16 何だったの
私は言われるがまま、令嬢たちに連れられ、パーティー会場の外に出た。
人の行き交いが激しいため、壁際に避けると、早速、令嬢の一人が口を開く。
「ノイズ伯爵令嬢にお聞きしますわ! キーファ様とはどういうご関係なんです!?」
「……職場の仲間ですが……」
「それだけとは思えませんわ! 私たちは昔から、キーファ様を見守ってきたんです! 今まで家族以外の女性と出かけることなんてなかったのに、最近、あなたとお出かけされていましたわよね!」
可愛らしい顔を歪めて、令嬢は私を指差した。たしか、二つ年下の子爵令嬢だったっけ。
婚約破棄された私を下に見ているから、こんな言い方ができるのかしら。
とにかく謝っておきましょうか。
「ごめんなさい。そんなことは知らなくて、彼と出かけてしまいました」
「謝ったって遅いですわ! 次にあんなことがあったら許しませんから! 順番というものがありますのよ、順番が!」
「じゅ、順番?」
何の順番だろうか。
意味がわからなくて聞き返すと、子爵令嬢は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「キーファ様をデートに誘う順番に決まってるじゃないですか!」
「えぇ」
それは知らないわ。私にわかるわけがない。
何にしても自分たちよりも先に、私がアットンと出かけたことが気に食わないらしい。
でも、それって彼女たちがどうこう言えることなの? アットンが決めるべきものでしょう。
私と出かけたのはノッカス公爵閣下の命令だし、断りづらかっただけだと思う。
そのことを伝えると、さすがに公爵に喧嘩を売る勇気はないらしく、気まずそうに黙り込んだ。
余計なお世話かもしれないが、彼女たちに助言しておく。
「邪な気持ちを一切出さないようにして、少しずつ近付いていけばどうでしょう。遠巻きに見ていても逆に怖がらせるだけかもしれませんよ」
だって、知らない人たちが、遠く離れた場所から自分のことをジッと見ていたりしたら怖いもの。
それを想像するだけで、アットンが気の毒に思えてくる。
ただでさえ、女性が苦手なのに余計に嫌いになるんじゃないかしら。
子爵令嬢は私を睨みつける。
「放っておいてください! とにかく抜け駆けは禁止なんです!」
「抜け駆けするつもりはないです」
きっぱり否定したところ、令嬢たちは私の態度が気に入らないようだった。
「あなたのことを良く思っていない女性がたくさんいることを忘れないでくださいませ。今回は警告です。これ以上、キーファ様に近付くようなら容赦しませんから!」
その場にいた全員が私にぶつかるために近付いてきたが、一応、私は騎士である。
令嬢の動きなど、すぐにかわせてしまう。
平然と避けていると、キーキー文句を言いながら歩き去っていった。
「何だったの、今の」
呆れながら、リングスたちのもとへ戻ろうとした時、さっきの子爵令嬢の声が聞こえた。
「キーファ様に近付くのは止めなさいよ! 遠巻きに見るのが親衛隊のルールでしょう!」
会場の出入り口付近に、女性の輪ができていて、その輪の中心に、頭一つ分抜き出たアットンの姿が見えた。
彼は相変わらず、笑顔で女性たちの相手をしていた。
無理に笑わなくてもいいと思うんだけど……。
そう思いながら、様子を見ていると、アットンが困った顔で誰かに近くにいる女性に何か言った。
すると、何か言われた女性だけでなく、周りにいた女性たちまでもが泣き始めた。
なぜ泣くの?
むくむくとおせっかいな気持ちが湧いてくる。
とりあえず、何が起こっているのか確認してみましょう。
アットンに見えないように、さりげなく彼が背中を向けている方向に移動し、少しずつ輪に近付いていく。
「ごめんね。泣かせるつもりはないんだ。ただ、妹をいつまでも一人にさせるわけにはいかないから、もう行かないと」
「ミント様ばかりずるいですわ! 私たちともお話して下さい!」
「ミント様なら、どこかの令息とお話されていましたし大丈夫ですわよ!」
いや、大丈夫じゃないでしょ。
どこかの令息なんて言われたら、余計に心配になるわ。
アットンもどうして、強く言えないのかしら。
女の子が泣くから? 今回の場合は、泣くほどのものじゃないんだから、放っておけばいいのに!
って、そんなわけにはいかないか。紳士はそんなことをしないものね。
「大丈夫じゃないよ。どこぞの令息だなんて聞いたら、余計に心配になってくる。だから、もう行かせてくれないか」
「では、一緒に参りますわ!」
輪が一斉に動き始める。
そのせいで、通路を塞いでしまい、迷惑なことこの上ない。
アットンは「もう放っておいてほしい」と訴えるが、親衛隊たちは引かない。
アットンも女性に触れるのは良くないと思っているのか、押しのけることが出来ないでいる。
トラブルにならないように笑顔を作って、その場を何とか乗り越えようとしているみたいだけど、それじゃあ、絶対に無理よ。
「見てみて、虫を捕まえた」
「ちょっと! 捨ててきなさい!」
子供の声が聞こえて、そちらに振り返る。
正装した男の子が中庭に出ていたのか、黄緑色の大きなバッタを手にして嬉しそうにしていたけれど、見せられた母親は悲鳴を上げている。
そうだわ。
名案が浮かんだ私は、その親子に近付いていき、男の子に頼んでバッタを譲ってもらった。
私はそのバッタを手に、先程の輪に近づき、アットンに話しかける。
「アットン伯爵!」
アットンは驚いた顔で振り返り、そして、私の手に持っているものを見て、目を丸くした。
「それ、どうしたの?」
彼が不思議そうに聞いてくると同時に、女性たちが私を睨みつけてきたが、そんなことは気にしない。
「ちょっと、失礼します! 私、アットン伯爵に用事があるんです!」
「なんなのよ、って、きゃあ!? 虫!?」
バッタをつかんだ手を前に突き出して進んでいくと、令嬢たちは面白いくらいに道を開けてくれた。
女性は虫が嫌いな人が多くて助かるわ。
バッタ様のおかげでアットンまでの道が開けた。正面に立ち、彼の顔の前にバッタを持っていく。
「ちょっと付き合ってくれない? あ、言ってるの、私じゃなくてバッタ様ね。私がバッタ様の考えを口にしてるだけ」
「……バッタに呼び出されるなんて光栄だよ」
アットンは私の意図に気が付いたらしく、口元に笑みを浮かべた。
その後は、私がバッタ様で令嬢たちを押しのけた道を通って、アットンは無事に輪の中から抜け出したのだった。




