第21話 機密事項
「よっと!」
ベキっ! と音がし、天井のタイルが一枚割れた。
そのせいでホコリが舞い上がり、レティシアは小さく咽る。次いで重いものが落ちる音がし、急に室内が明るくなった。
「この部屋で合って――レティシア! 大丈夫か? すまない、細かい位置が特定できなく……」
「ガレンさん!」
どういう原理かは分からないが、魔法石ではない光の球体がガレンと一定の距離を保ち浮かんでいる。薄ぼんやりではあるが、ろうそくの光よりはずっと明るいそれに、お互いの顔もハッキリと見て取れた。
「ガレンさん、すみません。私を」
「お前、なんだその傷……血が!」
「いっ……」
「じっとしてろ!」
すぐ間近で落ちた怒声にビクリと緊張する。大声に外の様子を気にするが、特に気づかれた様子もなく静かだ。
安堵の息を吐き、よそ見をしていたレティシアの顔を、ガレンがぐいっと引き戻す。
「誰にやられた。それに、なぜ縛られて……こんな場所に」
ガレンはハンカチでレティシアの額を拭うと、テープのような物を取り出し傷口に貼る。所謂バンソウコウのようなもので、芸団にいる間に何度かお世話にもなった。
ガレンは無言でナイフを取り出し、レティシアの拘束を解く。細い手首には縄の痕がくっきりと残り、肌が擦り切れ僅かに血も滲んでいた。
「何があった」
何と訊かれて、どう説明すればいいのかと迷う。
「何があったんだ」
「悪い人を見つけました!」
「――悪い人? どう言うことだ? 詳しく話せ」
ガレンの声が、いつもより冷たく感じる。
「どうした」
「…………」
「俺には言えないか?」
「そういう訳では、ただ……」
「なんだ」
「……巻き込んでしまう。迷惑になります」
「構わん」
「でもっ……」
「でも?」
「………………、信じない」
誰も。
「私の、言葉なんて……」
「信じる。内容の真偽ではなく、お前が嘘を言うつもりではないということを、俺は信じる。だから話せ」
何があったんだ? ガレンの言葉に視界が滲んで揺れる。そんな場合ではないというのに、涙が溢れて止まらなくなった。
「私、なぎ、さ……渚を」
「ナギサ? 人の名か?」
「入れ替わったん、です。渚と、一年前。……ぅ、なのに、渚、もど、戻れてなくて、チェリルの中に、渚が、まだぅっ……」
「入れ替わった? ……一年前」
「指輪を、男の人が、指輪で、緑色に光って――……私、渚を、あの人達に返したい! 家族の元に帰してあげたいんです!!」
優しくしてくれた。自分の娘の身体を乗っ取った、異世界から来たと言う見ず知らずの怪しい女に。皆いい人で、優しくて、お祖母様が、お父様が、お母様が、拓海くんが、そしてブチも。異質な存在を、家族の輪に入れてくれたのだ。
「私、そのために頑張らないと、なのに、こんな」
「ヨリを戻すためじゃなかったんだな……」
「? より?」
「ふ、ふくく……っしゃ! よし! よしよし、俄然やる気出てきた! しゃああ!!」
「ガ、ガレンさん……?」
ガレンがおかしくなった。
再びの大声と急ぎたいのにというハラハラドキドキとで辺りを見渡すレティシアに、ガレンはお構いなしに騒ぐ。
「ガレンさ」
「よし、レティシア!」
「は、はい!」
「一度トマ達と合流するぞ。――作戦会議だ」
ニッと口の端を引き上げたガレンに、レティシアはゴクリと唾を飲み込んだ。
********************
「レ、レティーちゃん! この少しの間にいったい何がっ……!?」
レティシアの額のテープと、ぼろぼろの手首やらを見てトマが悲鳴を上げる。
「コーニャは?」
「念のため部屋に戻りました」
「そうか」
ノルマンの屋敷の控室。コーニャのお付きとして用意された部屋に戻ったレティシアとガレンは、簡単な経緯をトマにも説明した。
「えーと、つまりどこぞの男爵が持っている指輪が原因で、レティーちゃんと、ナ、ナギサ? さんが入れ替わって、そのナギサさんが今はここのご令嬢の中にいる……てこと?」
「犯人についてはあくまで私的な推測に過ぎないのですが、私を見て排除できたのに……というような事を言っていたので」
「クズだね」
「しかもだ、トマ。レティシアが入れ替わったのは、一年前らしい」
「……! 団長、それって!!」
「ああ、俺た」
「わー!! 待って、待ってください!! なにさらっと話そうとしてんすか!? 機密事項!! 一般人!! 軽率に巻き込まなぁい!! こわっ……え、絶対連れて帰るっていう意志が半端ないんすけど!!」
急にガレンの口を塞いだトマに、レティシアは困惑する。
「何を言ってる。レティシアだって知りたいだろう? どうして他者と入れ替わるだなんて現象が起きたのか」
「え――。信じて……え? 理由が解るのですか!」
「ああ」
「教えて下さい!」
「俺は構わない。が……」
ガレンがトマを横目で見た。トマはわざとらしく重々しい溜息をつき、眉根を揉み込む。駄目だこの上司、何とかしてくれ。
せめて目の前の可哀そうな少女に、最後の逃げ道をとトマは口を開く。
「レティーちゃん。今からは話す事は、本っ当に重要な情報で、他者に話さないと魔法契約をして貰うことになるけどいいかな?」
ガレンが鋭い視線をトマへと向ける。
「構いません! それで、その魔法契約とやらは、どうすればよろしいのでしょうか!」
「うーん! 知らない事を簡単に了承したら、駄目だと思うなー」
「そんな事しなくても、俺達の仲間になれば」
「えーと、魔法契約なんだけどー」
「トマ!」
「選択肢大事! 駄目、無理やり圧力!!」
「………………あの」
「……っち」
そわそわと、不安そうなレティシアにガレンが折れた。
トマは咳払いをひとつ落とし、ローテーブルの上に小さな魔法石を置いた。
「魔法契約ってのは、名前の通り魔法石を使用して契約を結ぶことなんだ。例えば、今回だと今から話す内容を他者に話してはいけない。そういった契約内容を魔法石に書き込み、契約者の体内へと溶かし込む」
「体内……に、魔法石をですか?」
「うん。えーと、詳しいことは省くけど、契約用の魔法石には元からそういった命令が書き込まれてるんだ。実際見たほうが早いんだけど……」
「それは全部終わってからにしろ。今適当に契約内容を決めて、あとから漏れがでた場合厄介だ」
「ですね。――だから、レティーちゃんは、普通の生活に戻りたい場合、この契約をしてもらうからね」
「はい」
「……うん、はいって。ホント何でも簡単に了承しないで? ちなみに、契約に違反しそうになったら、魔法石が熱くなって止めてくれるよ。それでも契約を無視しようとすると命に関わる……というか、死ぬからよーく考えてね」
「はい! 大丈夫です! 契約します!!」
「んーもう!!」
即決のレティシアに、ニヤリとガレンが笑った。きっかけは掴んだとばかりの悪い顔に、トマは殴り飛ばしたい衝動を必死に抑えた。助けて姐さん。一人でこの二十七歳児の相手はキツイっす!
トマは魔法石を元に戻し、諦めたように座り直す。
「じゃあ、話を続けるぞ」
ガレンが嬉しそうに隣に座るレティシアへ寄り、ソファの背に腕を回した。
「精霊の呪具。この単語を聞いたことはあるか?」
ガレンの問いかけに、レティシアはいいえと首を横に振る。
「まあ、知らなくて当然だ。国の上層部でも、特に機密の内容だからな」
「……はい。ん?」
国? と思ったが、先を急く意識が勝ち口を噤む。
「精霊の呪具ってのは、かつての精霊術師達が精霊を魔法石に閉じ込めて作った、魔法道具のことなんだ」
「――――――、……え?」
「精霊の呪具は通常の呪具とは違って、あまりに桁外れな力があってな。例えば、絶え間なく炎を放出し続けたり、格下の精霊を従わせてその能力を無理やり使用したりだとか……。まあ、要は、封印されている精霊の力を人間が使える、みたいな感じだな」
「え、あの、精霊様? え……ま」
「レティシア、精霊は存在するぞ」
居るんだ。ガレンに言われ、レティシアは息を呑む。
「今となってはその仕組みや構造はなにもわからないし、同じ事をしようとしても絶対無理だ。なんせ、精霊共は姿を隠したからな。だが、実際に精霊を閉じ込めた魔法石が存在し、強力過ぎるゆえ呪具と呼ばれるようになった。――さて、そこで、だ。レティシアが体験した、他者と意識を入れ替えるだなんて大技。もう、ソレの仕業としか思えないだろう?」
コクリと、力強く頷いていた。
「で、俺達のお仕事はそれを探して回収すること。もちろん、悪用されないように、適切な場所に保管するためにだぞ? そして今回の獲物が一年前」
「え?」
「一年前。この辺りで強力な精霊の力を感知して、一度調査に来た。だが、その時は何も発見できず、調査は保留。しかし、ひと月ほど前に再び同じような力を感知し、芸団を装って再調査をしに来た……という訳さ」
「ちなみに、前回ちょー無駄足だったんで報告もらってすぐに、転移魔法で飛んできたんだよ」
「転移魔法!? そ、そんな高等魔法、使用できるのなんてっ」
ニヤリ、と今度は男二人が笑みを作る。
いやいや、待って。レティシアに緊張が走り後ろに下がる。しかし、すぐソファの背にぶつかり、あまり意味をなさなかった。
「というわけで、おれ達。女王陛下から直々にご命令を頂いている、王立組織でーす」
「ま、今まで通ーり、気楽に接してくれよな!」
「無理です!!」
「大丈夫、レティシアなら出来る!」
「ガレンさ、いえ、えーと団長様?」
「やめろ。許さん。今まで通り名前で呼べ」
「ひょ、ひょんなほと、いふぁれへも……」
「いいな」
「もちろん、おれもね。レティーちゃんに距離作られるとか、悲しー」
「れも」
「い、い、な」
「うぅ………………、ひゃい」
レティシアの唇をタコの口にしたガレンが、満足そうに歯を見せ笑う。よほど気に入ったのか、ガレンはその後しばらく手を離してくれなかった。




