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最終話 告白

 無意識の内にレティシアは、ある場所にたどり着いていた。

 草花が茂る精霊殿(せいれいでん)跡地。崩れた石像の前でしゃがみ込み、土に埋もれた石の顔を撫でる。苔が生え、緑に埋もれたそれをレティシアは(きたな)らしいとは思わず、逆に撫でている自分が慰められている気がして苦笑した。


(心配してくださったのに……失礼な態度を取ってしまった)


 後できちんと謝らなければと思いながらも、レティシアは撫でていた手を止め、ぎゅっと握り込む。

 ガレンは優しい人だ。精霊と関係するかもという理由はあったとしても、レティシアを助け仕事を与えてくれた。渚のことだって、レティシア一人では何も出来ず、渚もチェリルも両方を失っていた可能性が高い。

 だから先程の態度もガレンは簡単に許してくれるだろう。調子が悪かったんだよなと、逆にあちらが気を遣いレティシアの頭を撫でるのだ。


「私ってば、迷惑ばかりかけているわね」


 そう口にして、ぼたりと膝上に置いた手の甲に熱い雫が落ちる。

 いつだって与えて貰うばかりで、返せたことなんて一度もない。助けてもらって、迷惑をかけて。なのに、唯一彼の気を引く要素が見つかったと、そんな考えを持ってしまう自分が情けなくて惨めで、しようがない。


――”精霊に愛されるだなんて、凄いんだぞ”


 ガレンはその事を、他の誰にも話してはいけないと言った。

 ならばきっと利用価値があるに違いない。

 でも、だからどうした。それでレティシアに何が出来る。何を返せる。

 それを決めるのはガレンだ。彼ならきっと、レティシアも知らない利用価値を見つけてくれる。そうしたら何の問題もない。

 価値があるうちは、彼の側にいても怒られないだろうから。



 醜い女だ。



「レティシア!」


 ガレンの声がし振り返る。目が合い、まだ駄目だと衝動的に背を向け立ち上がった。足がもつれ転ぶが、逃げなければ。今はまだ殺せていない。隠すことすら難しかった。


「待て! どうした、なぜ泣いているんだ!」


 立ち上がり、数歩進んだ先であっさりと捕まった。

 片手を取られ、身を捩ってもう片方も掴まれる。嫌だと、半ばパニックになりながら(かぶり)を振るも、自分は何をしているんだと、こんな駄々を捏ねて困らせていい訳が無いだろうと己を責め立てる。


「レティシア、落ち着け。何があった? 一人にならないと約束してくれるなら手も離すから」

「…………」

「……いいか? 離すぞ?」


 大人しくなったレティシアに、ガレンはゆっくりと手を離した。掴まれていた両手は下げられ、微かに震えている。


「何かあったのか?」


 レティシアは俯き押し隠すことに必死で、顔すら上げられずにいる。


「レティシア? 頼む、何か言ってくれ」

「…………」

「何か嫌な事があったのか? 誰かに、何かされたか?」

「いえ、いいえ。ぁりませ、なに、も」

「そんなに震えて、何もないわけないだろう」


 吹いた風がレティシアの髪を撫でた。

 気づかれたくなくて、涙を拭おうと伸ばしたガレンの手を、レティシアは過剰に肩を震わせ身を引いてしまう。

 いつの間にか屈んでくれていたガレンと目が合った。触れる直前で止まったままの手と、驚き、失敗した笑みを貼り付けたガレンに、レティシアは自身を恥じる。


「やはり、俺に触れられるのは気味が悪いか」

「違います!」


 見たこともない、男に似合わない顔をしていた。

 レティシアは引っ込められようとしている手を両手で掴み、頬を乗せた。


「違……」


 涙が一つ、流れて落ちる。

 触れた手は皮が厚くて、少し荒れていて硬いものだった。けれど包み込まれるほど大きな手の平は温かく、なのに壊れ物に触れているように強張っていて愛しさが募る。

 レティシアは最後にその荒れた肌にもう一度頬を寄せると、名残を惜しんで手放した。


「貴方が怖かったわけではないんです。ただ……私、ガレンさんの事を好きになってしまって、それで戸惑ってしまいました」


 ニコリ、と涙を堪えながらレティシアはガレンを見上げた。


「だからその、ちょっとビックリしただけです。あ、でも、今のこと……何も気にしないでください! むしろ忘れて」

「なんて言った……」

「え?」

「今、さっき、なんと言った!」


 涙が滲むレティシアの視界は最悪で、ガレンの表情はよく見えない。が、ガレンがもの凄く真剣なのは伝わってくる。


「あの、もしかして、怒って」

「怒ってない! それより、さっき言っただろ! 好きだって、絶対言ったよな!?」

「ごめんなさい……私、わた……ぅ」

「レティ」

()め、止めますから。っ……好きなの、すぐ止めますから、怒ら」

「止め……って、はあ!!?? そんな事、絶対に許さないぞ!!!!」

「ひゅくっ」


 ガレンが怒鳴り、レティシアの肩を強く掴む。

 どうしたって逃がすものかと強まる力に縮こまり、とうとう涙も堪えきれなくなった。


「ごめ、なさ……ひぅ、怒らな……ぇ」

「怒ってない! いや、本当にそうなったら分からないが、違う! そうじゃなくて――お前は俺が好きなんだよな? な!!」

「……、……もう、いい」

「駄目だ! 首を横に振るな! 否定するな! お前は確かに言った!! 俺を好きだと言ったんだ!!」

「ガレン、さ」

「俺も好きだ!! ――――――……から、俺も、お前が好きなんだ」


 ブルーパープルの瞳が真っ直ぐにレティシアを見ていた。

 最初レティシアは言われた内容が理解出来なくて、溶かして、眺めて、ようやくそれが何か分かりかけて、なんとか首を横に振る事が出来た。


「ぅ、そです」

「――うそ? は!? 嘘!? え、今のう……」

「ガレンさんは私のこと好きじゃない」

「え? 俺??」

「だってガレンさんには、恋人がいらっしゃるじゃないですか!」

「――――――――――。いや、居ないが!!??」

「います! だって私見ました!!」

「見? え? なに、お前はいったい何の幻を見たんだ??」

「幻じゃありません! 空き地前の大通りで――、女性とキスしているガレンさんを見ました!!」

「全く身に覚えがないのだが!!??」


 してました! と叫ぶレティシアに、ガレンは目が回りそうになった。

 なぜ嘘をつくのかとレティシアが再び暴れだし、ガレンは焦って肩を掴む両手に力を込める。むしろ今にも背中に回りそうなそれに、レティシアは必死に腕を突っぱね……ようとしてあまり意味を成さなかった。


「待ってくれ、本当に覚えがないんだ。いつ、俺が、そんな」

「四日前の夜です。私が追いかけられて、ガレンさんが助けて下さった日……。あの少し前に、大通りの大きな建物の前で黄色の服を着た女性と」

「四日前……黄色の服の…………あ!」


 思い出したというようなガレンに、レティシアの表情が強ばる。


「違う! 誤解だ!! あれは女じゃなくてトマだ!!」

「――…………トマさん?」

「ああ、そうだ。調査のために女装してたトマで」

「ガレンさん、トマさんとお付き合いを……」

「違う! キスだってフリだし、実際にはしていない!! なにより俺に男色の趣味はない!!」

「………………」

「……すまない、大声で言う言葉ではなかったな。……その、ああー、つまりだ。トマには情報収集などの仕事を任せていてな。顔を覚えられないように、色々と変装をすることもあって、あの日はたまたま女性の格好をしていただけだ。それで、少し状況を確認していた時に視線を感じて……そうか。あれはお前だったんだな。まだ呪具の情報も集まってなかったから変に目立ちたくなくて、恋人同士を装って人目を誤魔化そうと思ったんだ」

「……そう、なのですか?」

「そう! だから俺には恋人はいないし、キスだってもちろんしてない! お前が俺を好きなのを止める理由など、何一つないんだ!! な!」

「…………」


 そうなのだろうか。……そうだったのか。

 ガレンの言葉を思い返し、噛みしめる。少しずつ、ちゃんと、砕いて、理解して。レティシアがようやっと自分の中で答えを見つけると、ふわふわとした高揚感が広がり先ほどとは違う涙がこみ上げてきた。

 ガレンも、レティシアの事を好きだと言ってくれた。恋人はいないのだと、レティシアが好きでいるのを止めなくていいと言ってくれたのだ。


「な、なら。私、止めるの、止めます。ガレンさんのこと、ずっと、ずっと好きでいます」


 そう言ってレティシアがあの日――ヴィラのブレスレットを取り戻した帰り道のあの日。あの時と同じ様にふにゃふにゃの顔で笑うもんだから、ガレンは思わず捕まえた野うさぎに(かぶ)り付いてしまった。












 一方。


「うわぁぁぁん! 良かった、収まるところに収まってくれて、本当に良かったよぉぉぉ!!!!」

「やーん。団長余裕なさすぎー」

「もしあのまま、あんな理由でこじれてたら……おれの命が危なかったぁぁぁ!!」

「レティーが正直な、いー子で良かったねー」

「ほんどうに゛ぃ~!!」


 少し離れた建物の陰。二人の姿を遠くに、けれど手元にある魔法石からする声に耳を傾け、トマとコーニャが肩の荷を下ろす。

 魔法石は(つい)になった電話のような機能を果たすもので、ノルマンの屋敷で眠るレティシアの服に、コーニャが勝手に潜ませていた物だ。

 それが只今絶賛通話中であるのがバレるとまずいのだが、それでもコーニャは魔法石をいじる手を()めず苦笑を浮かべた。


「てーかぁ。団長、ちゃんとレティーに家のこと話したのかしら?」

「え? あー、まあそれはこれからなんじゃないっすか? やっと想いが通じ合ったばかりですし」

「でもー。レティーの性格ならー、団長が女王陛下の弟でー、北部を治める大公閣下だって知ったらぁ遠慮して逃げちゃいそう」

「・・・・・」

「なら、まだ団長の本当の名前も知らないってことよねー? あれ? もしかしてやばば?」

「黙ってましょう!! あとは二人の問題っすよ!! おれは関係ないっす!!」

「でも陛下が、絶対(のが)すなーって」

「団長もいい歳っすからね! なのに浮いた話も、縁談も総無視でしたもんね!!」

「陛下はほんとーに、弟思いのいーお姉ーさんんだわぁ。好き♪」

「姐さんは早く、兄さんとくっついてやってください!!」

「やあよ」

「はあぁ~……おれが関係ないところで勝手に頑張ってくれ兄さん」

「あはは」


 自身の兄を思い肩を落とすトマに、コーニャが楽しそうに笑う。




 心地よい風が吹いた。

 強すぎず、少し暑いくらいの晴天に緑の葉が舞い飛んだ。

 揺れる木々のざわめきに紛れてレティシアのガチ目のSOSが届き、トマとコーニャは一瞬で大地を蹴り飛び出して行った。



これにて完結でございます。

読んでくださった皆々様、真にありがとうございます。少しでも楽しんで頂けていることを願うばかりです。

まさかガレンの本名を出せずに終わるとは思いませんでした。本名ガレルディン・シルバー・オグランドさんです。出す機会は特にないので此処に書いておきます。ちょっと出てすぐ消える悪役みたいな名前ですね。トマはもともと名前も無いちょい役の予定だったので考えてません。


ふいに思いついてざかざか書き上げたお話ですが、個人的には愛着を持つキャラクター達になりました。

おそらくこの後もなんだかんだあって、ガレンが望むイチャラブ生活は中々訪れないことと思います。頑張れ。


改めまして、このような端までお目通しありがとうございました!!

ご感想・誤字報告等々大歓迎ですので、よろしければお願いいたします。

では(御礼)

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