第7話 ヴィラのブレスレット
レティシアがガレンの旅芸団に入ってから三日が経った。
稽古や力仕事にはあまり関わらないが、代わりに食事の用意やテント場の掃除などを積極的に行った。
「ねえ、レティー。ちょぉっとお願いがあるんだけどぉー?」
「何でしょうコーニャさん?」
「やん。相変わらずワンちゃんみたい、かぁーいぃー」
「わ、わ、止めてください」
勢いよくコーニャに抱きつかれ、撫で回すように頭をかき混ぜられた。
ボサボサになってしまった髪を笑いながら手櫛で梳き、ごめんねーと耳元で謝られる。
「でねー、レティーあそこ見てよー。団長ーのこと」
「ガレンさん? はい、女の人達に囲まれていますね。町の人達でしょうか?」
「でしょ! 女の子三人も侍らせてー、ズルいー。アタシも混ざりたいー」
「駄目なんですか?」
「さっき行ったら、女の子達にすぅ~っごく睨まれちゃったのー。慰めてー」
「まあ! 私でよければいくらでも」
言われてレティシアが見たのは、レティシアと同年かやや年上と思われる女性が三人、ガレンを取り囲み話し込んでいる姿だった。
コーニャが言うには昨日絡まれていたところをガレンが助けたらしく、今回はそのお礼を言いに来たのだとか。レティシアのところまで彼らの声は届かないが、ガレンは大人の笑みを浮かべており、女性達は大興奮の様子だ。
「ガレンさんって、おモテになるんですね」
「そーねー。見た目はいーからねー」
「でもご結婚はされてないって、トマさんが言ってました」
「? そーだねー」
「折角おモテになるのに……理想が高過ぎるのかしら?」
「…………、ふ、んふふ。そーねぇー、理想が高すぎるのかしらー。あはは」
なぜかご機嫌になったコーニャはさらに頬を擦り寄せ、レティシアもニコニコとそれに応える。
「すいませんコーニャさん。ご確認いただきたい事が……」
「あ、レティシア。悪いんだけどお願いいーかな?」
と、同じくして双方から声がかかり、コーニャとはそこで別れた。
「ごめんねレティシア」
「いいえ、大丈夫ですよヴィラさん」
ちょうど話が終わったところだったので、とレティシアは言う。レティシアを呼んだのはヴィラと言う女性で、彼女は女性が一人で抱えられるくらいの木箱を持っていた。
「ありがとう。早速で悪いんだけど、この木箱に小道具が入ってるんだけどね、皆私物とかも適当に入れちゃっててさ。リストにある物とそうじゃないものに分けて欲し……あ、しまったリストをトマから貰うの忘れてた」
ヴィラが辺りを見渡すが、トマの姿はない。
「コーニャさんは持ってないんですか?」
「ないと思う。それだったら、トマの私物を漁っても怒られない団長に頼んだほうが」
「なら私聞いてきますね」
「え? あ、レティ――、行っちゃった……」
ヴィラが止める間もなく、レティシアは空き地の端で女性達に囲まれているガレンの元へと向かう。
レティシアが声をかけると、ガレンは助かったというように「なんだ? 何かあったか、ならそろそろ戻らないと」と食い気味に言い、三人の女性に睨まれてしまった。
「お話中、申し訳ありません。小道具のリストが欲しいんですけど、トマさんがいらっしゃらなくて……」
「ああ、あれか。わかった、探してくるからテントで待っていてくれ」
「ありがとうございます!」
思ったよりもあっさり解決し、安堵したレティシアの耳に舌打ちが届く。え? と目を大きく開けて振り返ると、三人の女性がレティシアを睨んでいた。
「なんなのコイツ、人の邪魔して」
「うっざ」
なのに、睨んでいたかと思えば視線を外し、嫌悪を含んだ声で悪態を吐いた。
レティシアが何も反応出来ないでいると、遠くからヴィラがレティシアを呼び近づいてくる。女性たちはそれに気づくと気分を害したように踵を返し、空き地から立ち去っていった。
「どうしてアレに突っ込んで行くかな」
「あれ?」
「それより、団長はリスト分かるって?」
「はい。今探しに行ってくれてます」
「そっか。ありがとね、レティシア」
「ふへへ。どういたしましてです」
ヴィラに軽く頭を撫でられ、レティシアから笑みがこぼれる。
しばらくしてガレンがしわくちゃの紙っぺらを手に戻ってきたので、レティシアは気合を入れ直し仕事へと戻った。
その翌日――。
簡単な朝食を作りテントへと運ぶ中、いつもなら思い思いに過ごしている団員達が、舞台用テントに集まっていた。
「どうしたんですか?」
「あ、レティーちゃん」
レティシアが声をかけたのはトマで、彼の足元に汚れた布が落ちているのが目に入った。
他にもいくつかの装飾品や、模造刀の短剣。そういったものに黒く異臭を放つヘドロのようなものがぶちまけられており、近くには横向きに倒れた木箱が転がっている。
レティシアはその木箱に見覚えがあった。いや、木箱だけでなく、無造作に散らばっている品々のどれもに見覚えが有り、それらは昨日レティシアがリストを元に仕分けした小道具だった。
「これ……昨日私が」
「は? これお前がやったのかよ」
「おい、カリエ。何言って」
言ったのは一人の男で、彼は先日レティシアが休憩の邪魔をしてしまった三人組の一人だ。カリエと呼ばれた男は、別のもう一人に咎められ口を閉じた。
私ではありません。
その一言をレティシアはとっさに口にすることが出来ず、立ち竦んでしまった。
「つまらないイタズラだろう。それより食事を持って来てくれたんだろ? 掃除は後回しにして、朝食を先に済ませよう」
「あーい」
「ほら、レティーちゃんも」
「どうした……なにしてるんだヴィラ!」
「?」
動こうとしないレティシアに、トマが落ち着いた声音で話しかける。しかしそれに被さるようにカリエの言葉が続き、カリエが呼んだ名にレティシアは振り返った。
ヴィラは異臭を放つヘドロに膝をつき、汚れるのも構わず散らばっている道具を確認している。短く整えられていた爪は黒く汚れ、時折土を掻く音が聞こえた。
「ない……ないの!」
「なにが」
「私のブレスレットがないの!!」
「それって、親父さんの形見の……?」
言われてレティシアは昨日の事を思い返す。
仕分けた小道具の中に一つだけ上等な作りのブレスレットを見つけた。銀色に輝く輪っかに、シンプルな黄色い宝石が一つ埋め込まれていた。
最初、リストと一致するそれを間違いではないか、誰かの私物なのではと思いヴィラに確認をしに行った。ヴィラはそれを自分の私物ではあるが、ショーで使うから一時的に貸し出しているのだと教えてくれたのだ。
いつ必要になるかわからないから、皆が使いやすいように入れておいてくれと笑った彼女は優しい顔をしていた。
「ヴィラ、とにかく汚れを落としておいで。ここも泥を片付けてからもう一度確認しよう」
トマが出来るだけ刺激しないよう、声音を作りヴィラをなだめる。
その後コーニャが現れヴィラに付き添い水場へと連れて行ってくれた。食事よりもヴィラの事が気になるレティシアは、ヘドロを掃除しようとしたがトマが止めそれは後だと譲らなかった。
食事の後、団員達で掃除を済ませ、道具の点検や他の紛失物がないかの確認を行った。だが、無くなったものは他になく、結局ヴィラのブレスレットも見つからなかった。
それでも諦められないレティシアはトマの元へと向かい、口を開いたところで先手を打たれた。
「レティーちゃんは今から宿に戻って、食事班の手伝い。午後からは姐さんと買い出し。以上」
「え、あの、私」
「ヴィラのブレスレットを探したいんだろ? でも駄目。今日は俺が言ったこと以外はしない。いいね」
「!!」
「仕事です。ぶうたれない」
「……はい。すみません」
レティシアの背中がしょもんと項垂れ、かと思えばぶんぶんと首を横に振り握りこぶしを作る。わかり易いなと、トマは苦笑を浮かべた。
それからレティシアは食器の片付けをしているであろう料理班に加わるべく、空き地を飛び出して行った。




