第8話 幸福の衝撃
「ふぅ~、買い出しが軽いものばっかりで良かったねー」
「コーニャさん、そちら持ちますよ」
「大丈夫ー。言っとくけどー、レティーよりアタシのほうが力持ちなんだからねー」
午後お使いに出された理由は、朝のヘドロで駄目になった衣装の買い出しであった。直接ぶちまけられたわけではないが、小道具の近くに置いてあったものに黒い点々が出来てしまい、洗えば多少は落ちるだろうが、シミになるとのことでトマがなんとか予算から捻り出したのだ。
「あーあ。これのせいで食事がしょぼくなったら恨むー」
コーニャが口を尖らせ文句を言う。レティシアは眉尻を下げながらコーニャをなだめるも、表情が浮かない。
二人は店舗通りを抜け、屋台通りに出る。屋台と言っても売っているものは装飾品が多く、食べ物類は風下となるようもっと下の方だ。
この大通りは時間帯によって馬車の通行が許可されるので、直に品物を並べるより、幅は取るが移動できる屋台型のものが大半だった。
その中の一軒のアクセサリーショップがレティシアの目を惹いた。手作りで、付いている石もガラス玉の安いものである。しかしその中でシルバーに輝くブレスレットを見つけ、自然と足が向かった。
「「似てる」」
声が重なり、同時に「「え?」」と顔を見合わせた。
立っていたのはカリエで、彼もお使いを頼まれたのか、絨毯のように巻かれた大きな布を持っていた。
「あれ? カリエルじゃないー。どうしたのー」
コーニャがのんびりとした口調で言い、カリエはちょっとした愛称だったのかとレティシアは改めて男の顔を見直した。
「あ、コーニャ姐さん。マット代わりにしてた布もやられてたみたいで、追加の買い出しっす」
「そっかー。ならテントみたいに、防水用の魔法石は使ったほうがいーかなー? あとで団長に訊いてみよーっと」
「お願いします」
「トマはケチだから、駄目って言いそうだしねー」
「っすね」
何となく会話に入っていけず、レティシアは大人しく二人の会話に耳を傾ける。あれからヴィラのブレスレットが見つかったのか訊きたかったが、今までのカリエの態度を考えると躊躇してしまう。
駄目だと思いながらも、チラチラと視線を送ってしまい、ついには我慢が出来ず口を開いてしまう。
「あの! ヴィラさんのブレスレットって見つかりましたか?」
思ったより大きな声が出て、カリエとコーニャが目を丸めてレティシアを見た。その突き刺さる視線から逃れるように身を捩り、返らない答えに催促をする。
「私じゃ……ないです。朝の。……ですので、教えて頂けないでしょうか」
しょんぼりと項垂れてしまったレティシアに、コーニャがあーあとカリエに責める視線を向ける。カリエは焦ったようにレティシアの腕を引くと、店の前で邪魔になると屋台が途切れる場所へと誘導した。
コーニャが先に行ってる、と坂を下って行くのをレティシアは不安そうに見送るしかなかった。
「別に、本気で言ったわけじゃねーし」
ぼそりと、すぐ隣で呟いたカリエに、レティシアは顔を上げ相手を見た。
カリエはしばらくそっぽを向いて黙っていたが、何も言わないレティシアにキツイ眼差しで眉間にシワを寄せた。
「だから、つい言っちまっただけだ。悪かったよ」
次いで紡がれた言葉に今度は大きく目を見開き、レティシアは一歩カリエに詰め寄った。
「私のこと、疑ってないんですか? 信じてくれますか?」
「う……。信じるっつーか、ちょっと考えれば無理ってだけで……。一応見張りは立ててたし、お前みたいな鈍くさいのが忍び込むとか出来るわけないからな。だから信じるとか信じないの話じゃねーよ」
「?」
「とにかく俺は謝ったからな!」
「はい! 謝っていただきました」
「ふん」
そう言って踵を返そうとしたカリエの上着を、レティシアはしっかりと握りカリエの首が詰まる。
「何すんだよ!!」
「あの、相談事があるのですが」
「知らねーよ。他を当たれ」
「さっきのブレスレット。代わりにもならないと思いますけど、ヴィラさんにプレゼントするのはどうでしょうか?」
「人の話を聞けよ!」
「だって、少しの気休めにでもなったらって……」
父親の形見だと、今朝カリエも言っていた。
「……つか、お前には関係ねーだろ」
「でも、私だったら嫌です。そんな大切なものを、あんな形で失くすのは……私は、嫌です」
ぐっと唇を噛み、レティシアは服の下のペンダントを握り込む。暫くの沈黙ののち、カリエの溜息がひとつ落ちた。
「……意味ないだろ。見てくれだけ似てたところで」
「そう、ですよね」
「ああ。だから」
「はい! だからお父様の形見より、強烈な何かをプレゼントしなくては!!」
「は?」
「何でしょう? うーん……結婚指輪とか?」
「それはいつか俺がやる予定だか――あ! 違っ」
「まあ!」
「違うから! ――い、言うなよ、ぜってー誰にも言うなよ!!」
「それでいきましょう!!」
「違うって言ってんだろ! いかねーよ! 離せ!!」
カリエはレティシアの手を振りほどき大通りへと戻る。レティシアもすぐ後を追い、呼び止めようとし反対側を歩いていた数人に意識が飛んだ。
若い、三人組の女の子。昨日ガレンに礼を言いに来たと言っていた人物だ。なかでも真ん中にいる女性は貴族なのだろうか、長いブロンドの髪は手入れがされておりツヤが出ている。
「あ、れ――」
その長いブロンドヘアーの女性は太陽光を石に反射させ、見覚えのあるブレスレットを身に付けていた。
「待って下さい!」
「きゃあ!」
「なにっ……あ、あんた!」
考えるより先に足が動き、ブロンドヘアーの女性の進路を塞ぐ。突然通路を塞いだレティシアに、女性たちは眉を吊り上げたが、レティシアの顔を覚えていたようで表情に嫌悪が走った。
「そのブレスレット、見せていただけませんか?」
「!」
「それはヴィラさんのっ――っつう!!」
バシン! と大きな音がし、レティシアは頬を張られたのだと遅れて気づく。背丈はそう変わらないのに、目の前にいる女性は、熱のない瞳でレティシアを見下している。
それはレティシアにとって覚えのあったもので、だからなのか身体が強張り立ちすくんでしまう。相手に、自分が怯んでしまった事を悟られてしまった。
「汚らわしい平民風情が。なに? 盗みでも働く気かしら?」
「違います! 私はそのブレスレットが」
女性は赤く縁取った唇を釣り上げ、もう一度大きく手を振り上げた。
「何をしている」
が、予想していた衝撃は起きず、逆にレティシアは大きな熱に背中から包まれた。
相手の女性の手首を掴み声を落としたのはガレンで、ガレンは背後から腕を腹にまわしレティシアを抱き込んでいる。すっぽりガレンの作る影に収まったレティシアは、何が起こっているのかわからず固まってしまった。
「何をしているのかと訊いているのですが?」
声の温度は変わらないも言葉を変え、掴んでいた手を離したガレンに、女性は笑みを浮かべ怯えるように肩を震わせた。
「その子が、急に言いがかりをつけてきて」
「言いがかりですか? どのような?」
「え? えーと……」
「ローザ様のブレスレットを、自分の物と言って盗もうとしたんです!」
「なんて恐ろしい!」
ブロンドヘアーの女性はローザというらしく、彼女を庇うように両脇にいる女性が口を開く。レティシアは違う! と声に出そうとするが、今朝カリエに弁明出来なかった時と同じく、息が引きつるばかりで音にならない。
今朝ヴィラの事があった時、ガレンはどこにもいなかった。だから、もしかしたらガレンはブレスレットの事を知らないかもしれない。口々にレティシアが悪いと罵る女性たちの言葉を、もしガレンが信じてしまったら。
レティシアはガレンの影の中で必死に首を横に振るが、顔を上げてガレンの表情を確認する勇気は無かった。
「なるほど……ふむ。これは困った」
困った、とはどういう意味なのだろうか。
「このブレスレットに、うちの団員の名前が彫ってあるのですが……どういうことでしょうか?」
「え! いつの間に!!」
ガレンの右手にはヴィラのブレスレットが握られており、内側にレティシアから内容までは読めないが、文字が刻まれているのは確かだった。
「ああ、もしかして落とし物を拾ってくださったのでしょうか?」
緊迫する空気の中、突然ガレンの声音が明るくなった。
「違いますか? お嬢さん」
「あ――え……ええ! そうです! 私はただ拾っただけで、貴方達のものだったんですね。無事にお返しできて、良かったです――ひっ!!」
突然目の前の女性達が引きつった声を上げ、顔色を悪くさせる。女性たちの視線はレティシアではなく、その少し上。おそらくガレンを見ているのだろうが、背後から抱きすくめられているレティシアからはその表情は窺えない。
ガレンは何も発さなかったが女性たちは逃げるようにその場を去って行き、町の喧騒が戻ってきたところでレティシアはようやく身体の力を抜いた。
誰だか知らない見物人が、お兄ちゃん遅いよ。お嬢ちゃんのほっぺ切れてるよ。と声をかけ、ガレンが頭を下げながらレティシアの手を引いてその場を離れた。
少し過ぎた建物の前でカリエとコーニャ、あと何故かカリエとよくつるんでいる二人の男が待っているのを見つけた。
しかしレティシアはカリエに一番に駆け寄ると、ガレンの持っているブレスレットを指差し嬉しそうに笑った。
「カリエさん、見つけました! ガレンさんが取り戻してくれました!!」
「もーレティーは先に治療! 団長ー。癒やしの魔法石使ってもいーでしょー」
「ああ」
「え、駄目です! ただのかすり傷に魔法石だなんて、勿体ない!」
「はい、ちがーう。女の子の顔の傷なんでー、全然勿体なくないでーす」
「わわわ」
コーニャに片手を取られ、頬に白い魔法石を寄せられる。すると魔法石は淡く光り、頬の傷は跡形もなく消えた。
レティシアはもじもじと頬を赤らめ、ありがとうございますと礼を言った。
「で、お前らは揃って何してるんだ?」
大きな荷物を持つカリエと、その後ろにいる二人の男にガレンが呆れた声を向ける。
「カリエとビッヒがいるなら、あっしもいますよ」
「答えになってないな」
「カリエルとー、ルービッヒとー、タッセルでー、ル取り仲間の三馬鹿だからぁ?」
「「違います姐さん!!」」
「あれ? あっしはそのつもりだったけど?」
首を傾げるタッセに、カリエとビッヒの文句が飛ぶ。一緒にするなきめぇ、と。
そんな三馬鹿を仲良しだな、と眺めていたレティシアの前に、ビッヒが申し訳無さそうに傷があった場所を見た。
「その、レティシアもすまない。実は今朝、さっきの金髪の女と従者みたいな奴が来て、テントの中に入れちまったのはオレなんだ」
「え?」
「昨日テントに入った時に忘れ物をしたって言ってて、従者の男が自分が見てくるからその間お嬢様の事をよろしくお願いしますって言われたんだ」
確かにローザは昨日空き地に来ていたが、ガレンと話していただけでテントの中には入っていない。しかしそれを知らないビッヒは素直にローザの話を信じ、親切心から彼女をテントへと招いたのだ。
「従者の男が戻ってきて女と帰って行った後、オレもテントを確認してなくて他のやつが先に気づいて……皆が騒ぐから、ビビって名乗り出られなかったんだ。だから、あとでこっそりトマさんに話しにいって……」
なのにレティシアが先に犯人に会ってしまい、怪我まで負った。背中を丸め、本当にごめんと謝るビッヒに、レティシアは違うと首を横に振る。
「ビッヒさんが謝るのは私ではありません。いっぱい悲しい想いをさせたヴィラさんにです」
「う、――うん。そうだな。ヴィラにもちゃんと謝るよ」
「え? まだ謝ってなかったんですか。ここに来るまで何を?」
「うぐ! お、仰るとおりです……」
「わはー。レティーやるー」
「当然のことでは?」
「がはっ!」
ビッヒはレティシアから正論で殴られ、カリエとタッセから物理的に殴られた。
「じゃあー、ヴィラにそれ返してあげるために帰ろーかー」
ついでとばかりに、コーニャが伸びをしながらビッヒの頭を叩く。レティシアは嬉しそうに返事をし、急に足を止めガレンの隣へと戻ってきた。
「先程はありがとうございました。まさか、ガレンさんが居たとは思いませんでした」
「んー? んー、居たと言うか、ちょうど通りかかっただけだな」
「え? そうなんですか? なのに、なぜブレスレットのこと……」
「少しだけ会話が聞こえてたからな」
「え? え? で、では……」
詳しい事情も知らないで。
「どうして私を庇ってくれたのですか? 私があの方たちに、何か酷いことをしていたかも知れないのに」
「なんとなく」
「何となく?」
「そう、なんとなく。この数日一緒に過ごして、お前から理由もなく誰かを傷つけたりはしないだろうなと思っただけさ」
「…………」
ガレンは軽くレティシアの頭に右手を乗せると、ほら行くぞと先を急かす。
なのにレティシアの足は動き出さず、ガレンが早くしろと振り返った。レティシアは今にも駆け出したくて、でもそうするとあの大きな背中に遠慮なく抱きついてしまいそうで、一歩も動けないまま自分の表情が緩んでいくのを感じていた。
そしてそれを見たガレンが大きく目を見開き、レティシアの顔を大きな手で隠してしまったのだが、理由は教えてくれなかった。




