミュウ様を諦めさせることにも繋がると思ったんでしょう。
でも、最近までは私に婚約者がいたから何も言わなかったのね。
婚約破棄された私にとって、アットンはお相手として申し分ない相手だ。だから、閣下たちにしてみれば、一石二鳥だと思ったのかもしれない。
アットンのことは、女性が苦手だということもわかったし、私に冷たかった理由もハッキリしたから、今までのような悪い印象はなくなった。
だけど、それで好きになったりはしない。
私も年齢が年齢だし、次の相手は間違えられない。慎重に選ばなくては!
「ちょっと、フィリア! 聞いてるのっ!?」
「聞いております」
「嘘! 上の空だったくせにっ! キーファから女性を遠ざけたのに……っ、本当に無駄だった」
今日はアットンが非番の日だから許されることなのだが、アットンが勤務の日は、私はミュウ様の部屋の近くを通ることも許されない。
そして、ミュウ様付きのメイドは全て既婚者の女性だ。
ライバルを近付けさせないように徹底していたつもりだったのでしょう。
ただ、外で誰と会っているか考えないというところは、やはりまだ子供なんだなと思う。
「フィリア! ほんと……っ、キーファは……っ、わたしのっ」
興奮したせいか、ゲホゲホとミュウ様が咳き込み始めてしまった。慌てて、ミュウ様に駆け寄って身体をさする。
それでも咳が止まる様子がないので、廊下で待機しているミュウ様の専属メイドに助けを求ようとした。
「ミュウ様、落ち着いてください」
ベッドに横になっても、咳は止まらない。何度も咳をすれば体に負担がくる。身体を丸め涙を流すミュウ様が辛くて見ていられない。
メイドに任せようとした時、ミュウ様は私の服の袖を掴んで尋ねてきた。
「ううっ……、フィリア……、私が……、健康だったら、キーファは、振り向いてくれたかしら」
「健康であっても、健康じゃなくても、アットンはミュウ様にお仕えすることは間違いありません」
「何よっ、それっ。……っ、答えになっていない……っわ」
「体調が落ち着かれたら、また、お話をしましょう。今は話さないほうが良いと思います」
呼吸をするのも苦しそうだし、これ以上話して興奮させたくなかった。
敷地内に住んでいる、お医者様がやって来たので、私は今度こそ後を任せることにした。
去り際に、少しだけ落ち着いたミュウ様が言った。
「フィリア……っ、私、あなたのこと、嫌いというわけではないのっ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です。今はお体を大事にしてください。そして、また、ゆっくり、お話させてくださいね」
深く頭を下げてから部屋を出た。
ルイス様もそうだけど、ミュウ様も真剣に恋をしてるのよね。
もちろん、恋なんて真剣にするものなんだろうけれど、二人共熱量がすごいと感じてしまう。
ミュウ様なんか、まだ幼いのにライバルを蹴落とそうとするところがすごい。この年から、恋に貪欲だったら、私も変な人に捕まらなかったんだろうか。
そんなことを考えている場合じゃないか。早くミュウ様の体調が戻りますように。
「やあ、早かったな。どうだった?」
ルイス様の部屋に戻ると、笑顔でそう話しかけてきた。まだ、ミュウ様の発作のことを聞いていないようだった。
ミュウ様の様子を伝えると、ルイス様は表情を悲しげなものに変えた。
「ミュウはストレスを感じると特に体調が悪くなるんだ」
「感情を自分でコントロールするのは簡単なことじゃないですし、しょうがないですよね。しかも、まだ5歳ですもの」
「……まだ幼いのに、公爵令嬢としてのプレッシャーがあるのかなあ?」
「まだ幼いのはルイス様も同じじゃないですか」
「俺は2歳上だし、父上の跡を継ぐのだから、人よりも努力しないといけないんだ」
「そんなものなんでしょうか」
跡継ぎだからしっかりしないといけないという気持ちはわからないわけではない。だが、こんなに幼い頃から、色々と考えないといけないなんて、高い身分で生まれてくるのも大変なのね。
私は伯爵家の娘だけど、両親はあまりうるさいことは言わなかった。言われたのは、ノイズ家の恥にならないような行動をしなさい、だった。
だけど、幼い頃の私は、その言葉の意味を深く考えずに、好き勝手遊んでいた。
本当ならば、ルイス様やミュウ様のように考えて行動しないといけなかったのに!
「婚約破棄までしてしまって、両親に迷惑をかけている私は、どうすればいいんでしょうか」
「ご両親に安心してもらえるように、素敵な男性を見つけて、結婚すればいいんじゃないか?」
「結婚が女の幸せというわけではないじゃないですか!」
「それはそうかもしれんが、ご両親は安心されるだろう」
「騎士という爵位だけでは、安心できないということですか?」
「それはそうだろう。フィリアは伯爵家の長女だ。高い身分の貴族と結婚できるはずだからな」
ルイス様は苦笑して言った。
「そうですね。元婚約者も伯爵令息でしたし、女性の幸せは結婚できることと考えている人も多いですしね」
「結婚イコール幸せとは思わないが、娘の将来が安泰だと分かれば、きっとご両親も安心されるだろう」
ルイス様と会話していると、どっちが年上だかわからなくなってくる。
「恋愛が上手くいかないのは、どうしてなんでしょうかね?」
「それはそんなものだろう。簡単に上手くいくものではない」
「あ、いえ、ルイス様の恋愛が、です」
「う、うるさいな! それよりもフィリア、ラナ嬢ともっとお近付きになりたいのだが、デ、デートに誘ってみるのは迷惑だろうか」
「護衛付きであれば良いのではないですか?」
「だよな? 護衛がいればいいよな?」
なぜか、ルイス様はにんまりと笑った。
嫌な予感がする。
そう思った瞬間、椅子に座っていたルイス様が勢いよく立ち上がる。
「決めたぞ、フィリア! ダブルデートをしよう!」
「どうして私まで巻き込むんですか!?」
思わず大きな声を上げて聞き返してしまった。




