6 白日のもとに悪魔
「それで、お二人はどうしてこちらに?」
サキが司会進行を務めることにしたようだ。サキの言葉を受けて、「まずは私から説明しよう」とユリウス様が手を上げてお話になる。
「まず簡単なところから。こちらの部屋に来た経緯だが、話の途中でネルソンが突然部屋を飛び出して走り去った。あっけにとられたが、もしや疚しいことでもあるのでは、と考え直し、すぐこの極悪人を追うことにした。
ネルソンの姿はすぐに捉えることができたが、なにやら向かっている先があるようだったので、そのまま追ってきたところ、この使用人棟と見られるところにたどり着いた。
そのため、私はもしやここに君がいるのではないかと思い、人の気配が感じられるこのあたりを調べていたところ、……ようやく君に会えたという訳だ」
ユリウス様が私をじっとみて、話すので、私はなんだか顔が熱くなってきてしまう。マリアさんがいるのにそんな目で私を見るのは止めてほしい。何だか切ない目をしていて、失礼だとは分かっていても、捨て犬のようだとさえ感じてしまう。
「なるほど、では続いてネルソン様。どうしてこちらに?」
サキは情報収集を先行することにしたようだ。ネルソン様に声をかけると、ネルソン様は私の出した紅茶を飲んで一息つかれてから、話し始めになる。
「…私は、そもそも自白しようとしていたんですよ。だから会長…ジルコニアート騎士団長殿をわざわざ焚き付けたと言うのに、聞かせたい当の本人が走り去ってしまったので、こうして当たりをつけて探しに来たわけです。
…まさか、騎士団長殿の化け物じみた脚力に、やすやすと追い抜かされるとは思いませんでしたけどねえ」
よほど追い抜かされたことが苛立ったのか、ネルソン様は気が立っていることを隠そうともしない。
しかし、気になるのはそこではなかった。
「あの…自白、というのは?」
私がおずおずと声をかけると、「おや、聞いてくれますか」と少し機嫌が直る。その様子を見て今度はユリウス様が苛立っているようなので、私は混乱してしまう。
迂闊に話しかけないほうが良かっただろうか…と思っていると、ネルソン様が立ち上がり、私の手をそっと握ってから跪いた。長く伸ばされた綺麗な白い髪が、床についてしまいそうだ。いや、それどころではない。
「え!?ね、ネルソン様!?」
ネルソン様はうっとりとしたようにも見える顔で笑い、恍惚とした表情で話し始めた。手がひんやりと冷たく、何だかこの世のものではないような気さえした。
「では懺悔のごとく自白しようではないか!レイ君改め、ミレーナ・グリーンランド伯爵令嬢殿。
何を隠そう、衛生兵マリアと第一騎士団長が良い仲であると噂を流したのは私であり、仕事を可能な限り押し付けて騎士団長殿が家によりつけないようにしたのも私であり、なおかつ!ついでに騎士団員内の内部分裂を焚き付けて仕事がより終わらないようにしたのも、この私、ネルソン・ザネイルなのですよ」
にっこり、とつらつらと話し始めるネルソン様に、私もサキもジルも啞然としてしまう。
頭の処理が追いつかない。
意味がわからない。
じゃあ、マリアさんの話は嘘?ただの私の勘違い?でもなんでそんなことを?これも嘘?仕事で本当に帰れなかっただけ?でも2人は同僚だから?どうしてそんなことを?
そんな考えが頭を回る。
硬直した私の前では、「私の妻に触るな」とユリウス様がネルソン様を引き剥がしている。しかし、見えているようで見えていない視界は、そんな姿を捉えることはなかった。
ようやく吐き出した言葉が、「ど、どうしてですか?なんのために、そんな…」という言葉で。
ネルソン様は私の方をじっと見つめ、「ええ、ミレーナ嬢。私は貴女をお慕いしている、邪な人間だからですからねえ」と蛇のように笑った。
その機嫌の良さになおさら混乱してしまう。
「で、ではなぜ、今自白されたのですか?」
私の疑問に、ネルソン様が話し出す。その表情は、今までとは違い、年相応に。そう言えば同い年だったのだと、思い出すほど幼く見えた。
「確かに、このまま黙っていたら、ミレーナ嬢と会長が別れて僕はハッピーエンドです。…でも、貴女が事故で亡くなったと聞いたとき、僕は生きている貴女に会えたら、全てを懺悔して、貴女の幸せのためだけに生きようと決めてしまったんですねえ。困ったことに」
しかしすぐにネルソン様は、いつもの表情、いつもの調子に戻る。
「…まあ、この屋敷ですごすレイ君があまりにも楽しそうなので、あとは私利私欲か出てしまいズルズルとここまで来てしまいましたがねえ。
それに、私は思うのですよ。僕だけじゃない、騎士団長殿も悪い、と」
「…何?」
唐突に言葉の刃を向けられたユリウス様が、怪訝な顔で聞き返すと、ユリウス様はにやりと笑う。
「だって、そうでしょう?私を極悪人だと言うのは構いませんが、騎士団長殿が初めから彼女の心をしっかりと射止めていれば、ミレーナ嬢がここまで思い詰められることも、僕の流した噂に苦しめられることも無かったわけです」
あまりにも責任転嫁を感じるその言い草に、私たちは皆固まってしまう。まあ、そうなのかな…?とジルは流されそうになってもいる。唯一、矛先の当事者であるユリウス様だけが反論を返す。
「ネルソン、その暇のないほどの仕事を押し付けてきたのを、舌の根が乾かぬうちに忘れたのではあるまいね?」
「仕事が忙しい、なんて言っても深夜には帰れたいたでしょう?『遅くなってごめん、愛してるよ』とさえ言っていれば、ここまでミレーナ嬢が不安になることはなかったのでは?」
室内がどんどんと不穏な空気になっていくが、私たちは見守ることしかできなかった。




