8 深夜の来訪者
本筋に戻ってきました
「いい加減にしてください!!」
私が立ちあがって叫ぶと、しんと室内が固まる。
私は意図せず涙を零しながら、心の奥底から出てきた悲しみを、怒りをぶつけていく。
「ネルソン様!」
私が名前を呼ぶと、「はい…?」と驚いた顔のネルソン様が小さく返事をする。
「私のことを、お、お慕いしてくださるのはともかくとして、ユリウス様に迷惑をおかけしないでくださいっ!!それに、パーティーでも、窓拭きの時も、私に対しての言葉も酷すぎます!!謝ってください!!」
ネルソン様はわかりやすく申し訳なさそうな顔をする。あんな顔をできたのかと、こころの端で思う間もなく、ユリウス様に向き直る。
「ユリウス様!」
「…あ、あぁ」
私がこんな風に叫ぶとは思っていなかったのか、驚いた顔のユリウス様が瞳に映る。
「謝ってくれなくて構いませんっ!そんなことをして欲しくて、私は家を出たのではありません…!!
爵位が、ほしかったのでしょう!?さ、差し上げたではないですか!!」
私の言葉に、何故か驚いた様子のユリウス様が、「爵位…?ま、待ってくれ、何の話を」と話そうとするが、私はもう何も聞きたくなかった。
「名前も呼びたくないくらい、嫌いな令嬢のことなんて、そのまま死んだことにして捨て置いてくださったら良かったのに…!!」
そう言って、私はとうとう泣き出してしまった。でもその姿を見られたくなくて、駄々をこねる子どものように、クッションや枕をネルソン様やユリウス様、そしてジルに投げつけた。
「みんな、みんな嫌い!!信じられない!!もう何も聞きたくない!!言いたくない!!出ていって、いますぐ!!この部屋から出てってください…!!!」
おそらくクッションを投げつけられても、男性陣は痛くも痒くもないはずだが、私の剣幕に押されたのか、どんどん投げられるものの合間を後ずさるようにして退室していった。
部屋に残されたサキに、私は抱きついて泣きついた。わんわん泣いたあの日のことを思い出す。でもあの人違ってサキが一緒に泣いてくれた。
サキもジルに裏切られて悲しかったのだ。そして、一足先に落ち着いたサキは、まだ泣き続ける私の背中を撫でながら、「私が口を挟んだことで、かえって辛い気持ちにさせちゃって、ごめんね」とぽつりと呟いたので、泣きながら首を振った。
ーーーーーー
そのまま二人して狭いシングルベッドの上で泣きつかれて寝てしまった。
私は夜中にふと目が覚めて、お水を使用人が自由に使える食堂に汲みにいこうと思った。サキはぐっすりと眠っていたし、私も気持ちがかなりすっきりしていた。
あんなに怒って、泣いたのは両親がまだ生きていた頃以来だと、何だか懐かしい気持ちになった。
そして私の気持ちに整理がついたのだ。
私はただ、名前を読んでほしかったのだ、と。それが叶わないことがあまりにも悲しくて、辛くて、消えてしまいたいと思ったのだと、今更になって分かった。
でももはや、ユリウス様も呆れてしまったのだろうと思う。あんな醜態をさらしたのだ。伯爵令嬢とは思えぬ振る舞いに、こうして探し出してくれたユリウス様も嫌な気持ちになっただろう、と。
髪を最低限整えて、タオルで顔を優しく拭いてから、そーっと部屋の扉を開けて廊下に出る。サキを起こさないためだ。
物音を立てずに扉を閉めることができて、ふと横を見ると、そこにはユリウス様が壁にもたれかかるようにして立っていた。
「!?!?」
あまりの驚きに思わず叫びそうになったが、寸前のところで声にならずに住んだ。
「…すまない、驚かせるつもりはなかったんだが」誰もいない廊下に綺麗な中低音が響く。小声で話しているのに響くのは、彼の声が独特の響を持っているからだろうか。
「な、なぜ、こんなところに、今深夜ですよね…?」私が小声で話しかけると、「話したくて待っていた。朝まで待つつもりだったが…良ければ今から話せないだろうか」とユリウス様が私を見つめながら仰る。
私はユリウス様のその目に弱い。
訴えかけられるように見つめられると、「わ、分かりました…水を汲んでからで良ければ…」と応じてしまうのであった。
水を入れて飲んだあと、私たちは気兼ねなく話せる中庭にきた。侯爵家には立派な中庭があり、そのバラ園のなかのベンチは使用人にも開放されている。ネルソン様や当主様は東屋で休むらしいが、利用されているところを見たことがないので、亡くなられた奥方様の趣味なのだろうと察せられた。
ベンチに横並びに座り、何を話すのだろうとドギマギしてしまう。
「あ、あの…」と何かを言おうと声をかけると、ユリウス様が「…弁明をさせてもらいたくて呼んだ」と仰る。
「…弁明ですか?」
今日は色々ありすぎて、どれのことだろうと疑問に思っていると、ユリウス様が話し始める。
「その……色々と謝らないといけないことばかりなのだが…名前、で呼ばないことで君を傷つけているとは思わなくて、本当に、申し訳なかったと思っている」
私がなんとも言えなくて黙っていると、ユリウス様が続けて話す。
「君が嫌いとか、そういう訳ではないんだ、むしろ逆で…」
「……逆、ですか?」
何を言いたいのか分からず、聞き返すが、しばらく待っても返事がこない。それに、横に座ってから目さえ合わない。
これはやはり、気を使っているだけで本当は名前を呼びたくないくらい嫌悪感があるのではないかと感じられた。
そおっと離れようとすると、引き留めるように手を掴まれる。
「え、あ、あの…」
ユリウス様が何も仰らないので、私はますます困惑してしまう。どうして引き止められているのだろう。
するとユリウス様が、観念したように、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。
「逆というのは…その………、君の、ええと……………ミ、ミレーナ、嬢の名前を呼ぼうと思ったら、緊張してしまって、今日こそ言おうと思う度に、ますます言えないままで……」
そう言って私の手を握る手とは、反対の手で顔を隠すようにして、そして目を合わさないようにして話すユリウス様のお顔は、真っ赤に染まっていた。耳まで真っ赤なユリウス様の手が、どんどん熱くなっていくのを感じる。
火傷しそうなほど熱いその手に当てられたのか、それとも私の心の臓が熱いのか。
私も次第に真っ赤になっていくのを感じた。
「え…?」と言葉が零れ落ち、誰もいない中庭にその声が吸い込まれていくのを、私たちは真っ赤になりながら聴いていた。
やっと書きたいところがやってきました!
楽しんでいただけると、大変嬉しく思います!




