第24話 もう一つの罪
は? と声をこぼしたのはトマで、え? と困惑するレティシアの顎にガレンの手が伸びたところで、コーニャの飛び蹴りが炸裂した。
「嘘に決まってるでしょ!!」
「わーん! 団長が戻った!! レティーちゃん大丈夫ぅぅ!!!!」
「?!?!?!」
頭にマジ蹴りをくらい吹き飛んだガレンと、今度はコーニャにお姫様抱っこで抱えられたレティシアは、顔を赤くしたまま目を回す。
しかし抱きとめられたコーニャの身体が汗ばみ、僅かに痙攣し始めていることに顔を上げた。
「コーニャさん!」
「団長! アタシそろそろ限界! その精霊堕ちなんとかして!!」
「は? 精霊お……まじかよ」
壁際まで吹き飛んだガレンが身体を起こし、少し離れた場所に転がる四角を見つける。折り曲げられた結界の檻は膨れ上がり、いつ中身が飛び出しても可笑しくない状況であった。
ひゅっ、とレティシアの喉が息を詰める。
トマがレティシアを受け取り、見なくていいと頭を抱え込んだ。
しかし腕の隙間から覗き見える光景は、魔法陣のつなぎ目から黒い肉のようなものがはみ出し、ビクビクと脈打つ生き物のように這い出ようとしていた。
「チェリル、ノルマンっ!」
その直ぐそばに見つけた顔に、レティシアは飛び出そうとして身体に力が入らなかった。
「レティーちゃん、大丈夫。団長がなんとかしてくれるよ」
「トマさ……。……、でも、ガレンさんも危ないのでは」
「団長で無理なら全員死ぬしかないわ」
「コーニャさん?」
「いいから。……でも、怖いかも知れないから、見ないであげて欲しいかな」
「こわい?」
レティシアの目を隠すトマの手をやんわりと拒む。
コーニャの魔法石が一際大きく輝き、魔法陣に亀裂が入る。ガレンは塊の前に立つと、目を閉じ、次の瞬間ガレンの身体に赤く光る文字が浮かび上がった。
その文字は見たこともないレティシアには読めない文字で、だがガレンの肌を埋め尽くし、蜃気楼のようなモヤがガレンから吹き荒れた。
「■■・・・■・■」
ガレンの口から、ガレンの声ではない音として何かを発した。
その音を聞いた途端塊の動きが一瞬止まり、かと思えばがたがたと振動し始める。塊もガレン同様理解出来ない音を発し、さらに震えが大きくなりガレンが口元に笑みを浮かべた。
すると塊から黒い影が引きずり出されるように歪んで伸び、それがすべてガレンの口の中へと吸い込まれていく。
「食べ……」
黒い影は全てガレンへと収まり、塊は人の姿を取り戻した。その指がピクリと動いたので死んではいないようだが、無事かどうかは分からない。
浮かんでいた赤い文字が静かに消え、蜃気楼のようなモヤを纏っていたガレンはわずかに噎せよろめいた。
いつものガレンだ。ただ、レティシアは驚きに固まったまま、ガレンを見ていた。
「…………レティシア」
ガレンの視線が、下から上に上がった。
視線が交わり、レティシアの表情が歪む。
「どうしましょう! ガレンさんが死んでしまう!!」
「……へ?」
レティシアの悲痛な叫びに、支えていたトマが間抜けな声を出した。
「だって、なにか、黒いの、食べちゃいましたよ! 危ない、危険です! 絶対お腹を壊します!! 動いていましたし、もしかしたらお腹を突き破って」
「やめてレティーちゃん! 有り得そうで怖い!!」
トマの言葉にただでさえ青白かったレティシアの顔色が、とうとう無くなる。コーニャが団長は頑丈だから大丈夫ーと笑いかけ、それでもレティシアの心配そうに下がった眉は戻らない。死にません? 死にません。と返される会話に緊張を何とか解いた。
ガレンは引きつっていた喉を緩ませると、力任せにトマを突き飛ばし、レティシアをしっかりと抱きしめた。
「なるほどな……この指輪か」
緑の石は砕け散り、もう輪っかと土台しか残っていない、肉に埋もれた指輪だったものを見る。
「うわぁ……。これ切り落としでもしない限り抜けないんじゃないすか?」
「斬ろうかー?」
「いい。どうせ肝心の中身は俺ん中だ」
青い顔でチェリルの手を握るレティシアの後ろで、ガレン達はそう会話する。
ノルマンはトマが魔法石で眠らせているが、レティシアが最初に会ってから目を覚ましていないチェリルに不安が募る。
「あの、チェリルは……渚はどうなったのでしょうか?」
自然とガレンに視線が集まった。
ガレンは顎に指を預け、少しの沈黙のあと口を開いた。
「たぶん、原因は他にある」
「……え?」
「レティシア。お前、首から下げているものを出せ」
言われて、レティシアはキョトンとガレンを見上げる。
「首……あ、お母さんのペンダント」
シルバーのチェーンに通された、透明の宝石を付けたペンダント。レティシアはそれを服の下から引っ張り出し、ガレンに見せた。ガレンはその繋がれたままの飾りに手を伸ばし、石を覗き込む。
「すみません、すぐに外して」
「ああ、そうだ。やはり、これだ。これもまた、精霊の呪具だ」
「団長、え? 何言って」
「精霊の呪具は二つあった。そして一年前の出来事は、おそらくその二つの呪具から起きたんだ」
「………………お母さんのペンダントが、……呪具?」
どくりと、レティシアの心臓が跳ねた。
「まあ――詳細は省くが、俺は目、というか感覚が鋭くてな。精霊の気配や、呪具の力の大きさぐらいなら分かるんだが……。あの男が着けていた指輪の方。あの呪具はそう強いものではなく、魂や意識を入れ替えるだなんてことは出来ない。指輪のほうの効力は喰ったから詳細が分かるが、対象の相手を混乱させ軽い錯乱状態にするくらいだ」
「軽い……錯乱状態? ――――……それだけ、ですか?」
「……ああ。それでも、正気を失った人間は何をし出かすか分からんし、厄介なものには違」
「ですが!」
それなら。
「渚の、魂と入れ替わったのは……」
「……お前が持っている、そのペンダントが原因だ」
きゅぅぅと、レティシアの喉が絞め上げられていく。
「……レティシア。お前は一年前に、あの男の指輪を見たことがあると言っていたな?」
「は、はい。屋敷に、自分の屋敷にいた時に、ノルマンからの贈り物だと、メイドが……」
「そのメイドは? お前の屋敷のメイドだったか?」
「…………、分かりません。顔が、思い出せません」
「……そうか。なら、きっとその時だ。あの男はお前の屋敷にメイドか何かを潜入させ、呪具を使ってお前を陥れようとしたんだろう。そして、……あー、これはあくまで憶測なんだが……、お前が呪具に中てられそうになり、お前の持つペンダントの呪具が――お前を守るために別の魂を呼び寄せたんじゃ、ないかと……」
つまりは――
「身代わりに、した?」
母の形見を握る手に力がこもる。
「私の、代わりに。私の……私がっ!」
「レティシア!」
だから渚はあんな行動を取ったのだ。
レティシアが悪女と罵られ、婚約破棄にまで追い込まれるほどの事を。彼女の意思からではなく、呪具の影響を受け無理にやらされたのだ。この、見知らぬ異界の地で!!
「あぁぁぁ! 渚!!」
「レティシア、落ち着け! レティ……!! 呪具が!」
レティシアの下げていたペンダントが宙に浮かび、光を放つ。鎖に繋がれたままの石は、泣き崩れるレティシアの目の前で大きな亀裂を走らせると、見せつけるように砕け散った。




