第5話 意欲だけはあります
硬直したまま荷馬車で揺られ、スンスンフンフンとキレイと言うよりは落ち着いた愛らしさのある美人に匂いを嗅がれ、気づけば目的地に着いていた。
しかも辿り着いた先はどこか適当な町ではなく、まだ心の準備が整わないザーフィアスだった。
一応の目的地ではあるため渡りに船なのだが、婚約破棄されたばかりの婚約者と鉢合うことがあったらどうしようと、とても複雑な気持ちになる。
そういったことから、それまで微動だにせず好き勝手されていたレティシアは、荷馬車から覗く町の景色に、僅かに表情を曇らせていた。
食事処に着くまでは。
「美味しいです! 美味です! ん~ふ、ひあわへれふぅ~」
正直なところ、あちらの世界で食べていたものと比べれば味は劣るが、空腹こそ最高のスパイス。幸せそうな表情で大した量ではない食事をちみちみ頬張る姿に、同じ席に着いていた三人の手が止まる。
その中にはガレンもおり、なんだか森に生息している小動物みたいだなと苦笑がこぼれた。
「なんか、かぁーいーねぇ。おじょーさん♪」
「駄目ですよコーニャさん! そんな目で見ないでください! お嬢さんが怖がります!」
「お肉のソースは、パンにつけて食べるものなのです!」
「気にしていないようだが?」
「あれー!!??」
席を同じくするのは、ガレンの他に荷馬車でずっとレティシアを抱きかかえていた女性のコーニャと、荷馬車に乗る前に話しかけてきた青年。
「あ、おれトマって言います。レティーちゃんって歳いくつ? おれは今年で二十なんだ」
「十七です」
「やっぱ年下だった。よろしくねー」
「よろしくお願いします」
ニコニコと人好きのする笑顔を振りまき、トマと名乗った青年が軽く手を振る。小さなテーブルで席を同じくしている距離なのに変な人、と疑問に思いながらも手を振り返した。
「食事中に何をしているんだ……」
「そうですね。失礼いたしました」
「トマも、だ」
「はい。すいませんした」
ガレンに怒られ、反省しながら最後の一切れを口に放り込む。
少し焼きすぎで脂が飛んでしまっているが、ボリューミーなお肉に大満足だ。腹もくちたし、さあこれからどうしよう、とフォークを置いたところでようやっと肩の力が抜けた。
いまごろ正常に血が巡り始めたとトンチキな考えが浮かび、可笑しくなる。
団員達が詰めかけたこともあり、店内は忙しく騒がしい。それまで周りの音を聞く余裕も無かったレティシアは、水のカップを手に取り辺りを見回した。
そうして、何かを思い出したように「あ」と声を上げ、鞄を手繰り寄せた。財布代わりにしている巾着を取り出し、中身を確認し安堵の息を漏らす。
「なんとか足りそうです」
良かったと上がっていた肩を下げるレティシアを、トマが不思議そうに見る。
「もしかしてお金の心配してたの?」
「はい、なんとか大丈夫でした。でも、あと十レニンしか残らないので、今日中にお仕事を見つけませんと」
「仕事って……なんだお前、家出でもして来たのか?」
「いえ、勘当されて追い出されてしまって……。なのでお仕事を見つけないと、おまんまが食えなくなります」
「「は?」」
「え~。なにそれ~」
では、私はこれでと会計を済ませに行こうとするレティシアを、ガレンの大きな手が掴み取る。
「いや、ちょっと待て。脅すだけ脅して去るな」
「脅す?」
「勘当されたって何!? お家ないの!? なにより、おまんまって何さ?! なのに本人すっごいあっさりしてるぅ!!」
「アタシかーいー女の子、好きよー」
「よし!」
「はう!?」
立ち上がっていたレティシアの腕を引き無理やり席に座らせると、ガレンは席に着いたままレティシアへと身を乗り出し目を光らせた。
「レティシア。しばらくうちで働いてみないか?」
「え。ガレンさん達の旅芸団で、ですか?」
「ああ。まあ、期間限定ではあるがな。俺達がザーフィアスに滞在する、ひと月の間だ」
人指し指を立てたガレンに、レティシアは驚くも、すぐに眉を下げ声もしぼむ。
「ですが、私はなんの芸もできません」
「お前に頼みたいのは雑用だ。実際に客を入れてショーを行うのは三日間だけで、奥の空き地にテントを張ってある程度通し稽古を済ませたらショーを行う。だから滞在中の雑用や、団員の食事の用意を手伝って貰えると助かる。ずっとは置いてやれないが、そのひと月の間に次の仕事を探すでもいいし、別の町へ行くための資金稼ぎにもなる。どうだ。悪くないだろ?」
「レティーは料理できるー? アタシはぜーんぜんだよ」
「姐さんのアレは、料理というよりただの劇ぶ――いいえ、何でもありませんっ!」
料理、と言ったあとに、三人の脳裏に木の根っこというワードが思い返された。
実際のレティシアの腕はあちらの世界に行ってから、バイトのない日にお母様のお手伝いをするくらいだ。
「私、オムライスにハートを描くのは得意です!」
「オムラ……、ハート?」
「もえキュン♪ ってするんです」
「「!!」」
「なにそれー。あはは、レティーかぁあいー」
胸元でハートを作り、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。その表情に、一切の作り物めいたものは感じず、もえも、きゅんも何かは分からないが、分からない何かが十分過ぎるほど伝わった。
「……”もえきゅん”は、結構だ。封印しておきなさい」
「? はい。わかりました」
「えー団長ーなんでぇー。封印しないでくださいよー」
「ふぁー!! ふぁー!!」
「駄目だ。トマを見ろ。頭がやられて変な鳴き声を上げだした。……んん、で、どうする? うちで働くか?」
「はい! ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく」
「よろしくねー」
「もえきゅん……」
「だんちょー。コイツ埋めてきましょーかー?」
「……頼む」
「ひーん!! 大丈夫です、意識あります!!」
何はともあれ、レティシアの短期バイトが決まった。




