第4話 旅芸団
見渡す限りは大自然。人影ひとつない田舎の大地を、レティシアは力強く踏みしめる。しかし踏みしめる大地は朝露のせいか、もしくは夜に雨でも降っていたのかぬかるみ泥が跳ね上がった。
「まずは仕事を見つけて生活費を稼ぎませんと。大丈夫! 東雲さんと一緒にやった”メイドきっさ”なるもので経験を得た身。どんとこいです!」
ふふふと笑みを浮かべながら長い道のりを歩く。
いくらか進み、そろそろ休憩しようと思いはじめた頃、遠くのほうに数台の荷馬車が見えた。しかし、そのうちの最後尾にある馬車がおかしな角度に傾いており、数人の男女がそれを囲んでいた。
「どうかしましたか?」
あちらの世界でお祖母様に、困った時はお互い様やぁーで。と言われていたレティシアは、なんの躊躇いもなく声をかける。
声をかけたのはたまたま近くにいた男。引き締まった体躯だと言うことが服の上からでも分かる、黒髪長身の偉丈夫。
男は急に声を掛けられ驚いたのか、ブルーパープルの瞳を大きく開けレティシアを見つめた。
「? なんですか? 私の顔になにか付いておりますでしょうか?」
「……ああ、土が付いているな」
「あらやだ、ごめんなすって」
「ごめんなすって??」
鏡など当然持ち合わせていないレティシアは、見当違いの箇所を適当に拭いニコリと笑う。男はしばらく沈黙したあと、可笑しそうに吹き出してレティシアの頬に触れた。
「いや、全然取れてないぞ」
「あ、申し訳ございません。どうしましょう。私のせいで、オジ様の指が汚れてしまいました」
「オジっ……ん、げほ! 言っておくが、俺はまだ二十七だからな! おじさんではない」
「まあ! ……失礼致しました。てっきりお父様と同じくらいの方かと……」
「うぐぅ!!」
ちなみにレティシアのお父様とはあちらの世界のお父様で、童顔の四十二歳だ。
「紳士様、決して老けていると思ったわけではありません。ただ、とっても背が高いのと、お顔に貫禄があるなぁと思いまして」
「も、もういい。もういいから止めてくれ」
「団長……あの……。そちらのお嬢さんは、どちら様で?」
男の後ろから、年若い男が顔を覗かせる。
レティシアはスカートの端をつかみ、優雅に腰を落とした。
「はじめまして。私ただのレティシアと申します」
「タダノ・レティシアさん?」
「? それよりお困りのご様子ですが、何かございましたか?」
「無視!? うわん、団長無視された! さらっと無視されましたよ、今!」
青年が団長と呼んだ男に泣きつき、鬱陶しそうに引き剥がされる。
団長、という単語を聞いてレティシアが最初に思い浮かんだのは騎士で、だが男は剣は持っておらず丸腰だ。
レティシアが気になった荷馬車も三台あり、どれも通常の荷馬車より大きかった。荷馬車と自身を見比べる視線をどう取ったのか、男は肩越しに車輪を指しながら言った。
「移動中に溝にハマってしまってな。木の根が引っかかったようで、無理に引き上げられないんだ」
「そうでしたの」
「お嬢さんこそ、こんな朝早くから一人でなにを……お嬢さん?」
レティシアの視線はくぼみに嵌った車輪に向けられ、ひょこひょこと近寄っていく。荷馬車を囲んでいた人垣の注意はすっかりレティシア達へと移っていたが、気にした様子もなくその合間を進む。
むしろ、なんだこの娘はと避けられている気さえする。
「私、”てれび”でみました! 木の根って、食べられるのですよ!」
「…………え? うん??」
言ったのは誰だったのか、困惑しか含まない返事が返る。
「ですので貴重な食材に感謝し、美味しくいただきましょう!」
両手の平を合わせ少女が言う。続けざまに、お母様が調理した木の根もすごく美味しかったんです。などと言い出しざわめきが起きた。
え、何の話? この子の家、木の根っこ食ってるの?
「おわっ!」
レティシアが合わせた手を戻すと同時に、怪しい食いしん坊少女の登場に驚きながらも、荷馬車を押し続けていた男衆が驚きの声を上げた。
それまでびくともしなかった車輪が急に負荷を感じさせなくなり、ガタンと正常の高さに押し戻されたのだ。
レティシアをはじめ、皆が突然の出来事に奇妙な顔で車輪が嵌っていた溝を凝視した。
「車輪が抜けましたね」
「あ、……うん。そうだな」
「良かった良かった」
「あはは、でもなんで?」
ははは、と不思議に思いながらも顔を覗かせていた青年が笑って濁す。
レティシアも解決したのなら良かったと、馬車の後ろを抜け先を進もうとし、右腕を掴まれつんのめる。
なんだと相手を窺い見れば、最初に話した黒髪の男が楽しそうに口の端を上げ、レティシアを見ていた。
「なあ、お嬢さん」
「レティシアです」
「じゃあ、レティシア。俺はガレン。ガレン・シッカーだ」
「シッカーさんですね」
「ガレンでいい。俺たちは国中を旅してショーを行う旅芸団なんだが、あんたは? こんな時間から一人で、なにか訳有りかい? 折角の縁だ、良かったら近くの町まで乗せていってやろうか?」
「………………」
訳有りと言えばそうなるのだが、全て終わってしまった訳終わりな状況なためレティシアもうーんと難しそうな顔をする。
それよりあちらで散々お母様に、知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけないと、口酸っぱく言われていた。
あからさまに警戒を匂わすレティシアだが、男は表情を変えずに言葉を続けた。
「夏場とは言え、朝はまだ冷え込むだろ? なのにそんな薄着で……、オニーサンは心配して言ってるんだ」
「はあ……??」
「それに腹も減っているみたいだな。さっきから、腹の虫が騒いでるぞ?」
「あ! あの、これは!!」
「町に着いたら俺たちもすぐ食事の予定だし、一緒にどうだ?」
「え? なぜ?」
「なぜ?」
整った顔でゆるりと笑んでいたガレンに、レティシアは心底理解出来ないといった様子で返す。
すぐ後ろで、団長が外してる……ぷぷ、と言う忍び笑いが聞こえ、ガレンは腰に下げていたポーチを青年に投げてぶつけた。
青年が情けない声と共にそれを返しに来て、ガレンはふうと溜息を一つ吐きレティシアへと向き直った。
「あー、わかった。取り繕うのはやめよう。要するに……、君が怪しすぎて気になっているんだ」
「怪しい? 私、怪しかったですか?」
「普通馬車を使うような田舎道で、一人軽装で彷徨いている身元不明の年若い娘。かと思えば野郎が多い集団に近づき、木の根を食う気でいる……怪しいだろ?」
「怪しいですね」
「…………」
「?」
「コーニャ!」
「はーい」
「メンドくさい。連れてっちまえ」
「はいはーい」
「え、ちょ。きゃ、おろして下さい!」
ガレンが荷馬車の方へと声を張り、真ん中の荷馬車からくせ毛の女がひょこりと顔を出す。
コーニャと呼ばれた女性はレティシアを軽々とお姫様抱っこすると、跳ねるような足取りで来た道を戻る。突然抱き上げられ、強張り固まってしまったレティシアにコーニャが鼻を寄せる。
「おじょーさんお日様と雨、両方の匂いがするねー。んふーいー匂い」
「か、嗅がないでくださ、ひゃああ! 髪に顔を埋めないで!!」
「コーニャああ!」
顔を真っ赤に染めたレティシアはお姫様抱っこのまま機能停止し、あっさり荷馬車へと引きずり込まれた。




