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第3話 行くあてがない

「沢山泣いたら、スッキリしました。さあ、早く町まで下りて仕事を見つけないと!」


 ずびんと鼻をすすり、顔を上げる。

 屋敷から徒歩で一時間くらい歩いたところに小さな村がある。

 レティシアは赤くなった目を休めるようにとぼとぼと歩き、時間をかけて村まで辿り着く。その頃には村の人々も活動を始めており、ぽつぽつと農具を持った人達とすれ違った。


「ここで仕事を探すのは難しいかしら。もっと大きな所に行かなくては」


 だが困ったことに、フルーヘルト男爵領は土地だけは大きく、小さな村が点在する農村地帯である。仕事を探すならある程度流通があり、人の出入りがある町の方が良いのだが……。

 この辺りで一番大きな町はザーフィアスと言う。しかしザーフィアスは男爵領ではなく、元婚約者であるザイフォス家の直轄地であり、レティシアは眉尻を下げて自嘲を浮かべる。


「どのみち身分証も馬車に乗るお金もありませんし、出来ることを探しましょう」


 目標は、仕事にありつけるような町までの移動。出来ればザーフィアス以外で。


「地図は頭に入っているけれど、どの様な町なのかを調べないと……」


 レティシアは渚であった時間も含め、自分の屋敷と、元婚約者であるノルマンの屋敷以外の場所へ行ったことがあまりない。幼い頃に婚約者を決められてからは花嫁修業として、様々なレッスンや教養は身につけさせられたが、家のことに関しては興味を持つことすら許されなかった。

 それはレティシアが上の兄二人と母親が違い、父親が外で産ませた庶子であることが全てだった。フルーヘルト男爵がわざわざレティシアを引き取ったのは、伯爵家と繋がりを強くするためであり、そのためノルマンと歳の近いレティシアは都合が良かった。

 そんなレティシアが、フルーヘルト家に()()()()()()()()として迎えられたのは五つの時だ。それまでは平民である母親と共に、小さな町で暮らしていた。レティシアは自分を産み、育ててくれた母との記憶をほとんど覚えていない。母親が自分との別れをどう想ってくれていたかは分からないが、レティシアが六歳になった年に、流行病で亡くなったらしい。


(お母さんの住んでいた町を探すのも、いいかもしれませんね)


 なんの手がかりもないけれど。レティシアは胸元のペンダントを服の上から撫で、ともかく今は周辺の町について調べようと気持ちを入れ替える。レティシアはひとつ深呼吸をし、村の中へ入っていった。

 村の中へと続く道は舗装なんてされておらず、点在する家屋も小さなものだ。

 レティシアが物珍しげにキョロキョロと辺りを見渡すのと同じ様に、レティシアとすれ違った村人達も、なんだあの娘はと訝しみ目を細めている。


「えー……ど、お嬢様? こんなちーさな村に、なんぞ御用でしょうか?」

「?」

「お嬢様?」

「お嬢様、とは私のことかしら? 申し訳ありませんけど、どこかでお会いしたことがございましたか?」

「いえ、滅相もありません! 身なりのいいお嬢様がいらっしゃったので、何かあっだのかと……」


 はて。自分は今、質素な身なりであるはずなのにと首を傾げるレティシアだったが、青ざめ腰を低くしながら話しかけて来た男はそれどころではない。

 レティシア個人の事を把握しているわけではないが、シンプルだが着ている衣服は自分達のそれとは違うし、なにより髪や肌ツヤが全然違う。

 日に焼けていない肌は白くなめらかで、白銀の髪は梳けばすぐこぼれ落ちそうな絹糸のようであった。

 お互いが頭上に疑問符を浮かべながら、次の言葉を待つ。まあいいかと、先に開き直ったのはレティシアで、縮こまる男にニッコリと笑みを向けると、令嬢としての礼ではなくあちらの世界で教わったお辞儀を使い挨拶をした。


「私はレティシア……そうですね。今はただのレティシアです。よろしくお願いいたします」

「はああ~!! そんな滅相ないぃ!!!!」


 慌て地面にひれ伏す勢いで男は頭を下げた。今はと仰るなら、以前は只者ではないやんごとなき身分のお方だったのだと。なにか無礼があってはならないと必死だった。


「え! あの、どうかされましたか!?」

「あ゛あ゛、身分を隠さねばならんほどのお嬢様だたっとは、ほんどに申し訳ございません。なにとぞ、なにとぞぉ~!!」

「ち、違います! 私は、ただの」

「やはりいいどころのお嬢様は、喋り方まで上品でいらっしゃる。はは~」

「だから違います!」


 地べたに這いつくばる男をなんとか立たせ、レティシアはかいてもいない汗を拭う。男も多少落ち着いたようで怯えてはいないものの、たどたどしい態度でレティシアに窺いの表情を浮かべた。

 レティシアは当初の目的を思い出し、改めて男へと向き直った。


「あの……私仕事を探しておりまして、こちらでご紹介いただるような仕事はあるでしょうか?」


 またお嬢様云々と騒がれてはたまらないと、レティシアは気を引き締める。


「仕事……ですか?」


 男の顔にはありありと困惑が見て取れて、しかしレティシアも引かずに笑みを保ち続けた。


「そう……ですね。この辺りはうちみでぇなちーさな村ばっがりで、ザーフィアスまで行けば有るのではないかと?」

「やっぱり、ザーフィアスなのですね……」


 馬車に乗れば半日のさらに半分で着きますよと言う男に、レティシアは渋い表情を浮かべる。馬車でそうなら、女の足で歩けばどれくらいなんだ。

 そもそもザーフィアスは無しにしようと、先程決めたばかりなのに……。


「お嬢様のおやぐに立でず、申し訳ないです」

「そのようなことはございません! ありがとうございます。こちら少ないですが」

「いえ、あ、ありがとうごぜぇます!!」


 レティシアは自分が持っている硬貨の中で、一番大きなものを渡し礼を述べる。もとより大した額を持っていなかったのでささやかなものだったが、男は喜び高揚している。

 こんな小さな村には馬車なんてものはなく、男は年老いた農馬を貸そうかと言ったが、戻る予定がないレティシアは気持ちだけで十分だと断った。

 身元も保証できない小娘が仕事を得るためには、ザーフィアスに向かうしかないかとレティシアは決意を固める。


「ありがとうございます、オジサマ! もう覚悟を決めてザーフィアスに行ってみます!! ゼンは急げです!」

「……は、はい。お気をづけで」


 ゼンがどう意味なのかレティシアにも分かっていない。

 色んな意味で困惑している男に笑顔で手を振り、男もわからないまま振り返す。だいぶ前から遠巻きに様子を窺っていた村人達も、「なんだったんだあの娘」と声を潜め遠ざかっていく背中を見送った。


「頑張ります! 負けません!」


 小さく握り拳をつくりレティシアは、のどかな田舎道を歩き始めた。

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