15 やっかみは面倒くさいのよ!?
次の日には、フォブラー伯爵家から婚約を破棄する書類が送られてきた。
添えられていた手紙には恨み言のようなものが書かれていたが、悪いのは向こうなので無視をした。
アットンが脅しをかけてくれていたこともあり、婚約の破棄については、向こうの有責しかなく、慰謝料を支払ってもらうことになった。
支払額は相場ということになったが、男性が浮気をしたから慰謝料を払うという事案が今までになかった。そのため、女性が支払った時のものが参考となり、かなりの金額が支払われることになった。
女性に対する差別的なものが、彼にとって不利に働いた形だった。
無事に婚約を破棄をし、自由になった私だったが、問題もあった。
ジェイコブとの婚約破棄が決まるまでに返事をしていた夜会を欠席に変更する。もしくは、パートナーを探さなければいけなくなった。
事情は社交界に知れ渡っているので、欠席でも対応してもらえるはずだ。しかし、ちょうどいいパートナーが見つかったので、彼と出席することにした。
それが誰か。もちろん、アットンではなく、3歳下の私の弟である。
というわけで、今日は弟と一緒に、ある貴族のご令嬢の誕生日パーティーにやって来ていた。主役がまだ子供だからか、夜ではなく、昼に行われており、出席者は若い人が多い。
「姉さん、色々と噂されてますけど、わかってますか?」
目立たないように壁の花になっていたつもりの私に、飲み物をもらってきてくれた弟――リングスが話しかけてきた。
姉である私が言うのも何だが、リングスは高身長のすらりとした体型で、整った顔立ちをした美少年だ。
「姉さん、聞いてますか?」
「ごめんなさい。ちゃんと聞いてるわ。噂ってどういうこと? ジェイコブとのこと?」
「それもありますが、色々です」
色々と言われると、余計にわからない。
リングスに礼を言ってから、ジュースの入ったグラスを受け取る。
グラスに口を付けながら周りを見回してみたけれど、他の人がこちらを気にしているようには思えなかった。
「別に誰かに見られてる感じはしないけど……」
「姉さんから見えない離れた場所で会話しているんですよ」
リングスは大きく息を吐いたあと、真剣な表情で私に尋ねる。
「姉さんは、アットン伯爵と恋人同士になったんですか?」
「いいえ」
「そんな噂が流れてますよ」
「噂は噂でしょ。事実ではありません。それより、リングスはアットン伯爵を知ってるの?」
「知ってます。僕も女性が苦手でしょう? 共感を覚えるんで……」
「アットンが女性が苦手?」
初めて聞いた話だったので驚いた。
もちろん、リングスが女性が苦手なことは知っている。
リングスが八歳の時、学園主催のダンスパーティーのパートナー選びの際に、リングスは、その時、一番仲の良かった少女をパートナーに選んだ。
その時、選んでもらえなかった女子たちから、リングスは嫌がらせを受けたのだ。
机の上に動物や虫の死骸が置かれていたり、一部の女子から付きまとわれたりしたのだそう。
幼い時に受けた女性の嫉妬に恐怖した彼は、家族以外の女性が苦手になってしまった。
そんなことがあったのなら、女性が苦手になる気持ちはわからないでもない。
アットンの場合は何があったんだろうか。彼もリングスと同じように辛い思いをしたんだろうか。
「どうして、アットン伯爵は女性が苦手なのかしら」
「噂でしかないですけど、小さい頃にメイドにいたずらされそうになったから、と言われています」
「いたずら?」
「性的なもので、可愛くもなんともない、いたずらです」
リングスは小声で話しながら、眉間にシワを寄せた。
「……そうだったのね」
「これも本当の話かわかりませんが、メイドはクビになり、その後の行方もわかっていないそうですよ」
殺されたってことはないわよね? 彼のご両親は早くに亡くなっているし、誰がどう動いたかはわからない。
それにしても、アットンが女性が苦手だなんて、そんな風には見えなかった。
ミュウ様の護衛騎士になっているし、色んな人に笑顔を振りまいていた。
その時になって、やっと気がついた。
……そうだわ。アットンは笑う顔が同じなんだ。
笑い方なんて色々とあるはずなのに、あの人が人に笑いかけてるのを思い出したら、同じ笑い方しかしてない。
「姉さん、どうかしましたか?」
リングスに顔を覗きこまれ、慌てて顔を上げる。
「ごめんなさい。ボーッとしていたわ。それよりも、どうして、リングスはそのことを知ってるの?」
「有名な噂ですからね。それにしても、姉さんと噂があるってことは、克服できたってことなのかな?」
「いや、それは違うと思うわ」
ミュウ様は幼いから、そこまで恐怖を覚えていないだけで、本当はアットンは今でも女性が苦手なのかもしれない。
それをノッカス公爵夫妻は知っていたから、女性っぽくない私を紹介しようとしたとか?
「そういえば、アットン伯爵も今日、ここに来ているみたいですね」
「えっ!?」
「どうしたんですか。そんなに驚くことじゃないでしょう?」
「えっと、アットンが来てるの? このパーティーに?」
「姉さん、アットンって、呼び捨ては良くないですよ。それと、彼が来ているのは間違いないです。彼を見たって、女性が騒いでる声が聞こえましたから」
リングスが苦笑しながら、アットンを探すように辺りを見回した。
今頃のアットンは女性に囲まれているんだろうか?
ここは探して、助けに行った方がいいの?
アットンのことだもの、いつもの笑顔で乗り切れるわよね?
大丈夫になったから、あまり参加しないパーティーに来ているはずだもの。
そう思った時だった。
「リングス!」
女性の声が聞こえて、リングスと私は、声のした方向に振り返った。
すると、近くにあったパーティー会場の出入り口のほうから、ピンク色のプリンセスラインのドレスを来た美少女が、こちらへ向かって走ってくる姿が見えた。
まさか、リングスの彼女!?
女性嫌いだと知っていたのもあり、浮いた話があるだなんて思っていなかった私は、慌ててリングスに尋ねる。
「ちょっと、リングス、どういうこと? あの美少女とあなたはどういう関係?」
「どうもこうもないです。クラスメイトで、僕が女性が苦手だってことを知ってる数少ない人の一人なだけですよ」
リングスが苦笑して答えたと同時に、少女が私たちの前に立った。
「ごきげんよう、リングス。それから、あなたはリングスのお姉様ですか?」
金色の髪をシニヨンにした色白の小顔の美少女は、私に笑顔を向けて聞いてくる。
あれ?
今の笑顔って、なんか見たことあるような気がする。って、それどころじゃないわ。より彼女は公爵令嬢のミント・レバリス様よ!
「はじめまして、ミント様。リングスの姉のフィリアと申します」
慌ててカーテシーをすると、ミント様が微笑む。
「ふふ。そう固くならないで下さい。私、フィリア様のことは、昔からのお知り合いのような気がしていますの」
「ど、どういうことでしょう?」
「リングスから自分の姉や妹が可愛いのだと、よく聞かされてますし、最近、お兄様から送られてくる手紙の話題はフィリア様のことばかりですもの」
「え? お、お兄様? それに、リングス、ラナのことだけじゃなく、私のことまで可愛いって言ってくれてるの!? ありがとう!」
予想外の話を聞いて嬉しくなり、リングスに抱きつこうとしたけど、頭をつかまれて止められた。
「姉さん、もう子供じゃないんだから止めてください」
「私にしてみれば、何歳になってもリングスは可愛い弟なのよ!」
「それよりもやらないといけないことがあるでしょう?」
リングスに言われて、我に返った私は、ミント様に向き直って頭を下げる。
「みっともないところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
「とんでもないことですわ! 家族の仲が良いって素敵なことですもの。それに、公爵の爵位はお兄様が継いでいますから、私はもう公爵令嬢というわけではないですし、気軽にお話してください」
柔らかな笑みを浮かべて、ミント様は続ける。
「よろしければ、このまま一緒にお話をしてもらえないでしょうか。パートナーとして来てくれた、お兄様が女性に囲まれてしまっていて、近づけない状態なんです。本当は助け出してあげたいんですけど、周りでどれだけ叫んでも、私のことに皆気づいてくれなくて」
お兄様ということは公爵閣下? いや、待って。彼女の兄はもう一人いるはず……。
「姉さん、彼女のお兄さんの一人がアットン伯爵ですよ」
「えっ!?」
声を上げてリングスに聞き返すと、ミント様が代わりに答える。
「キーファお兄様がパートナーとして一緒に来てくださってるんですが、化粧を直しにいっている間に、一人だと思われてしまったのかつかまってしまったみたいで……」
ミント様はしゅんと肩を落とす。
「姉さん、行ってあげればどうですか」
「どうして、私が?」
「姉さんは人を守りたいんでしょ? なら、守ってあげればいいじゃないですか」
「やっかみは面倒くさいのよ!?」
「知ってますよ。今まさに、体験しようとしてるところです」
リングスがそう、私に答えた時だった。
「フィリア・ノイズ様ですわね? ちょっと、お時間いただけます?」
怖い顔をした三人の令嬢が私に話しかけてきたのだった。




