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第一章 覚醒編 聖炎の守護者

流れ込んでくる記憶。

これは誰かの記憶。

俺のじゃない。それだけはわかる。


息ができないほどに溢れかえる記憶。


俺が知らない記憶。


それらの中に何か光るものがあった。


男の顔だ。


知らない顔だが俺の記憶の断片だろう…

なぜかそう思った。


知らないはずなのに俺はこの男を知っている。

ヒロたちに保護されてから会った人物ではない。


誰なのか…


俺は黒い記憶の中で手を伸ばし、それに触れる。


「ガハハハハ!お前もまだまだだな!!」


突然世界が変わった。

目の前には記憶の断片にいた男。

腕を組み豪快に笑う赤髪の男だ。


「あ、あんたは?誰なんだ?俺の何なんだ?」

「…俺のことも思い出せんか…思ってたよりもゴッソリ持って行ったな」


俺のことをよく知っているような口調。

俺もこの男をよく知っていた気がする。


「…悪いがあんたが誰なのか俺にはわからない。

ただ…懐かしい気がする。」

「ガッハッハッハ!それもしょうがないか!お前は…………。俺の弟子だ」


弟子…


「俺に関する記憶も無事じゃねぇみたいだ。こうしている間にも消えていってる。残滓程度に残っていたものが、記憶の浸食で押し消されているんだろう」

「待ってくれ!俺は…俺の記憶はどうなるんだ?」

「森で目覚めた以前の記憶戻らねぇ…だがお前はそれの代わりに力を手に入れた」

「は?」

「人生史を代償に力を得る。『人生史消失』だ」

「どういうことかわかんねぇよ…」


男の体はだんだん薄くなっていく。

消えるのか。

この場から消えるということは俺の記憶から完全に消えてしまうってこと…

つまり今こうして話していることさえも思い出せなくなるのだろう。


「力って…俺は何を手に入れたんだ?俺は何もできない…魔法も使えない…」

「お前は………を………ために……を…………………んだ」

「え?なんて何を言ってるんだ?」

「あぁ…記憶が崩れちまってるな…要するにお前は膨大な魔力容量と、圧倒的な吐出性能を手に入れたんだ。お前の使う魔法を最大限生かすためにな」


そんなこと言われたって自分には分からない。

記憶まで失ったら魔法も使えないじゃないか。


「もっとも、その圧倒的な魔法適性は悪魔に乗っ取られ、お前の今の仲間たちを追いつめてる」


男は俺の後ろを顎で指す。

振り返ると森が見えた。

さっきまでブリッケンと戦っていた場所だ。


ジャックが見える。

彼は魔術を発動させ、こっちに向かってくる。

剣を構えていた。

抜き身だ。


ビクッと体がこわばる。

斬られたと思った。

が、ジャックは地面に叩きつけられていた。


今度はマオがこっちに突貫してくる。

すると視界の端に手が見える。

手はマオに向けられ、そして消えた。

地面は抉れ、木々は根元から折れ、吹き飛ばされていた。


これは俺の体の視覚。

意識を乗っ取ったブリッケンの見ている景色だ。


「お前は使い方が分からなかっただけで、凄まじい力を持っていたんだ。今それを悪用されてる」

「みんなを助けないと…」

「なら戻れ」

「どこに?」

「記憶世界へ。そこにブリッケンはいる。奴を追い出し、取り戻せ」


記憶世界。

さっきの記憶の海のことか。


「お前の魔法は特別だ。普通の人間には扱えぬ魔法だ。使い方を思い出せ。体に刻み込まれたものは消えない。剣の型も忘れちゃいないだろ?」


確かに。記憶が無くなる以前に学んだ剣術は使えた。

でも…


「でも…思い出せないんだ…使い方を…何度やっても…」

「言ったろ?体に刻み込まれたものは消えないって」


体に…刻み込まれた…


「信じろ。お前の心にある熱く燃え滾る想いを」


心にある想い…

胸の奥が暖かくなったような気がした。

これは…


目の前にいる赤髪の男は神妙な面持ちで俺を見つめる。

厳しくも暖かい目。

あぁ。懐かしい目だ。


そしてどんどん薄れていく…


「…時間か。大したこと言えなかったが最後に。お前は俺の誇りだ!お前の記憶からは完全に消えることになるが、お前のその熱い想い。その中に俺たちはいる!!」


消えていく…この男に対する意識が。完全に。


「待ってくれ!行かないでくれ!!」


俺はこの男を知らない。

なぜ呼び止める必要があるのかもわからない。

見ず知らずの人間にここまで感情をあらわにすることはできないだろう。

それでも俺は情けなく叫び、手を伸ばす。

熱い。

胸の中が熱い。

焼き切れそうだ。




目の前が真っ暗になった。

ブリッケンの記憶の海の中。


今俺は何を見てたんだ?

思い出せない。


あとちょっと思い出せないという感じじゃない。

もう思い出すことがないような気がする。


胸が…熱い…

焼ける…

苦しい…

けどこの感覚…


体の中を何かがめぐっている感じがする。

あぁ…これが魔力の流れ。

自分の意志で流れを変えられる。

そうだ…この感じ…


ボッ…


火だ。

あぁ…そうだ。

俺の魔法。


掌に小さな炎ができる。

俺はそれを使って辺りを照らす。

といっても周りは記憶の断片の集まり。


暗闇を歩く。

地面はない。

だが進める。


様々な記憶が入り乱れる。

何千年も生きているんだから当然か。


黒だと思っていた記憶の断片たちは、火で照らすと色のついた風景画のようなものだった。

これまで見て生きたものの記憶なんだろう。

無数にある記憶の中で何か他と違うものを見つけた。


写される景色は他と大して変わらない。

ただ、何か寂しさと悲しみ、後悔を感じる。

これにだけ何か特別な意味があるのかと思える存在だった。


俺はそれに触れてみる。


触れた瞬間、体が凄まじい力で引き込まれる感覚。

真っ白な空間。

何もない白紙の上。二人の男女がいた。

弓をつがえ、神気を帯びた皮鎧に身を包んだ屈強な大男。

長く美しいブロンド。透き通るような真っ白の肌。大きくはないが形の良い胸。妖艶な美しさというにふさわしい美女。


「加護の神アメディア・フェンドルぺ・マーリン。君はなぜ人間と共にあろうとするんだ?」

「あら律儀な方。アメディアで結構です」

「……女神アメディア」

「フフフ。顔が真っ赤ですよ。狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズ」

「からかわないでくれ」

「ウフフ。ごめんなさいね。なぜ…人間と共にあろうとするのか…」


場面が変わった。

男は弓を構え、矢を放っている。

額に血が伝う。

闘いの最中なのか。

離れた場所で女は悲しそうな顔をして竪琴を弾いている。気のせいか彼女の頬を涙が伝ったように見えた。


「あぁ、狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズ。なぜ私はこんなにも胸を焼かれる思いをするのでしょう…」


また場面が変わった。

おそらくまだ神だったころの…狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズだったころの記憶だろう。


「よくご無事で戻られました。狩神ブリッケン…よくご無事で…」

「俺には加護の神アメディアがついてくれている」

「そんな…私は何も…」

「君を思えばこそ生き延びることができたのだ」


昨日マオが話していた2柱の神の恋模様は本当にあった話だったようだ。

そうなると結末は…


「狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズ。あなたに『魔除けの加護』を授けます。少しでもあなたの助けになればよいのですが」

「あぁ。ありがとう。これは私にとって不死の権能にも匹敵しよう」


魔除けの加護か。やっぱりな。

加護と権能はまた別のものなのだろうか。



また場面が変わる。

だがこれまでとは違う。真っ白な空間は戦火に燃える大地へと変わった。

2柱だけだった記憶は数多の神と思われる存在と、悍ましい悪魔たちの戦いの場面へ。

神と悪魔の戦争。

それは災害。

その一撃で簡単に町が崩壊するような攻撃が飛び交う。

その中に狩神ブリッケン・メイリューク・ハイズを見つけた。


「クソッ!!殺しても殺しても湧いて出てきやがる!!!」

「フハハハハ!!また会ったな狩神!!」

「!!?貴様は…!!!」


ガキィン!!


悪魔の爪を短刀で受け防ぐ狩神ブリッケン。


「会いたかったぜぇ!!」

「グッ!どういうことだ!?貴様は2年前に…!!!」

「いいことを教えてやる!悪魔は名前に魂が紐づけられているのだ!!」

「な、どういう事だ!」

「肉体的死は我々にとっては無意味!!!次に生まれる同じ名の悪魔に魂が継承されるのだ!むろん記憶もな!!!」

「!!!」

「お前の技は見切っている!!」


ズバッ


狩神ブリッケンの脇腹を悪魔の爪がかっさらう。

爪は鎧で止まり、血は出ていない。


魂が名前に紐づけられ、その名がある限り復活する。

物語で伝わっている通り、悪魔の特性は神々を追いつめていったのだろう。


「ブリッケン!!!」


光の矢が空から降り注ぐ。

女神アメディアだ。

悪魔は効かぬと言いたげにニタリと笑い、わざと光の矢を受けた。

しかし悪魔の読みは外れたようだ。


「!!!????ぐぅわぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!」


予想外のことに驚いた様子ののち凄まじい悲鳴を上げて悪魔は霧散した。


「女神アメディア!なぜ中立派の君が!!」

「いえ。もはや反転し人間に害をなす存在など、中立に立てる相手ではございません」

「ということは他の中立の神もか?」

「えぇ。そしてどうやらわたくしたちの聖魔法は奴らにとって最大の弱点らしいのです」

「聖魔法を使えるのは中立の神々。それと戦うことを想定していなかったが故か…」

「おそらく。援護してくださいまし!!」

「承った!!!」


聖魔法を扱う神々は、神と魔神の戦いに加わらず、人間を護っていた。

しかし、魔神が反転したことによって人間を襲うようになった。

これによって中立派が戦争に参加し、人間を殺す神と人間を護る神という構図になったんだ。

聖魔法…悪魔を倒しうる魔法…




場面が変わる。今度は真っ黒の空間。

いや…遠くに明かりが見える。

明かりの方へ向かう。

凄く遠い?

違う…あれは…燃えている…

村が…

消火を試みる村人。

子を助けに燃える家へ戻る母親…

崩れる家々…

逃げ惑う人々…

阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


助けなきゃ。

そう思っても今の俺には実体がない。

手も足も胴体もない。

記憶を追って見ているに過ぎない。


ふと背中に悪寒を感じる。

振り向くとそこには神に似た存在がいた。

だが何か違う。

雰囲気が神聖たる存在ではなかった。


ソレは右手を高く掲げる。

何か魔力の流れのようなものがソレの右手人差し指の先に集まっているように見える。

村の人々もそれに気づき、動きを止め見上げた、恐怖した、絶望した、救いを求めてか手を合わせる者もいる。

ソレの右手に黒い禍々しい球ができる。そしてそれは徐々に大きくなっていく。

あぁそうか。コイツが反転した神…魔神あるいは邪神と呼ばれる存在か。

人々の恐怖心、絶望がその球を大きくしていくようだった。


魔神が腕を振り下ろす。

黒い球は村へと落ちてゆく。

人々は逃げる。

生き物としての本能がそうさせるのだろう。

あるものは女子供を押しのけて。

あるものは燃える家の中へ飛び込む。

あるものは腰が抜け、逃げようとする者の足をつかむ。

助かりっこない。なぜなら球は村を飲み込むほどに大きいのだから…


まさに村を飲み込もうというとき、一閃。

一筋の光が黒い球の前に飛び込んだ。

女神アメディアだった。


凄まじい衝撃が起きる。

衝撃と共に黒い球は弾け、消えた。


一瞬だった。


人々は歓喜した。


しかし女神アメディアの姿はそこにはなかった…



目の前が暗転する。


声が聞こえる。男の声。


「アメディア!!!」


「アメディア…?」


「アメディアァァァ!!!」


「…………アメディア……」


男の悲痛な叫び…


「魔王が現れて、禍々しい魔法で殺されるって思った時、光さブワッっときてソレが消し飛んだんさ」

「何だったのか全く分からないけんども、きっと神様さ助けてくれたんだべ」

「さっきはようけ押し倒してくれたのう!」

「わしちゃっち必死だったんじゃ!!」

「あぁあ!!私の子が!!!息してないの!!!だれかぁ!!!!」

「じゃかましい!!よう見れい!!死んどんじゃ!!」

「おぉかわいそうにのう。フヘへへ…」


「…………………………」

「兄ちゃん…あんたも大切な人亡くしたんだべ?みんな同じさ、でも命があったんならその分生きなくちゃなんねぇべよ?」

「……………なぜだ………」

「?」

「…………なぜ…なぜ貴様ら下衆のために!!!彼女は!!!死ななければならなかった!!!?」

「あ、兄ちゃん!?」



―神聖反転―



真っ白な空間に引き戻される。

そこにいたのはブリッケン。だがその姿は最初に出会った爺さんでも俺でもなく、神だった頃の姿をしている。


「よう。邪魔してんぜ。…なんで泣いてんだ?」


涙が頬を伝っている。涙が止まらない。


「にしてもお前、なんなんだ?ここはお前の記憶世界。本当なら思い出やら記憶でビッシリ埋まってるはずなのによぉ。

赤ん坊でももっとあるぞ?」


ここは俺の記憶の世界。

見渡すと何もない空間だと思っていたが、何か絵のようなものがあった。

巨大な熊との遭遇…ジャイアント・グローブ・グレズリーだったか?

モニカやジャック、ヒロの顔…ギルドの皆…温泉に浸かるモニカとマオ…

それは全て俺が魔獣の森で気が付いてからの記憶ばかり。

いや…そこからの記憶しかない…

するとブリッケンはハッと笑い口を開く。


「記憶を思い出せないんじゃねぇ。もう無いんだ」

「どういうことだ…?」

「ある一点から前の記憶がゴッソリ無くなってる。つまりどんなに頑張ろうとも、どんなに時間が経とうとも、それは戻らねぇ。もう無いんだからな。

『人生史消失』…コイツは面白れぇ」


嘘だ。悪魔が見せる偽りの世界だ。

じゃあさっき見た狩神と加護の神の記憶は?

あれも嘘なのか?

いや違う。

あれは間違いなくブリッケンの記憶だ。


「何はともあれ記憶がほとんど無いなのは都合がよかった。記憶は上書きできねぇからよ。

お前の記憶に俺の記憶を割り込ませるわけだ。そうすっと依り代の記憶と俺の記憶が混濁しちまう」


上書きができない。割り込ませる…

なるほど。

爺さんの体の時に話していたことはその依り代の記憶だったというわけか。


俺を乗っ取り、新しい体を手に入れた…

依り代の老化はそのまま反映されているようだった。

待てよ…なぜ新しい体を手に入れる必要があるんだ?


「悪魔は名前さえ浄化されなければ、同じ名前を持った個体が生まれたときに転生できるんじゃなかったのか?」

「…そうだな」

「なぜわざわざ乗っ取る必要がある。体の老化が進むのに」

「俺は正確には悪魔じゃねぇ。神が悪魔に転身した…魔神に近い存在だ」


魔神。

人間からの信仰が薄れ、力を失うことを憂いた神が、人からの恐怖心で力を得ようとした神。

そしてその魔神が力を分けた結果生まれたのが、権能持ちの悪魔。

確かにブリッケンは元神で、そこから反転した。

魔神と同じだ。


「悪魔は確かに名前さえ残っていれば再び同じ名前を持つ悪魔に転生する。前の記憶を持ってな」

「…」

「だが魔神は悪魔とは違った。転生はできない」

「ならなぜ首をはねられたときにお前は死ななかった」

「…人間の死と神の死のメカニズムが違うからだ」

「…?」

「人間は頭と胴が切り離されれば死ぬし、心臓が止まっても死ぬ。でも神はその程度では死なん」

「どういうことだ」

「魂だ。神は魂に名前がついている。だが魂は肉体に根を張っている。肉体が滅びれば神は死ぬ」

「矛盾している。肉体の死じゃ神は死なないと」

「死と滅びは違う。頭と胴が切り離されようが、心臓が止まろうが、死んだだけだ。滅びてはいない。人間が死ぬようなけがをしても回復するだけの力を持っている」


死と滅びの定義が違うのか。


「魔神となると、魂が肉体に張っていた根はなくなり、肉体が滅びようとも魂は滅びないようになった。だが悪魔のように魂が輪廻することはない。肉体が滅びれば次の肉体を探さねばならん」

「つまり、自力で次の体を探す必要があると?」

「まぁそういう事だな」

「……なぜそんなにベラベラと喋る」


道中のブリッケンも喋る奴だった。

だが今目の前にいるコイツはそれ以上に喋る。

ましてや弱点にもなりうる情報を。


「…なぜだろうな」


ブリッケンはニヤリと笑う。

なんなんだこいつは…


するとブリッケンが虚空を指す。

そこには森が映っていた。

高速で大木の枝から枝へ飛んで移動している。

俺の視覚か。

ただ木しか映らない。

誰も映らない。皆はどうしたんだ?


「お前の仲間は魔術師の女の子以外みんなやられたよ」

「!」

「んで、今その女の子を追いかけてる。助けを呼ばれて、お前たちのめっちゃ強ぇ師匠なんて来られたらひとたまりもない」


ため息交じりで、つまらなそうに語る。

ジャック、ジオ、マオ、ベルトルッチがやられたのか。

俺が…乗っ取られさえしなければ…

ブリッケンの言っていたことが正しいのなら、マオが槍で胸を貫いた時、ジオが首をはねたときに体を燃やしてさえいれば、こんなことには…


視界にモニカが捉えられる。

右手が映り、魔力が込められ、空気を押し出し衝撃波をモニカへ発射した。

しかしモニカは察知したのか魔術でそれを無効化する。


魔力放出が利かないと悟ったのか、いつの間にかジャックから奪っていた弓を構える。

鉄芯の矢が飛ぶ。

モニカがカクンと軌道を変え避ける。

もう一本矢を放つ。

今度は地面から盾が現れ、矢を防いだ。

そして盾として使われたものは爆散し、勢いよく俺の体に当たる。


要領の良い戦闘。

正直彼女の実力がよくわかっていなかったから驚いていた。

彼女の戦闘能力は意外と高かった。

が、ブリッケンの動きを鈍らせるにとどまる。


次の矢が構えられる。

それは先ほどとは違う雰囲気がする。

矢に光が集まっているようだ。


「うぐっ!」


突然横で記憶世界にいるブリッケンが頭を押さえ、呻き声をあげた。

そして矢が放たれる。

モニカはさっきと同じように魔術で盾を作る。

しかし、それはもろく崩れ去り、モニカの胸に刺さった。


彼女は勢いよく後ろへ倒れた。


「モニカ!!」


仲間の少女が目の前でやられたのを見て少年は怒った。

胸の奥底から湧き上がる怒りの感情。

燃え上がる闘志。


燃える。


燃える。


それは全てを燃やし尽くす炎となり、少年は発火した。


「…あぁ。お前ならやれる。お前の魔法なら」


男は寂し気な、そしてどこか清々しさを感じる表情をして呟いた。


「俺に残った神性残滓ももう限界だ。行け!お前の仲間たちのために!」


男は叫び、両手を大きく開く。

大きく広げられた手は勢いよく体の正面で合わされる。


パァン!!


瞬間真っ白な空間は弾け、黒い記憶が濁流となって少年を飲み込もうとする。

だが燃える。

黒く淀んだ記憶は少年の熱量に負け、燃えてゆく。

炎に照らされた記憶には様々なものが映されている。


両手で顔を守りつつも絶望に満ちた顔。おそらくこの直後この人物は悪魔に殺されたであろうことは想像に難くない。

ベルトルッチとマオが映る記憶もあった。道中の会話の記憶だろう。

鬼の形相の青年がこちらへ斬りかかってくる記憶。200年前に悪魔が殺されたという話をしていたが、この青年がそうなんだろう。

この青年に見覚えがあったが、気のせいか。


しかし、記憶全てが燃えるわけではなかった。

燃えない記憶。

それは淡い色をした、くすんだ記憶。

燃えなかった記憶が少年の肩にぶつかる。


屈強な男と可憐な女が並んで歩いている。

男は体を強張らせ、手と足が同時に出ている。

女はそんな男を見ながら可笑しそうにクスクスと笑う。

しかしその記憶はモノクロのようにほとんど色がなかった。


別の記憶。

ボロボロの衣服を着て、粗末な手製の弓を掻つがえる少年。

少年は楽しそうに犬と並んで森を走り回っている。

おそらく犬を依り代にしているブリッケンと、前の依り代の爺さん。

犬は喋り、少年に言葉を教え、狩りの仕方を教え、獲物を追いつめて少年に狩らせる。

しかし少年が犬を置いて単独行動をしたとき、魔獣に襲われた。

魔除けの加護が届かない範囲まで行ってしまったのだろう。

魔獣から逃げていた少年は崖に出てしまう。

不自然に隆起した大地。神話の神が作った断層がこの森にあると聞いた。それだろう。

追いつめられた少年は崖から飛び降りた。


すぐに犬が駆け付けたが、少年は頭の半分ほどが潰れ、全身骨折。辛うじて息をしている程度。

じきに死ぬだろう。

犬と少年が何かを話すと、犬の体から黒い靄が出てきて、少年へ移った。

少年の体はすぐに治癒され、立ち上がった。

泣いていた。



記憶から解放される。

気が付けば濁流も勢いが失われ、あたりが見渡せる。

やがて黒い記憶は燃え尽き、淡くくすんだ記憶だけが足元にいるだけだ。


正面に悍ましい黒い靄がいた。

少年は悟る。

これを倒さねばならないと。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"!!!なんなんだこれはぁ!!!」


靄が絶叫する。

悍ましい声。

人の姿をしていないため表情も見えないが、悶え苦しんでいるようにも見える。


「テメェ!なんだそれは!?その炎は」


少年は靄に向かって進む。

黒い靄を睨みながら迫る。


「や、そ、それは…!来るなぁ!!!」


靄は怯え、恐れ、狼狽する。

少年は歩みを止め、悪神に語り掛ける。


「ブリッケン。お前はなぜ悪魔になった」

「人間を根絶やしにするためだ!」

「じゃあなんで200年前に神体を失ったお前は、それから動物に憑依してきたんだ」

「そ、それは…魂にまでダメージを受けていたから、目立たないように…」

「…なんで少年を助けた」


悪神はハッとしたように震える。

少しの間をおいて語りだす。


「彼が純粋な清い心を持っていたから助けた」

「それまでずっと動物に憑依してきたお前が、なぜ死にかけてた彼を依り代にした」

「……死に際に、父と母に会いたいと…言っていた…」


靄はどんどん小さくなってゆく。

いや、靄が晴れていくのだ。


「あんたは反転してから村人を殺しつくした。だがその後は姿を眩ました」

「…」

「200年前に英雄があんたを見つけるまで何もせず、やられてからも少年に憑依するまで何もせず、新しい依り代を手に入れる今日まで人間社会にとけ込んでいた」

「…黙れ…」


魔神が少年を制しようとする。

しかし彼はやめなかった。


「悪魔は人間からの負の感情で力を得る。でもあんたはそれをずっとしてこなかった」

「やめろ!」

「恨むべきは村人じゃなく、魔神だろ」

「やめろ…!」


黒い靄は既に人の形がはっきりと見えるまでに晴れていた。

しっかりとした足腰。鍛えられた上半身。

誰が見ても屈強と形容するような男だ。


「女神アメディアが愛した人間を、あんたも愛してるんじゃないのか?」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」


靄は絶叫し、霧散した。


「………あぁ。そうだな。人間を愛しているとも。だから魔神として力を得られなかったし、潜在的にお前たち相手にとどめを刺すことを躊躇していた」


靄の中からは記憶で見た男「ブリッケン・メイリューク・ハイズ」の顔が出て来た。

しかしその瞳は全てを飲み込む穴のような黒だった。


「まだ戦うのか?」


そう少年が問うと、男は力なく悲しそうな表情で首を横に振る。


「もう…十分だ…神は神体が滅びれば生き返ることはできない。アメディアは死んだんだ。俺に生きる意味はもうない」

「改心してまた神に…」

「無理だ。わかるだろ?神聖反転は不可逆だし、何より俺は愛する人が最後に護った者たちを殺してしまった。もう神を名乗る資格はない」

「…」

「お前のその魔法なら、俺を完全に浄化しきることができるだろう」


そう言うと男は少年を真っ直ぐと見据えた。

彼らを殺そうとした張本人だ。

だが少年は目の前にいる男が完全な悪には見えなかった。

しかしやらなければならない。

そう強く思う。


「頼む」

「あぁ…………さよなら。悲哀の魔神よ…」

「ありがとう…聖炎の守護者よ」


少年は手をかざし、魔力を込める。


―聖魔法・焔―

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