9 薔薇園の夢
しばらくそのまま固まっていた私たちだったが、ユリウス様がそのまま少し深呼吸をして、再び話し始める。
「……名前さえ呼べない、不甲斐ない夫だと貴女にバレてしまったら、嫌われてしまうのだろうと思って、ますます話しかけることができなくなっていった。
ネルソンが全ての元凶であることに間違いはないが、忙しいを言い訳にして、君から逃げていたんだ」
悲しそうなユリウス様を見ていると、私もなんだか辛くなってきてしまう。
「そうだったんですね…。私こそ、すみません。事情も知らずに酷い言葉を言ってしまって…」
しかしユリウス様は、穏やかに微笑まれる。
「君が私を嫌いになるのも、当然のことだ。それだけ私が君に対して傷つける行為をしてしまっていたのだから」
掴まれているままの手が、少し震えた気がした。
「嫌い…?」
私が思わず呟くと、「そうだろう?先程も言っていた」と少し寂しそうに返される。
…違う、私は、嫌いなんじゃなくて。
頭をもう一度整理して、ユリウス様を見つめる。
「ん?」と少し首を傾げて微笑まれるユリウス様は、本当に綺麗だ。私とは、釣り合わないくらい。こんなことを言ってもいいのか、と少し躊躇う気持ちもあるが、あんなに真っ赤になってまで話してくれたユリウス様を思い出し、私も勇気を出す。
「…違うんです。私、本当にユリウス様が嫌いな訳ではありません。むしろ、その逆です」
「…逆?」
今度はユリウス様が聞き返してくれる。
「私、ユリウス様と釣り合わないんじゃないかって思っていたんです。何の取り柄もない、得意なこともない、ただ伯爵家に生まれただけの令嬢だったから。
…だから、爵位のためだけに、やむにやまれず私と結婚されたんだなって思うようになったんです」
ユリウス様はその言葉を聴いて、「だから、あの時…」と先程の言葉を思い出しているようだった。
そして、改めて私のことを見つめて、掴んでいた手を握ってくれる。
「…私は、その……ミレーナ嬢、貴女のことが、好きだから結婚したんだ。決して爵位のためではない。信じてくれないかもしれないが」
再び赤くなりながらも、真摯に私のことを見ながらそう言ってくれるユリウス様を、私は信じずにはいられなかった。…どうして私なんかを、という気持ちはやはり心の何処かにはあるけれど。
もとよりマリアさんのことは、ネルソン様の企みだと今日分かったばかりだ。こうして生きているかも分からない私を、侯爵家に諜報員を派遣するというリスクを負ってまで探し出してくれたこの方を、信じてみたいと思った。
私が感無量で何も言わないのを、ユリウス様はまだ、私がユリウス様を信じることができないと感じたのだろう。
おもむろに跪いたと思えば、ジャケットの内側から小箱を取り出した。
「ユリウス様…?」
「順序が逆になって、遅くなって本当に申し訳ない。もっとムードのあるところで、とも思っていたが、私は今、君の心を繋ぎ止めるので必死なんだ」
ユリウス様は、その小箱を開いてみせ、私に向けて差し出した。
「……ミレーナ・グリーンランド伯爵令嬢。私、ユリウス・ジルコニアートと結婚してくれないだろうか。
爵位なんてなくてもいい、君が望むのなら使用人のレイとして生きたっていい。君の幸せのために何でもすると誓おう。……愛している」
その手の中には、キラキラとした指輪の箱が収まっていた。かつて夢にまで見た、好きな人からのプロポーズ。好きな人から名前を呼ばれるだけで十分だったはずなのに。
私は涙を流しながら、頷き、「はい、喜んで…!」と返した。ユリウス様は私の返答に驚き、「そうか、そうだったか…良かった…」と呟き、私の手に指輪を嵌めてくれた。
それから、2人で再びベンチに座って、色々なことを話した。
実はマリアさんも同じ学校の生徒会出身で、公爵家のお嬢様なんだそう。見た目も美しいとされ、非常におモテになるそうだけれども、実のところ男性よりも勝ち気でいらっしゃるらしい。
今では騎士団の衛生兵長として、その実副団長並の権力をお持ちで、言い寄ってくる男性騎士団員を叩きのめす一方、野心のために条件の良い男性(最近では王太子)にアピールしているそうな。
王立騎士団内のゴシップを嫌う王家が、ユリウス様とマリア様の噂をそのままにしていたのは、王太子がマリア様の相手に疲れたために、いっそそっちで引き取ってほしいという意思表示だったとのこと。
しかしそれも、私が事故死をしてからお止めになり(王家の皆様も私が自死を選んだのではないかと罪悪感があったとのこと)、今は王太子がきちんとマリア様のお相手をしつついなされているとのことだった。
「まあ…!そんなことが…!!」
自分も無関係ではないと知り、王家の皆様に謝罪を、とユリウス様に伝えると、「私を隠れ蓑にしようとした罰してはちょうどいいだろう」と事もなげに言われてしまった。
また、ユリウス様は私のことを学園時代から知っておられたとのことで、それも非常に驚いた。生徒会をされていたことはうっすらと記憶していたものの、交流はなかったように思っていた。
しかし、私が入学して少しした頃、学園内で少し話す機会があったそう!
その時から私のことが気になっていた、とお話になり、私はもう心臓がドキドキしてしまった。それ以降話しかけようと思う度にネルソン様の妨害が入っていたようで、話しかけられないまま卒業されたとのことだった。
私が伯爵家だと知ったユリウス様は、何とか私と見合う功績を上げようと必死になったそうで…。運よく叔父に声をかけられて結婚に至ったとのことでした。
私はその話をきいて、驚きが隠せなかった。
まさか、そんな、あのユリウス様が私のことを好いておられるとは思わなかった。学園の中でも人気が凄まじかったユリウス様が、まさか私のことを当時から思ってくださっていたとも思わなかった。
そんなことを話していると空が白んできたので、ゆっくり休んでほしいと互いを思いやり、部屋に戻ることとなった。
私は激動の1日を終えて、今までの人生で一番の幸せな心地で、まだ眠るサキの隣で再び眠りについたのであった。
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ミレーナとユリウスがバラ園のベンチで話している姿を、ネルソンはバラ園がよく見えるバルコニーから見ていた。
バルコニーの手摺に頬杖をつき、その目には涙が溜まっている。すうっと零れ落ちる雫が、その端正な顔立ちを際立たせる。
「ぐすっ…。あーあ、だから嫌だったのに」
ぽつりと呟くと、後ろから執事が現れ、ブランケットをかけた。
「坊ちゃま、体が冷えますぞ」
「……見てよあの、ミレーナ嬢の楽しそうな顔。僕の前ではあんな風に笑ったことなんてないのにねえ」
羨ましそうに2人を見つめるネルソンを、執事は柔らかな目で見ている。
「…いずれ、坊ちゃまにも素敵な女性が現れます」
しかし、ネルソンはその言葉をふん、と受け流した。
「僕はミレーナ嬢が良いんだよ。これからも、ずっと、彼女しか考えられないからねえ」
執事がやれやれ、といった表情で後ろに下がる。そうしてネルソンは、2人が自室に戻るまで、眺め続けていたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
登場人物皆愛していただけると幸いです(強欲)




