1 夢と現実
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朝起きて、メイドたちに用意された食事をとり、最低限用意された仕事(といっても誰がしても良いような些細なもの)をして、また食事をとり、ぼんやりとして、いつも深夜に帰ってくる夫が、今日こそは早く帰ってくるのではないかと思って待ち、今日は早めには帰ってこないなと諦め、寝る。
そんな生活を、2年続けた。
私は伯爵家に生まれて、幼い頃は両親に愛されて育ってきた。しかし物心ついた頃に両親は不運な事故で亡くなってしまった。
成人するまでは叔父が家を取り仕切ってくれたが、私が成人するのを機に、きちんと婿を取って継承するようにと言われたのだ。
女性が当主となることは滅多なことがない限り認められていないこの時代。私は叔父に紹介された王立騎士団、第一騎士団長様と結婚することに何の異論もなかった。
こうして私は、伯爵令嬢、ミレーナ・グリーンランドから、ミレーナ・ジルコニアート伯爵夫人となったのであった。…本来の婿養子と違い、ユリウス様の名前を伯爵家として名乗ることにしたのも、彼の功績の偉大さから、特例として許されたものだった。
騎士団長様は、代々騎士を排出している子爵家の出身なのだそう。王立騎士団は比較的爵位のランクは気にされない職場であるものの、さすがに第一騎士団の団長ともあろう方が、子爵家のままというのは外聞が悪かったらしい。
叔父は顔が広く、困っていたユリウス・ジルコニアート様にちょうどいい娘がいますよとお声がけをして、私との縁談を持ちかけたそう。
ユリウス様は大変優しい方だった。
知的で穏やかな立ち居振る舞い、美しい漆黒の髪、そして何よりその容姿端麗さに、私は内心釣り合わないと震えたものだ。
そんな相手からぜひにと言われてしまえば、もう爵位目当てでも何でも良いので、「お気持ちのままに…」と応えてしまったのは仕方がないと言える。
爵位こそこちらが上だが、それ以外の何もかもが釣り合っていないのだから。
しかし、そんなユリウス様との夫婦生活は、思っていたよりもあっさりしていた。……あっさりというか、もはや夫婦生活というよりも、互いに独身暮らしをしているようなものだった。
まず、ユリウス様の帰宅は深夜であった。朝は私が起きるよりも早くに出かけているので、ほとんど会うことがない。
何度かお見かけするたびに、「すまない、仕事が忙しくて…」と仰る。せめてお帰りの時のお出迎えを、と起きて待っていれば、「先に寝ていてくれないか」とやんわりと断られる。
避けられているのかな、と思い始めた新婚半年の頃、参加したパーティーで声をかけてきた男性(軽そうな方だったので、きっと誰でも良いから相手が欲しかった方だと思われる)に、
「え?ジルコニアート伯爵夫人?ジルコニアート騎士団長は結婚していたのか!?
ふーん……へえ、ということはマリアとは遊びだったのか。いや…むしろ…。
あ、伯爵夫人、ご結婚されているとは知らず失礼しました。ではこれで」
と言われてしまった。
私はその時確信したのだ。ユリウス様にはお気持ちが通じている女性がいて、私はパーティーで初対面の男性に見破られるほど、ユリウス様に相手にされていないのだ、と。
家に帰ってからわんわん泣いた。
でも同時に、仕方がないと思えた。
爵位目当てだったんだ、貴族とはそういうものだ、むしろこんな私と結婚してまで、この国を守ろうという気概がある方なのだ。応援してあげないでどうする。
…と、考えることができるようにもなった。
だが、それからのパーティーは参加するたびに地獄だった。以前ならば見知った友人に声をかけたあとは端でこじんまりと過ごしていたのに、見知らぬ男性によく話しかけられるようになってしまった。
彼らは一様に、夫の不貞を匂わせてきていた。なかでも、ネルソンと名乗った彼の同僚の男性が、しつこくその話をしにきた。
「噂の騎士団長の奥方ですか、それはそれは……気の毒ですねえ」
「家に帰ってこないのではないですか?…図星でしょう?何をしていると思います?……あ、口止めされてるんでした」
「もう分かってるのではないですかね?伯爵夫人。…グリーンランド伯爵家に、戻りたいとは思いませんかね」
何も話さない、返事もしない私の、少し離れた横にすっと立って、蛇のように話しかけてくるこのネルソン様が、私は苦手だった。
お前はジルコニアート伯爵夫人に相応しくない、と言われている気さえした。
それでも夫と話すことも、会うこともない日々が続き…。
…私はもう、消えることにした。
まず、叔父に相談した。
叔父はそんな状態になっていることに心底驚いたようで、気がついてやれなくてすまなかったと謝ってくれた。
私のほうが、迷惑をかけられないと思って隠してきたことも多かったので、むしろ申し訳なかった。
叔父に離縁したいのかと聞かれたが、爵位はこのまま譲りたい、離縁ではなく私が平民になってもいいので消える方針でいきたいと根気よく伝えたら、涙を堪えながら頷いてくれた。
ただし、平民として生きていけるとは思えないとのことで、結婚してからも何度か縁談を持ちかけてきている家に甘える形でお世話になってはどうかと言われた。
そんな縁談の話があるとは思わなかったが、そこの家は、かつて学園で見かけた私のことを子息が気に入っているらしく、別名の使用人として雇う形でもいいので私を家に置いておきたいとのことだった。
そのなかで子息と気が合うなら、結婚してくれてもいいし…という下心があるそう。
なんでも子息は極端な人嫌いで、そんな中で私を気に入っているものだから、跡継ぎ問題もあるし藁にもすがる思いで私を…とのことだった。
もちろん結婚しなくても良い、という破格の待遇だったので、了承することにした。
そうして私は叔父と結託し、パーティー参加途中の馬車での事故死に見せかけて、ザネイル侯爵家の使用人となったのであった。
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