第26話 状況把握
ぱちりとレティシアが目を覚ますと、最初に飛び込んできたのは椅子に座り目を閉じているガレンの姿だった。
レティシアは天蓋付きのベッドに寝かされており、ここはどこだと辺りを見渡す。途端くらりと脳が揺れ、小さなうめき声とともに起こした上体が逆戻りする。
室内は薄暗く、サイドテーブルの上にある光源が唯一の灯りだった。
「――レティシア?」
腕を組んで俯いていたガレンが、僅かに目を見張り立ち上がった。
「大丈夫か? どこか辛いところや違和感はないか?」
「――ぇ゛、!?」
「水を飲め。お前、まる一日気を失ってたんだぞ」
まる一日!?
ガレンがコップに注いだ水を差し出し、しかしレティシアは自力で起き上がれず助け起こしてもらう。こくりと水を飲み干せば、干からびていた喉にも水気が戻りひと心地付いた。
「ここはザイフォス伯爵の屋敷だ。簡単な事情を説明して、お前が回復するまで休ませてもらっている」
「そ、う――だったんですね」
ベッドの端に腰掛け、レティシアの肩を支えてくれるガレンに礼を言う。
暗いからよく分からなかったが、たしかに部屋の雰囲気はノルマンの屋敷のそれで、恐らく今は夜中なのだろう。屋敷の中も窓の向こう側のどちらからも、人の生活する音はせず静かだ。
窺うようにガレンを見上げたレティシアに、ガレンは察したように小さく笑った。
「トマとコーニャは事後処理に奔走中。テントに残して来たメンバーも、処理班と半分に分けてショーを公演させている。明日中には全て終わるだろう」
「ショーもちゃんと演っているんですね」
「ああ。また似たような作戦が出た時に、悪評が立ってる芸団だと動きにくいからな」
「お仕事……、最後までちゃんと出来ませんでした」
「…………」
ショーの公演は明日まで。それが終われば二日の撤収作業を残し、芸団の役目は一先ず終了だ。
急に黙り込んだガレンだったが、レティシアはそうだと口を半端に開きガレンを見た。
「ガレンさん。渚を無事、家族のところへ返せました」
「ん? あ、ああ。そうなのか。良かったな」
「はい。これもガレンさん達のおかげです。ありがとうございました」
「なんだ? 首でも痛めたか」
「今のは”エシャク”です。渚の国のお礼の仕草なんですよ」
「そうなのか。変わっているな」
まだろくに身体は動かせないので、軽く頭を下げた。謝罪のために深く頭を下げることはあっても、お礼を言いながら首を曲げる動作はやはりこちらの世界では可笑しいらしい。
安心したように笑みを浮かべるレティシアに、ガレンは肩を支える手に力を込めた。
「お前、他に気になることは無いのか?」
「気になること?」
「……俺のこととか」
「ガレンさんのことですか?」
「あと、なんで腹の傷が治ってるのかとか」
「!!」
言われてレティシアは、自分がローザに刺された事を思い出した。
「そうです、私刺されて! ……て無い? あれ? 何の傷もありません」
刺された腹も、殴られ引っかかれた頬の傷も、綺麗サッパリ無くなっている。
どうして? と目を丸めるレティシアに、ガレンは不服そうに口を尖らせた。
「どうしたんですか?」
「……俺のことは気にならないのか?」
「? ……あ! やっぱりお腹痛いんですか! とても苦しそうな顔を」
「腹は痛くない。多少むしゃくしゃしてるがな。――まあ、いいさ。勝手に話すから」
ふん、と鼻を鳴らしたガレンに、レティシアはコクコクと頷いた。
ガレンは今から話す内容をレティシアが知ったという事を、トマやコーニャも含め他の連中に悟られるなよ。と前置きをした。
「まず、ペンダントの呪具なんだが、ナギサが帰ったと言うのであれば、入れ替わりの効力も無くなったと考えて問題ないだろう。指輪のほうは中の精霊は俺が喰ったから、当然その時点で効力も失っている。――チェリルという娘もあのあと目を覚まし、無事正気を取り戻したぞ」
「チェリル……良かった」
レティシアが深い安堵を吐き出し、台座だけを残したペンダントを握りしめる。
「そして、俺なんだが」
「はい」
「……レティシア。精霊の呪具は、精霊を魔法石に閉じ込めたものだと言ったのを覚えているだろう」
「はい」
「だが魔法石の代わりに、自分の身体に精霊を閉じ込めた人間がいる」
「え! その様な方が!?」
「ああ、俺だ。――俺の身体の中には、生きたままの精霊が閉じ込められている」
分かるか? と諭すような口調で言うガレンに、レティシアは反応出来なかった。
「基本、精霊と人間は住む世界……と言うか空間と言うべきか。とにかく同じ場所に存在しているはずなのに、俺たち人間には精霊の居場所は分からない。存在がつかめない。精霊のほうは人間を把握出来ても、人間側にはそれが出来ない。なぜなら精霊は人間を超越する上位存在だからだ」
「は、はあ……???」
「だが稀に見える人間がいて、そういった見える奴に捕まる馬鹿な精霊もいたりする。その馬鹿なのが、魔法石に閉じ込められて利用される。だが、そんな事をされれば精霊は人間を恨む。恨み憎んで果てには人間を喰うまでいく。それが肉だろうが、魂だろうが。そして人間を喰った精霊は穢れ、精霊堕ちされたと言われる」
「あの、ガレンさんが食べてた黒いのですか?」
そうだとガレンは頷いた。
「一度堕ちた精霊は戻せない。現状、同じ様な存在に共食いさせて、蓋をするしかないんだ。俺の中にいる精霊が、その役目をしている」
「――……・・・」
「どうだ? そんなヤバイ奴を腹で飼ってる俺は、可哀相だと思わないか?」
「可哀相……かは分かりませんが、とにかくビックリしました」
「支えてあげたいとか思わないのか?」
「でも、ガレンさん困っている訳ではないのですよね?」
「すっげー便利だと思っている」
「???」
なら、なぜ訊いた? 心底分からないと眉をひそめたレティシアに、ガレンが嬉しそうに喉を鳴らした。作戦は失敗したが、気分はいい。
「ははは。やっぱいいな、お前」
いいなと言われてもガレンが欲しがるようなものを、レティシアには何ひとつ思い浮かばなかった。
「傷。俺のベストまで真っ赤にしたくせに、キレイに治ってんだろ?」
ガレンがレティシアの腹を軽くさぐり、ぞわりと背筋に痺れが走る。
「なぜだか分かるか?」
「……わ、分かりません」
「愛されてるからだ」
「!!」
耳元で囁かれて薄暗がりの中、レティシアは耳まで真っ赤に染まる。
バクバクと心臓が高鳴り、迫り上がって飛び出てしまいそうだ。しかし、ガレンはそんなレティシアに気がついているのか、いないのか、近づけた距離を戻し言った。
「お前はどうやら、精霊に愛されているらしい」
「………………へ? 精霊様に?」
「ああ。最初の木の根の時もそうだ。あの時も、あとお前がヒューデルト男爵令嬢が雇った悪漢に襲われた時も、わずかだが精霊の気配があった」
ガレンはさらりとこぼしたが、あの悪漢共はローザの仕業だったのかと、レティシアは冷静な部分で繰り返す。
「そして、お前が傷を負った時。お前が傷を治したい、というような内容を口にした途端、無数の魔法陣が出現してお前を治した」
「そうなんですか?」
「ああ。俺もすぐに気付けなくて取り乱したが、あの魔法陣は俺も知らない、それも多くの精霊の気配を感じた。つまり、その変にいる野良精霊共が、お前を寄ってたかって助けたのさ」
「野良精霊様……ふふ、可愛い。そう、精霊様のおかげで――」
レティシアは両手を組み、祈るように目を閉じた。
そうしているレティシアには見えないだろうが、精霊を宿すガレンには、彼女に応えるようにいくつもの光がたゆたっているのが見えた。
きっとこれが、彼女が精霊に愛された理由。
精霊など存在しない。一部を除き、おとぎ話の生き物だと言われるこの時代に、毎食時祈りと感謝を捧げてきた少女。
「精霊に愛されるだなんて凄いんだぞ。レティシア」
「――ぁ」
そしてレティシアは小さく瞠目する。
ガレンが自分にいいなと言った理由は、これなのだと。
ちなみにトマは、手の甲に精霊の呪具を埋め込んでます。それを更に別の魔法石で解らなくしているのですが、ガレンが他の男の話をしてくれなかったので此処で追記しておきます。
コーニャのグローブはただの魔法道具です。




