第27話 特別な居場所
一夜明けた昼過ぎ。
ガレンと少し話をしたあと、まだ体調が戻っていなかったレティシアは再び眠りについた。ガレンからレティシアが目覚めたと報告がいったのだろう、現在レティシアが使用している客間にチェリルが訪ねて来ている。
「チェリル! 大丈夫ですか? どこか痛いところは」
「……お姉様」
昔と同じ呼び方をしたチェリルに、レティシアはきゅっと口を結ぶ。
本来であらばレティシアも彼女に気軽に話しかけられる立場にはないのに、今更すぎて返答に困った。
「やめなさいチェリル。レティシアはまだ体調が戻っていないんだ」
「お兄様」
チェリルと一緒にやって来たノルマンが、ベッドの端に張り付いたチェリルを剥がし椅子を寄せる。レティシアもチェリルと話すためベッドの際までより、ノルマンが布団に戻れと言ってもきかなかった。
「…………、その、気分はどうだ? 食事はちゃんと食べたのか?」
「ぁ、ありがとうございます。ちゃんと頂きました」
「嘘です。さっき皿を下げた者が、全然手をつけられていないと言ってました!」
「えと、それは、その……!」
「レティシアは元から食が細かったからな。体調が優れないなら仕方もない」
「でしたら、お菓子はどうですか? 甘いものなら少しは」
「チェリル。――すまないが、レティシアと二人で話がしたいんだ」
「私も、お姉様とちゃんとお話したいです」
「チェリル」
「……わかりました」
ノルマンは扉の前に控えていた使用人たちにも合図をし、室内に二人だけが取り残される。それからノルマンは、簡単に事件のあとの事を教えてくれた。
ガレン達は精霊の呪具のことは伏せ、通常の呪具を用いてヒューデルト男爵がレティシアの意識に干渉し操っていたと説明したらしい。男爵の目的であるノルマンとレティシアの婚約破棄がなされそうな状況になった為に干渉を解除し、今度はチェリルに同じことをしようとした――。
なぜヒューデルト男爵がチェリルにまでそんな事をしたかというと、単純に男爵の娘であるローザが、彼女を嫌うチェリルを煙たがったから。
勝手にノルマンの次の婚約者は自分であると思い込んでいた彼女は、チェリルをイカれた狂人に仕立て上げ、遠ざけようとしたのだ。
ノルマンはレティシアの手を両手で握り、懺悔をするようにその手を額に当てた。
「レティシア、すまなかった。君の話をろくに聞かず……君はあれほどまでにチェリルを助けようとしてくれたのに」
「止めてください。貴方が謝ることはありません」
「だが」
「むしろ、何の事情も知らないのに気遣って下さったと存じております。お金だって……あ! お金!」
「あれは君にあげたんだ」
「駄目です! お返しします!」
「いいと……いや。受け取っておいたほうが、後が怖くないか……」
「?」
急に苦い表情を浮かべ、ノルマンが目を逸らす。彼はいったい、どこの二十七歳児を思い浮かべたのだろうか。
離さなくてはいけないのに、ノルマンはレティシアの手を握ったままだった。
「ヒューデルト男爵がどうなったかは聞いたかい?」
「いいえ」
「男爵はあのあとすぐ目覚めたのだが、頭がおかしくなった様で、今は一人で立ち歩くことすら出来ない状態だ。令嬢のほうは少しのかすり傷を負ったくらいなのだが、なにぶん罪に問おうにも物的証拠がなくて……」
「そうですか」
「……やはり君は怒らないんだな。――だけど、彼らのこれからは穏やかなものではないと思う」
「なぜですか?」
「さあ?」
「?」
レティシアが怒らなくても彼女の分どころか、色々上乗せして怒り心頭な男が一名いるからだ。そこにザイフォス伯爵家が関わる余地はないと突っぱねられたので、ならば自分たちの分までやっちゃってくださいとお任せすることにした。
血色が戻りつつあるレティシアの頬を、ノルマンが指の背で撫でる。
二人で過ごした時間はそれほど多くは無かったが、ようやっと互いの顔をちゃんと見た気がした。
「レティシア」
「はい」
「ここに残るかい?」
「……いいえ」
「家のことが気にかかる?」
「違います。出来れば、あの家の人達には知られずに姿を消したいです」
「なら、どこか行きたい場所が出来た?」
「………………」
「レティシア?」
「私の行きたい場所には、すでに別の方がいらっしゃったので」
「…………」
「新しく探してみます」
「それは――」
どういうことだと言おうとして、ノルマンは口を噤んだ。
レティシアの手を握るノルマンの指に力が入る。レティシアが顔を上げ、視線が合わさった。
「――変な、感じだな」
「そうですね」
「ねえ、レティシア。信じてもらえないかもしれないけど、僕は君のことが大切だよ」
「はい。大切にして頂きました」
「チェリルと同じ様に――、きっと君がどこに居ても、君の幸せを願うよ」
「ええ。ええ……私も、同じ気持ちです」
恋ではなかった。だが、義務ばかりでもなかった。
かつて幼いチェリルの手を引いたように、ノルマンはレティシアに優しくしてくれた。レティシアもそんなノルマンに好意を抱き、尊敬し憧れたのだ。
レティシアが甘えるようにノルマンに頭を寄せ、ノルマンもそれに応える。幼い子供たちが内緒話をするように額を寄せ合い、笑い合って、離れていった。
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着々とテントが解体されていく様を眺めながら、レティシアは暇を持て余していた。
結局、昼にノルマンと話した日は大事を取ってもう一泊させてもらい、つい先程ヴィラに迎えに来てもらって空き地に戻ってきた。そこで、よし撤収作業がんばるぞ! と意気込んだものの、病み上がりは大人しくしてろと除け者にされた。
いくらもう大丈夫だとアピールしてみたところで、頼むからお願いじっとしてて、と懇願されてしまえば大人しくする他なかった。
「あー。レティーちゃん、ごめんねぇ」
「トマさん!」
「今ちょっといいかな? 色々確認したいことがあって」
「全然構いません! むしろお仕事ください!」
トマは何も言わず、笑いながらレティシアを木の陰へと連れて行った。
喉は乾いてない? 辛かったら言ってね、とここでも甲斐甲斐しい病人扱いに口を尖らせる。
「団長もすぐ戻って来ると思うんだ」
「ガレンさんは外出されているのですか?」
「んーん。仕事が終わったからね。ちょっとした完了報告?」
「なるほど」
「対話の魔法石での連絡だから、ホントにすぐだから」
「? はい」
だから何だろうと、レティシアは首を傾げる。
「ガレンさんが居ないと話せないお話ですか?」
「え? えーと、その」
「あ! 契約のやつですか? ノルマンもやったと言ってました」
「ああ……うん。それも関係あるかなぁ」
「私どんな契約内容でも構いません。皆さんには大変お世話になりましたから」
「お世話になった、か。ちなみに、これからもお世話になる予定は……?」
「これから……」
「うん。ぶっちゃけ、レティーちゃんこれからどうするの? どっか行くあて有るのかな~って」
「……特には、ありませんが」
「じゃ、じゃあさ。団長の話聞いてあげてよ! 団長がレティーちゃんに、どぉ~してもっ話したいことがあるって言ってたからさ」
「ガレンさんが?」
「そう! あ、ほら。あそこ! 戻って来たみたいだ」
トマがちらちらと様子を窺っていた方角からガレンが早足で現れ、きょろきょろと周囲を探っている。トマはガレンに向かって大きく手を振り、気づいたガレンが近寄ってきた。
「戻ったのか?」
「はい。色々とご迷惑をお掛けしました」
「迷惑なわけあるか。調子はどうだ? 大丈夫か?」
「大丈夫です! モリモリ働けますよ」
「いいから大人しくしてろ」
「むぅ」
「それよりレティシア。少し出ないか? あまり食事を取らなかったと聞いたぞ。何か甘いものでも食べに行こう」
「いえ。皆さんが働いているのに、私だけ」
「わぁー! おれは良いと思うなぁ!! レティーちゃんまだ本調子じゃないんだし、撤収作業でお願いできることないしなー」
「なら、お料理を」
「女手なら余ってるし、こっちは心配しないでいいわよ」
「ヴィラさん」
通りすがりにヴィラに手を振られ、戸惑いながらも頷くしかなかった。
なぜだろう。皆、忙しく動き回っているはずなのに、どこか緊張を含み余所余所しい。ヴィラのブレスレット事件以降たまに絡んでくるようになったカリエも、遠巻きにレティシアの様子を窺っている。
自分だけが違う場所に追いやられようとする疎外感に、レティシアはシュンと肩を落とした。
「レティシア、どうした? やはり気分が優れないか?」
心配そうに、レティシアの肩に手をやりながらガレンが問う。
レティシアは首を横に振り、なんでも無いと笑顔を作った。ガレンは心配から言ってくれているのに、近づいた距離に居心地が悪くなる。
ノルマンと手を握って頭を預けた時も、こんな気持ちにはならなかった。
「顔色が悪いぞ。今日はもう宿に戻って休んでいろ。どうせ、作業は明日まで持ち越すからな。うん、明日だな。明日にしよう」
「団長の意気地なし」
「うわー。団長がこんなヘタレだとは思わなかったですぅ~」
「うるさいお前等。……後で覚えてろよ」
宿に戻ろうと、ガレンがレティシアの手を引いた。周囲から野次が飛び、ガレンは眉を吊り上げ威嚇する。
レティシアは引かれるがまま足を踏み出したが、続く一本道を前に身体が強張った。テントがある空き地から、宿に向かう道の途中に大通りがある。今日はノルマンの屋敷から馬車に乗り、別の道から戻って来たので大通りは通らなかった。
「どうしたレティシア? 歩けないのか?」
レティシアが急に立ち止まり、ガレンも足を止めた。
「あの、私、一人で戻れますので……」
宿に戻るには、あの大通りを突っ切るのが一番近い。
まだ午前中で夜とはまた違った雰囲気の通り。あの日、レティシアが自分の気持ちを自覚するきっかけとなった場所。そんなところを目の前の男と平気な顔で通りすぎるだなんて、今のレティシアには出来そうになかった。
「レティ」
「嫌です、離して!」
再度手を引こうとしたガレンを、レティシアが思わず跳ね除ける。
大した力ではない。だが、ガレンが驚きに目を見開き、レティシアはそんな顔は見たくないと目を伏せ駆け出してしまう。
握られた手が熱くて、なのにそれ以上に触れられると痛みが走り、自分を守るために逃げ出した。
レティシアに拒絶の言葉を投げられ、呆け固まるガレンに焦ってトマが声をかける。
「団長、何してんすか?! 早く追いかけて!」
「……嫌と。…………手を」
「~、、、そうすけど、レティーちゃん宿とは違う方向に行っちゃいましたよ! この町治安良いほうっすけど、一人は危ないですって!!」
「だが、嫌って……」
「もう! なら俺が代わりに」
「ふざけろ馬鹿が!!」
「何なんすか全く!! 団長、あっちの細路地っす!」
「団長頑張ってー」
「けど、無理強いは駄目っすよ」
「団長! オレは団長に賭け、いや信じてます!」
「お前ら全員減給にするぞ!」
吐き捨てガレンが走り出す。遠くに団員たちの悲鳴やらなんやらが聞こえたが、すぐにそれも届かなくなる。
今は自分の手から逃れようとしている野うさぎを、なんとしても捕まえるべく必死なのだから。




