第一章 覚醒編 マオ・スティングレイ
マオ・スティングレイ。
王都の衛星都市であり、鉱山都市ジャギュラ。
鉱山採掘会社に勤務する父チャージ・スティングレイ。同会社の事務をする母シェルビー・スティングレイ。
力持ちで愉快な父と、勤勉な母の間に長女として生を受け、3人の弟妹に囲まれる。
裕福ではなく、かといって生活に困窮するでもない普通の家庭。
マオは快活な少女で、近所の子供たちと一緒に野山を駆け回り遊ぶ日々。
そんな彼女に父チャージは武術でも習ってみないかと提案する。
好奇心旺盛な彼女は新しいことを始めるのに心躍らせた。
槍術だ。
運動神経が非常に高い彼女はみるみる上達し、年上とも稽古をするようになった。
優秀な娘を誇らしく思うデレデレの父。
かくいう彼女も『将来はパパのお嫁さんになる』と言っていたパパっ子だった。
ある日、道場の師匠や師範たちが「各自で練習するように」と言って出払った。
当然子供たちは自由を手に入れたと大げさにはしゃいだ。
かくれんぼをしよう。誰が言い出したか分からないが、総意で決定した。
正午の鐘が鳴るまで見つからなければ勝ちということで始まる。
マオは道場の庭の植え込みの裏に隠れた。
これが意外と見つからない。
一人、また一人と見つかり、キャッキャッと子供たちの声が聞こえる。
しかし、いつまで経っても鐘は鳴らない。
不安になるが、緊張して身動きが取れないときは時間が長く感じるものだ。
いつしか子供たちも飽きたのか声が聞こえなくなっていた。
…………ザッザッ
誰か来た。背を向けて隠れていたから、様子を見れない。
失敗したなと思っていると。
「もう皆どこ行っちゃったの…うぅ」
年少の女の子の声だ。
探す側の彼女は全然見つからなくていじけてしまっているのだろう。
わざと見つかってあげるか。と思い、女の子の様子を伺おうと振り向いた。
「ヒッ…」
息をのんだ。
女の子がいた。その後ろに年長の女の子もいた。
年長の女の子は笑っていた。口角を耳まで釣り上げて。
目は細められていたが、真っ黒だった。そこには何もない空洞のように黒かった。
悍ましい何かを見てしまった。目を放したいが体が動かない。
すると年少の女の子が後ろの女の子に気が付いた。
「…おねぇちゃん?」
グリン。
年長の女の子の首が直角に曲がった。
それを見て私の体は動くようになった。
二人に背を向け、植え込みの裏にできる限り小さく体を丸めて隠れた。
「お、おねぇちゃ…!!」
直後女の子の声が途絶えた。
バキッ…ボキッ…ビチャビチャビチャ…ゴリッゴリッ…
胃から何かが押し戻されるような感覚。
手で口を押え、それを無理やり制した。
息も止める。
ごめん…
何もできない…
助けてあげられない…
許して…
「フフフ…あぁとふたぁり……フヒッ…フヒャヒャヒャアハハハハハハハハ!!!!!!!」
年少の女の子の声。不気味な笑い声。
足音が遠くなる。
気が抜けた。同時に股に生暖かい感触が広がり、気を失った。
目を覚ましたのは病院のベッドの上。
怪我をしたわけではないので、包帯が巻かれているとかはない。
が、衣類は交換されていた。
弟と妹が気付き、病室から飛び出した。
すぐに母が来た。
母の話によると、やはり悪魔騒動だった。
坑道を掘り進んだ結果、凄まじい魔素溜まりにぶち当たってしまったようだ。
それによってネームレスミストが大量に発生し、多くの炭鉱夫が犠牲になった。
ミストは魂を喰らい、ネームレスデビルとなった。
緊急で冒険者や騎士団、そして道場の師範たちが呼び集められ、対処に当たっていた。
しかし大量の悪魔の中に、名前持ちが生まれてしまったらしく、しかも取り逃がした。
それが私が遭遇した悪魔だった。
結果要請を受けて駆け付けたガーディアンによって名前持ちは消滅させられたらしい。
被害は炭鉱夫24名、冒険者7名、騎士12名、師範1人、一般人58名(子供含む)の死亡を確認した。
そして私は一つ気がかりのことを聞いた。
「お父さんは…?」
そう言うと母は悲痛な表情を浮かべた。
まさか…暗い考えが頭をよぎる。
病院のベッドから立ち上がる。
母に手を引かれ、とある部屋に連れてこられた。
私がいた病室よりもどこか物々しい雰囲気。
その中にいたのは父だった。
魔素溜まりから漏れ出た魔素をまともに受けた上に、退路を悪魔たちに塞がれてしまった。
救助が遅れ、高濃度魔素の中で何時間も悪魔とピッケル一本で戦っていた。
結果、左腕、右手薬指および小指、右足ひざ下の欠損、右目の失明、魔素中毒に伴う軽度の脳機能低下、重度の臓器機能低下。
医者によれば生きていること自体奇跡だと。
父は少し勢いがなくなっていたが、明るいく愉快な父のままだった。
私と父は奇跡的に生還したんだ。
しかしそれがまずかった。
街では「悪魔に襲われながら不自然に生き残った家族」と後ろ指さされることとなり、スティングレイ家は街を出ていくこととなった。
マオは自分と同じ境遇の人が生まれないように、助けられなかった女の子のような子が出ないようにと願い、赤いスカーフを巻いた髭面の男と共に交易都市ミレニアムへと移住した。
キーンという耳鳴り。ドクドクと心臓が脈打つ音がやけに響く。
意識が戻った。
目を開ける。
視界が真っ赤だ。
呼吸が苦しい。
せき込むと何やら嫌な味が口に広がる。鉄の味…
意識がはっきりしてくる。
赤みがかった視界には荒野が広がる。
いや、森林の中にいる。
が、木々はなぎ倒され、地面も真っ直ぐ抉れている。
体を起こそうとする。
頭が割れそうなほどに痛い。
頭だけじゃない。全身だ。
見ると腕が間接じゃない部分で折れているし、足は逆に曲がっていた。
―治癒魔術・簡易治癒―
私の魔法適正はD-。
魔力容量はかなり少なく、吐出性能も低い。
私の魔法適正で使える限界。泣けてくるね。
骨折と軽い切り傷くらいは直せる。
今まではそれで十分だって思ってたけど、いざその時になってわかったわ。
内臓は治らないんだね…
耳鳴りは治らないし、呼吸の苦しさも変わらない。
立ち上がると体の内側からの痛みに悶絶する。
皆はどうしただろうか。
最善は私を見捨てて助けを呼びに行くことだと思うけど。
そう思うと正面で強い閃光が見えた。
ジャックの魔術か。
戦っているんだね…
槍を探す。
見当たらない…
あちゃ~。マズいねぇ。
と目線を上にあげると、少し離れた木に突き刺さっていた。
動くたびに激痛と、口の中に鉄の味が広がる。
……死ぬかもなぁ…
などと軽く考えてみる。
うん。よし。死も大したことじゃないじゃん。
お姉さん死ぬ気で頑張っちゃうぞ~。
マオは真っ直ぐ走り出した。
先ほど閃光を確認したところに悪魔と仲間がいるはずだと。
途中また衝撃波が来た。
しかし、自分に向けられたものよりも弱い。
広範囲攻撃で威力が分散したのだろうか。
激痛で意識が飛びそうだけど、同時に激痛で意識がはっきりしている。
不思議なものだなとのんきに考えながら、私は戦闘が起きている方角へひた走る。
見えた。
ジャックとジオが木にもたれ、身動きが取れない?
対しブリッケンは二人に手を向けている。
とどめを刺す気だ。
前私の槍は完全に防がれていた。
おそらく魔套鎧だろう。
だけど今奴は魔力を衝撃波出す魔法か魔術のために回しているはず。
回す先は腕。これは勘。
魔術なら体内の魔術回路も動かしてるから、腕だけ切っても意味がないかもしれないけど。
マオは類まれな身体能力で駆け抜ける。
速度を乗せ、槍を地面に突き立て跳躍し、少女は身をよじり回転。
回りながらも狙いは外さない。
「ウガァアアア!!!!」
槍はブリッケンの両腕を切り飛ばした。
「…!!」
ジオが何か言っているみたいだけど、ごめんね耳聞こえないんだ。
ジェスチャーで聞こえないことを伝える。
あっ、喋れはするんだから言えばよかったか。まぁいいや。
ベルトルッチとモニカはどうしたんだろう。
二人なら耳直せると思ったんだけど…
しょうがない。
ジャック君も見てることだし、ちょっとお姉さん張り切っちゃおっかな。
―――
チクショウ…
なんなんだよ…
また腕スパスパ斬りやがって…
ブリッケンは冷静さを欠いていた。
思い通りに盤面を操れないこともそうだが、それ以上に押されているという事実に焦っている。
形勢逆転するたびに出鼻をくじかれる。
先ほどだって手加減を止めて、ジオとジャックを殺そうとした。
だが今度はマオが不意を突いてそれを防いできた。
悪魔に肉体的な死は意味がないというアドバンテージがなければ既に3回は死んでいる。
普通の悪魔ならそれに対して焦りはしないだろう。
しかし、ブリッケン・メイリューク・ハイズだった頃の記憶がその事実に焦りをもたらす。
神は悪魔と違い死んだら終わりだ。
感覚的に死を恐れているのかもしれない。
クソッ…悔しいが、戦況を優位に進められてねぇ…
一瞬で覆される。
面白くもねぇ。
あー…ムカつく…
一人気配が消えてる。
助けを呼びに行っているな…
もう一人いるはずだが姿が見えない。
気に入らねぇ…
腕をつなぎ直す。
そうだ。
斬られるのは間合いに入っているからだな。
俺は元狩神。
もともと近距離戦が得意だったわけじゃない。
距離を取るか。
いや…冷静になれ…
何もこいつらと戦う必要な無いんだ。
助けを呼びに行ったヤツを殺して時間を稼ぎ、俺はどこか遠くへ逃げればいい。
そうだよそれでいいじゃんか。
ブリッケンは冷静に務めた。
ガーディアン達に向かって魔力放出。
その反動を使って後方へ。
踵を返して村のほうへと走り出す。
嘘の依頼で弱めのガーディアン呼んで、体奪って、応援要請し、より強いやつが油断しているところでまた奪う…
本来の予定から大きくずれちまったが…まぁいい。
この体を手に入れただけでも上々。
記憶の混濁からか魔法が使えないのは誤算だが、そんなもん後でどうにかできる。
ならどうにかなるまで大人しく隠れてたほうがいいに決まってる。
―土操魔術・偉大なる守護者の城壁―
ブリッケンの正面。
唐突に表れた巨大な壁。
「………なるほどな……女の方が逃げか……」
「何のことかしらね(裏声)」
ふざけた真似を…
声のした方を睨む。
姿は見えないが、ここまで大規模の魔術はベルトルッチだろう。
「ウラアアアアアア!!!」
ガンッ!
マオが真一文字に薙ぎ払う。
魔套鎧を展開して防ぐ。
「ハアアア!!!」
ガンッガッガンッガッガ!!
獰猛な獣のような猛攻。
隙が無い。
もうあまり魔力を消費したくないんだよ。
「三日月!」
ズバシュゥ!
肩口から血が噴き出す。
また魔套鎧を貫通してきやがった。
マズい。
魔力がどんどん無くなっていく。
まだ底を突くとは思えないが、これで魔力放出を何回も続ければ間違いなく無くなる。
土操魔術は形を形成するときに魔力を込める。だから術者を殺してもこの壁が消えることはない。
そっちは無視でいいだろう。
やはりジオから潰さなければ。
ジオの剣、最初よりも数段遅い。
身体能力を底上げ系の魔術か?
だとすれば出力が落ちている。
下段にジオ上が剣を構えた。
切り上げの型。
そう判断すると懐に一気に潜り込み、右手で剣を握るジオの手を押さえた。
これで斬れまい。
ジャックとモニカの攻撃は喰らうが無視。
左手をジオの胸に押し当てる。
魔力放出――
ボンッ
ジオは吹き飛んだ。
剣を置き去りにして。
数十メートル離れた木にグシャっと叩きつけられ、動かなくなった。
ジオがブリッケンに吹き飛ばされた。
ピクリとも動かない。
ブリッケンも動きが止まった。
顔は苦悶の表情だ。
左手は内出血で紫色に変色している。
ジオがチェストプレートに隠していたカウンターの魔術陣が発動したのだろう。
しかし、その腕はすぐに回復される。
「でああああ!!」
マオが槍でブリッケンを乱れ突く。
ブリッケンは身をひるがえし避ける。
そのほとんどは避けられたり、手ではじかれてはいる。
それでも一撃、また一撃と攻撃が入る。
ダメージは入っていない。
全てが魔套鎧に防がれている。
それでもいい。
目の前の悪魔の魔力を徹底的に削る。少しでも多く。
夢中で槍をふるう。
ブリッケンが槍を手でいなす。
しかし今までよりも強く、そして手元に近い場所だった。
大きく逸らされ、体勢が崩れる。
しまった。と思った時には顎先に掌底が当たり、ズドンと脳が揺れ世界が明滅する。
マオはズシャリと湿った地面に落ちた。
ジオがやられてからは一瞬だった。
マオが至近距離で乱れ突きをしているため、ジャックは近距離での援護ができなかった。
そして彼女はブリッケンの掌底を顎先にモロに食らい、地面に伏した。
戦線が瓦解し、混乱したジャックも一瞬の隙を突かれ、範囲を絞った衝撃破を頭部にもろに受けた。
痛みを感じることなく、しかし耳、鼻、口から血を吹き出して意識を遠くに飛ばされる。
ベルトルッチが生成した土壁は人が通れる程度に壊されて突破。
彼も失血と魔力枯渇で朦朧とし、戦えるだけの意識はなかった。




