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第一章 覚醒編 終焉そして影

自分の鼓動がうるさい。

頭に響くようだ。胸が熱い。


あぁ…

木漏れ日が心地いい。

このまま眠ってしまいそう。

………


「ハッ!うぐぅ!!」


口の中に広がる鉄の味で我に返る。

しかし胸に違和感と激痛。

見ると左胸に鉄芯の矢が刺さっていた。


ブリッケンが弓を構えた時、前の矢とは違う感じがした。

とっさに―偉大なる守護者の盾―を展開した後、盾に向かって魔力放出で反動で後ろへ回避するつもりだった。

しかし、放たれた矢は盾をいとも容易く貫いて私に向かって飛んできた。

権能因果。

盾に当たっても前のように因果は収束されていなかった。

そして私の胸を貫いた。

普通なら心臓に当たり、即死だっただろう。

しかし、後方へ飛んでいたことと魔套鎧で、矢の勢いを実質的に殺していたようだ。

間一髪で心臓には届いていなかった。


―治癒魔術(ペイン)・痛覚鈍化(パーソヴェイション)―

―治癒魔術・止血(ヒーモスタット)―


魔術を2つ同時に発動する。痛覚を一時的に鈍化し、矢を引っこ抜いた。

すぐに止血される。


―治癒魔術・中位治癒(ミドルヒール)―


外傷、骨折、内臓の裂傷まで直せる。

痛みはない。

良し。


急いて飛び起きる。

すると驚いた様子の悪魔が私を見ている。

心臓を貫いたと思っただろう。そりゃ驚くよね。


魔力はほとんど使い果たした。

戦い続けるだけの余力はない。

どうする?


ドン!


魔力放出で頭を打たれた。

目の前が真っ赤に染まる。耳鳴りで音が聞こえなくなった。

脳が震え、意識が遠くなっていく。


ダメ…耐えなきゃ…


ブリッケンが手刀を構える。

そうか、確実に胸を貫くつもりだ。


あぁ…こんなに短いスパンで死と直面するなんて…


次の瞬間

ブリッケンが発火した。


そうか、ホムラの魔法を使えるようになったのか。

だとすればもう太刀打ちできないや。

熱風が私の目を乾かす。


私はなかなか死ななかった。

殺されなかった。


悪魔が炎の中で悶え苦しんでいるように見える。

鼓膜がやられているから何も聞こえない。


体から黒い靄のようなものが吐き出される。

そしてソレは燃えながら霧散した。


何が起きたのか理解できず、呆然とする私の前に手が差し伸べられる。

見上げると先ほどまで戦っていた相手の顔があった。

しかしその表情には敵意はなく、爽やかな笑顔をしていた。


勝ったのだろうか。


最後は実感が湧かないほどあっけなかったが、間違いなく勝ったんだ。

ホムラは戻ってきた。


私は中位治癒で回復し、ホムラと向き合った。


「モニカ…無事か?」

「うん。死にかけたけど」

「そっか…よかった…」


ホムラはそう言うと私を抱き寄せた。

ワオ…


「よかった…本当に…」


心底安心したように言うホムラに、私も感極まって彼の背中に手を回し、抱き合った。

私よりも背が高く、筋肉質で硬い感触。そして激しい戦いでかいた汗の匂い…………


…………


戦い…汗…密着…

ホムラは今私の肩を抱き、頭と肩の間に顔を埋めている…!


「はわぁ!!」

ドン!!


急に我に返り、恥ずかしくなって突き放してしまった…

突き飛ばされたホムラはキョトンとしている。

良かった。まだ気づかれていないな。ヨシッ。


「み、みんなのところへ行こう!助けなきゃ!」

「あ、あぁ。そうだな。行こう」


ヤバいヤバい。

今汗凄いから…あ~あっつい…耳まで熱い…

皆を助けないとね!うん!



皆のところへ向かうと、進行方向に巨大な壁が現れた。

ベルトルッチの―土操魔術・偉大なる守護者の城壁―。

私の偉大なる守護者の盾の上位版だ。

私を負う悪魔の足止めをしてくれたのだろう。

しかし一か所、人一人通れるだけの穴が開いている。


穴から壁の向こう側へ行くと、すぐにマオとジャックを見つけた。

二人は頭を強く打ったのか気を失っているだけのようだ。

目に見えない骨折とかしてるかもしれないから一応中位治癒で回復しておく。


ジオがすぐに見つからなかったので、ホムラに探してもらいつつ、私はベルトルッチを下ろしたところへ行く。


「…お、遅かったじゃん?」

「お待たせしました」


あどけた表情でベルトルッチは根の陰で座り込んでいた。

胸や脇腹に負っていた傷は既に自力で回復していたけど、立てない。

よく見ると足の怪我は治っていなかった。

魔力が足りなかったので、より酷い怪我を優先したかららしい。


肩を貸して……

いや、私が回復してあげて自力で歩いてもらうとしよう。

申し訳ないけど、ジオの怪我の程度が分からないので、最低限自力で歩けいる程度まで回復させる。


マオたちを寝かせている場所へ戻ると、ちょうどホムラがジオを見つけてきたところだった。

良かったと思ったが、ホムラはジオを連れて来ていない。

浮かない表情。

嫌な予感がした。

彼の案内でジオのところまで行く。


大きな木の下でジオは横たわっていた。

死んでる…?

いや、苦しそうに息をしている。まだ辛うじて生きていた。


「背骨が折れているのか?脊椎損傷してるかもしれん。無理に動かさなかったのは正解だ。ホムラ」


ジオは木の露出した根の上にあおむけに倒れていた。

普通ではありえない角度で背中が曲がっている。


おそらく背中から強く幹か根にぶつかったのだろう。

口から血も出ている。

おそらく内臓も…

中位治癒でも回復できるだろうけど、脊椎は脳につながっていることを考えると少しリスキーかもしれない。

上位治癒なら確実だけど、今は全然魔力が足りない。


「俺がやる」


ベルトルッチも魔力は残っていない。

名乗り出たのはホムラだった。


「お前…魔法使えるようになったのか…?」

「あぁ。詳しくはそのうち話す。上位治癒なら大丈夫なんだな?」

「えぇ。上位なら確実よ」


それを聞くとホムラはジオに手をかざし、魔術を発動させる。

―治癒魔術・上位治癒(グレートヒール)―


「カハッ!…………あぁ…生き…てる…」


回復すると同時にジオが目覚めた。

後遺症はなさそうだ。

皆ほっと胸をなでおろす。


そしてホムラはベルトルッチの回復までしてくれた。


上位治癒は消費魔力が多いし、魔術的コントロールも難易度が高い。

連続でできる人間そんなに多くないんだけどな。

私も万全の状態でも連続使用は避けるだろう。

ブリッケンが彼を乗っ取っていた時、見境なく燃費の悪い魔力放出を乱発していた。

あれがホムラの素の力だったらしい。

彼の実力はまだまだ未知数だ。

嫉妬のようなものを感じつつ、どこか誇らしげに見守る私。


治癒魔術のランク分けとして、応急治癒、簡易治癒、中位治癒、上位治癒、王位治癒、聖位治癒、神位治癒。

上位治癒は外傷、骨折、内蔵裂傷はもちろん、脳へのダメージまで回復できる。

ただし腕など、骨ごと欠損しているものは直せない。それは王位治癒からだ。


聖位と神位治癒はもはや伝説上に語られるもので、実際に使える人間の話は聞かない。

効果は死の克服。

死んで間もなく、遺体の欠損が軽度のものは聖位治癒で生き返ることができるらしい。

遺体がない、欠損が酷い場合でも、魂を呼び戻せれば復活できるのが神位治癒。

そう考えると、戦闘中にブリッケンが切断された腕を治していたのは神級治癒だったのだろうか…


大切な人を失った者が神位治癒の術者を探す旅に出たり、研究をし始めるっていう物語は多い。

その者は大体、挫折をするか、悪魔の甘言に乗せられるという末路をたどるわけだが…


とにかく、今回の戦いでは誰も命を落とさず帰還できた。

何度も死にかけたし、ホムラが最後に体を取りもどせてなかったら、全滅してたと思う。

賞賛できるような内容ではなかったけど、生きているという事実が何より成功というに十分だ。


「ブリッケンはどうなったんだ?」


ジオの質問に皆ホムラに視線を向ける。

そう、私も現場を見てはいたけど、実際何があったのかは分からない。

彼の身体から放出された黒い靄のようなものが、ブリッケンの魂と呼べるもの者だったのだろうか?

とすれば、炎で燃やされて消えたように見えた。


「…浄化されたはずだ」

「は!?」


皆で間抜けな声が出る。

悪魔の浄化には聖魔術による浄化が必要だ。

ましてや元神ともなれば儀式レベルの浄化が必要なはず。

彼は詳しくは教えてはくれなかったが、確かに浄化はなされたと彼は言った。


「詳しくはギルドに戻って話すけど、俺の魔法は「聖炎」。それで魔神ブリッケンを浄化した」


炎系の魔法使いだと思っていたけど、まさか聖属性とは…


聖属性。

対悪魔で強力に力を発揮する属性。

『万神大戦』初期、神は三大勢力に分かれていた。

後の魔神の勢力とそれと仲たがいをした神の勢力。そして中立勢力。

その中立勢力が聖魔法を使う神々だった。

魔神となった大戦半ば以降は中立勢力も対魔神勢力として参戦する。

中立の神に対する対策を取らなかったため、悪魔は聖魔法への耐性を持っていない。


魔術で攻撃や防御魔法・魔術に聖属性を付与するのが一般的な聖魔術。

使える人はあまり多くなく、それゆえに聖魔術師は重宝される。

それに対してホムラの「聖炎」は、炎魔法に聖属性を付与させたものではなく、魔法そのものが聖属性。

つまり純粋な聖魔法。

伝承には、「聖炎」「聖水」「聖閃」の3つが語られている。

英雄譚や物語には頻繁に出てくるが、実際に使える人間というのは聞いたことがない。

ましてや伝説でも魔法陣を魔術師たちが囲んでいるという描写が多い。

一人の人間が扱うなんて前代未聞だ。


「信じられないが…実際お前が無事だったんなら…そうなんだろう」


ベルトルッチは驚きの表情でフラフラしている。

めまいがする思いとはこういう事だろう。

私だって疲労と相まってぶっ倒れそうだ。


「…ともあれ。マオたちが起きたら帰ろう。ギルドへ」

「おう」


こうして私たちの任務は、元狩神ブリッケン滅殺・犠牲者無しという、聞こえのいい結果で幕を閉じた。




満身創痍で奇跡的に生き残っただけの重大な規律違反。

その後、帰ったらギルド長室に呼び出され、ベネディクトとヒロにめちゃくちゃ怒られた。

全員ヒロの拳を喰らわせられた。

そして…


「だが…よく生きててくれた」


そう言ってホムラ、ジャック、私の三人をいっぺんに抱き寄せ、頭を撫でてくれた。


シーガルの先輩たちはヒロから任せられたのに危険な目に合わせたとして、厳格な処罰を受けた。

1か月の任務受注禁止及び……


ギルド内の清掃。。。


私たちも無罪放免とはいかず、ヒロ同伴無しでの任務受注禁止となった。

まぁそれだけで済んだと思うべきか。


そして私は激動の数日を終え、湯浴みを終えるとベッドで泥のように眠るのだった。




―後日談―

モニカ達はルゥマへ帰還してすぐ、ギルドへ通信。

翌日には現地調査が行われた。

調査員として来たのはグリーンワッペン。


調査員達が目にしたのは、巨大な壁に始まり、凄まじい森林の破壊痕。

そしてあちこちにある血痕。

もはや誰の物か判別はできまいが、激しい戦いがここで繰り広げられたことは想像に難しいことではない。

さらに目を疑ったのは老人だ。

少年少女らが魔神の依り代だったと証言している老人。

調査員達はてっきり抜け殻の死体だと思っていた。


しかし老人は生きていたのだ。


木の根元にもたれ掛かり、うつろな目で調査員を見ていた。

最初に見つけた女性調査員が驚きすぎて漏らしたことはのちに彼らの笑い話になることだろう。


老人は名を「ユノス」と言った。

長い夢を見ていた気がすると。

彼は保護され、村へ送り届けられた。

幼少に捨てられたとガーディアンの少年は説明していた。

そんなに昔のことを遡って身元を探すのは困難だろう。


金盤に青い塗料が流し込まれ、夜空を表していると思われる傷だらけのペンダントを大事そうに持っていた。

とりあえずは魔神が憑依していた時に生活していた村で保護することとなるだろう。


村長らは最初難色を示したが、事前の説明不足と情報が村の外へ流れることを突けばすぐに首を縦に振った。




―ギルド『パシフィック』・ギルド長室―


ダァン!!!


分厚い壁に囲まれ、防音性に優れる部屋からかすかに聞こえる騒音。

心配そうに部屋の外でオドオドとする女。

「モコ・ライラック」ギルドの受付嬢兼雑務。

癖の強い赤毛のショートカットでとても可愛らしい。

お茶を入れて部屋に入ろうとしたが、どうやらタイミングが計れず入れないらしい。

部屋の中にいる人物と話しているであろう内容を考えれば、彼女には荷が重すぎるだろう。


「ふぅ…モコ。私が持っていくわ。あなたは仕事に戻ってちょうだい」


モコはあたふたと頭を下げ去っていく。

彼女からティーカップの乗った盆を受け取ったのは、グリーンワッペン部門長「スワディーテ・ホワイトレイク」

隻眼でほとんど白く染まったロングのブロンドヘアー。

魔術師らしく紺色の生地に白いアクセントが入ったロングローブ。

眉間に寄ったシワで実年齢よりも老けて見えてしまう。

それもこれもこの部屋の中にいるヤツのせいだが。


「入るわよ」


ノックをせず扉を開ける。

部屋の中にいたのは目の下に酷いクマを作り、疲れ切った表情の白髪の男。

二代目ギルド長「ベネディクト・スロイアノフ」

そして使い古されボロボロの鎧に身を包み、怒気に顔を歪ませた人類最強と謳われる髭面の戦士。

クラスレッド「ヒロ」


「スワンか…良いところに…」


心底疲れた様子のベネディクトから察するに、ヒロに問い詰められていたのだろう。

モコが用意した茶を二人に出す。

フワッと香るハーブがスッキリと鼻を刺激する。

おそらく気を静める効能があると彼女が思って淹れたのだろう。

しかし残念。この怒れる最強の男はそんなもの意に介さず怒りを吐き出す。


「依頼の審査はどうなっている!悪魔の案件など冒険者の調査を行ってから行う決まりだろう!」

「あぁ…その通りだ…」

「それが今回十分になされてないどころか、されてすらいないらしいじゃないか!!」


ドンッ!っとヒロが机をたたく。

カップが一瞬宙に浮くくらいの衝撃だった。

我がギルド「パシフィック」は総合ギルド。

あらゆる業種のメンバーが所属していて、仕事が細分化されている。

依頼者が依頼を持ってくると、大抵は直接関係部門の依頼掲示板に張り出される。

が、今回のように大きな危険が伴う、あるいは可能性がある場合は、まず調査を行う。

隠密スキルの高い冒険者にその仕事が行くことが多い。

そしてその調査結果をもとに正しい仕事内容を取りまとめ、ランク分けして依頼が張り出される。

今回は調査が行われることなく、依頼が直接掲示板に張り出された。

調査もされていない上に青級依頼として張り出されていたことが大きな問題だ。

おそらく今回の案件は、適正な調査を行っていれば紫級依頼だったはず。

それをクラスブルーとクラスイエローのパーティーが受注してしまった。(規律違反だが…)

彼らは辛うじて全員生還したものの、とても危険な状態まで行っていた。


「仕事を受注して掲示板に張り出した奴はどいつだ?」


ヒロの声は怒りに震えている。

これではその誰かが殺されてしまいかねない状況だ。


「落ち着きな。赤ボウヤ」

「スワン。その呼び方は止めろ。もうとっくにボウヤって歳でもねぇよ」

「いいやアンタはいつまで経ってもガキのままだよ」


ヒロはギルド結成当時からのメンバーであるが、当時から何も変わっちゃいない。

真っすぐで素直だ。

見た目だって白髪まみれの私やベネットと違って黒々としたままだし、顔のシワも無い。

まぁ私たちが誰かさんのせいで特別老けてるというのもあるが…

精神年齢だってむしろ若返っている気もしないでもない。

だからボウヤと私は呼んでいる。


「……すまない…調査はしている…」

「あれから3日経ってる。なぜまだ見つからない?」

「…いないんだ…」

「は?」

「その依頼を受けたという奴が…いないんだ」

「…どういう…ことだ?」

「受注者不明。当時依頼を出した村の人間にも来てもらって顔を見てもらったが、依頼窓口の人間の誰でもないという…今似顔絵の作成に協力してもらっているところだ…」


話がいきなりきな臭くなってきたようだ。

部外者がうちの職員に成りすまして勝手に受注した?

何のために?

たまたまいたずらしたやつが今回の依頼だっただけか?

それとも最初から魔神ブリッケンの依り代探しのための依頼を受けるため?

後者なら…


"魔神復活の手引きをした奴がいる"

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