2 予想外の再会
そうして、ザネイル侯爵家の使用人として無事雇われることになった私に、予想外のことが2つ置きた。
まず、私は馬車の車が外れて運悪く崖の下に落ちたことになっているが、遺体が見つかっていないことを理由に夫のユリウスが捜索願をかけているということだ。
これは予想外で、てっきりいなくなった方が都合が良いためにさっさと葬儀を済ませると思っていた。私と結婚しても好きな人を裏切らない方だ、律儀?なのだろう。見つけた方には報酬を支払うという徹底振りだ。
少し嬉しい反面、そのために非常に困ったことになっている。捜索願が取り消されるまで同僚にバレないように、毎日ウィッグを被らないといけなくなってしまったのだ。
捜索願が早く出されたおかげで、初日からウィッグを被って出勤できたことは不幸中の幸いだった。
ミレーナという名前ではなく、レイとして働いている。平民から下級貴族によくある名前だ。
中の良い同僚からは呼び捨てにされることもあり、うまく馴染めていると思う。
私の仕事は窓拭きなので、屋敷内を散歩しながら適度に体も動かせて思ったよりも楽しい。やることもなくぼんやり過ごしていた日々と比べて、体は大変だが充実している。
2つ目は、ザネイル伯爵家の子息というのが、あのネルソン様だったのだ。
「本日から使用人としてお世話になります、ミレーナ・ジルコニアート改め、レイと申します」
と当主に挨拶をしたところ、挨拶もそこそこにすぐにネルソン子息に紹介された。
ネルソン様は部屋に引きこもっていたが、「いい加減にでてこい!お前の所望した令嬢だぞ!!」と当主様がどんどんとドアを叩いて怒鳴りつけると、ぎぃぃいと怪しい音を立ててお部屋から出てこられた。
「……父上、嘘はやめてください。ミレーナ伯爵令嬢は…、だって、事故だって…」
「……ネルソン様が、御子息?」
互いに呆然としたまま固まっていた数分の後、見かねた当主様が面会は終わりだと言って、ネルソン様の扉をお閉めになった。
曰く、「捻くれたどうしようもない息子だがあれでも子息で、人間不信をどうにかしないといけない。学園にいた頃から君を餌に…失礼、君がいると言えば参加することができたんだ。結婚しろとは言わない、あいつを、更生させる手伝いをしてくれ…!!!」と。
あまりの必死さに、私も「で、できる範囲でなら…」と返事をした。もとよりこちらの事情も汲んでくださっているのだし、結婚しなくていいのならまあ、まだ…気が楽かもしれない。
しかし、ネルソン様はそこから毎日仕事をしている私のところに来て話しかけるようになった。
「レイ君、とおっしゃったかなぁ、君はどうして窓拭きを?」
「…仕事ですので」
私はいつもできるだけ素っ気なく返すが、ネルソン様は気にした様子はない。それどころか、私の嫌がる話題を好んで始めるきらいがある。
「|前の仕事はもうしないんだよねえ?」
「……私がいないほうが円滑に進むと思いますので」
決まって私がこう返すとネルソン様はにんまり笑って、ご満悦になる。そしてこう続けるのだ。
「新しい仕事に興味はあるかい?以前の仕事よりも楽しく過ごせることを約束しますよ」と。
どうして彼が私のことを気に入っているのかは分からないが、暗にそういった関係を望まれていることはさすがに分かった。当主様から何も事情は聞いていないそうだが、ネルソン様にはもう私の考えなど看過されているのだと思う。…ユリウス様のこともお詳しいようだったし、何なら私よりも詳しいのかもしれない。
「…生涯窓拭きをさせていただければ幸いです」
とさらに素っ気なく返す。
いつもはこれで「まあまた、ゆっくり考えてくださいねぇ」と言って去るのだが、今日はいつもより上機嫌なようだ。
「ふーん……あぁ、そういえば、行方不明の子はまだ見つかっていないらしいですねぇ。一体どこにいるのやら…ふふふ、今頃奴も血眼ですよ、きっと」
ぎょっとする。
「あ、あの、その話題をこちらでされるのはちょっと…」と思わず小声で話しかける私を見て、ネルソン様は楽しそうにニヤリと笑う。
小声なのは、周りには一応誰もいないが、いつ誰が聞いているのかも分からないからだ。
彼は小声のために距離を近くした私に気を良くしたようで、耳にふーっと息を吹きかけてきた。
言葉にならない叫び声を上げる私の口を彼の手で抑え、「しーっ、静かに暮らさないと、見つかってしまいますよ〜」と、上機嫌に去っていった。
はぁ……とどっと疲れが押し寄せる。ネルソン様は掴みどころがなく、話すと疲れてしまう。距離感もよく分からないし、面白がられているだけのような気もする。
「…血眼、なわけないですけどね」
ぽつりと呟いて、涙が出そうになるのを抑えていると、「レイ〜〜〜!!」と同僚のサキとジルが話しかけてきてくれた。騒々しくないぎりぎりの声量なのは、さすが名家の使用人だ。
「レイ!大丈夫?またネルソン様に絡まれてたでしょ!?逃げちゃってごめんね!!」
「ネルソン様、怖ぇかんな、あんまり怖かったら当主様に言いに行こうぜ。…直接言う勇気はねぇけど」
そう言って励ましてくれる二人は、本当に優しい友人たちだ。おそらくどこかの下位貴族だとは思うが、今はその気安さが嬉しい。
「ありがとうサキ、ジル。私は大丈夫です!ネルソン様にも少しずつだけど慣れてきたし…今日はちょっとびっくりしただけ」
「まったく、ネルソン様があんなに積極的に話しかける姿を見るのは初めてよ。私たちに対しては、「ええ、どうも」くらいしか話さないんだから」
「お気に入りってのも考えものだな〜。当主様とかはめっちゃ喜んでるけどな」
「黙ってれば格好いいのにね〜ネルソン様も。白髪なのは怖いし、話すと胡散臭くてより怖くなっちゃう。…で?レイはどうしてそんなに気に入られてるの?」
「あはは…私もどうしてかは分かりかねます…」
「ええー!何だよそれ〜、恋バナしようぜ恋バナ!」
「そうよ〜そんなことくらいしか楽しみないんだから〜。ネルソン様とレイが結婚したら泣いて喜ぶわよ当主様」
「まさか、さすがに泣かないだろ当主様だし」
「は、はは…」
少し前にネルソン様と話していると後ろの柱の陰で、涙を流しながら喜んでる当主様を見かけたのは、2人にもネルソン様にも秘密にしておこうと思った。
読んでいただきありがとうございました!
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