第20話 信じて
両手を拘束され、小さな薄汚い部屋に放り込まれる。
乱暴に押し込まれた身体は簡単にバランスを崩し、強かに肩を打ち付けた。
地下牢ではないが、ずっと使われていない空き部屋なのだろう。窓は締め切られ調度品などはなく、壁側にシーツを被せた家具が寄せられている。
「指示があるまで閉じ込めておけ」
レティシアとも面識がある、確か使用人の中でも古株の男が若手に言い捨て去って行った。
ちょうど宿の四人部屋程の室内はかび臭く、灯りもないため扉が閉まれば昼間だと言うのに真っ暗だ。
(チェリル! 渚は……もしかして二人とも一緒にいるの?)
後ろ手に縛られた縄はキツく、肌が傷つくだけで緩む気配はない。乱暴に引きずられて来たせいで、身体のあちこちが痛い。幸い……と言っていいのか、自由を奪われているのは両手のみで、レティシアは何とか立ち上がると扉にへばりついた。
「お願いします、ここを開けてください! チェリルのあの行動には理由があるんです!」
何度か扉に体当たりしながら声を荒げていると、うるさいと外から強い振動が返ってきた。
「嘘をつくな、この悪女が! お前が以前、お嬢様にしようとしたことをオレは知っている!」
「あれは……、あれにも理由があったんです! その事をお話します! だから、ノルマンを」
「妄言もいいかげんにしろ! 誰が犯罪者の言葉を信じるものか!!」
見張りは二人居るようで、片方が放っておけと言ったのが扉越しに聞こえた。違うんです。お願いしますとレティシアが懇願しようとも、それ以降返事は返ってこなかった。
(ああ、話も出来ず、追い出されたらと焦るのではなかった)
あの時一人でチェリルの元に向かわず、ノルマンに会いに行っていれば良かったのだろうかと、レティシアは強く唇を噛む。
(……でも、まだよ。まだ諦めちゃ駄目。なんとかしてここから抜け出さないと!)
あちらの世界でお祖母様と一緒に観ていた”どらま”。
その中の一つに、レティシアが尊敬し憧れてやまない人たちがいた。その人物達は如何なるピンチも諦めず、その都度乗り越えてきた。それは――。
「”シノビの者”なら、こんな時は――」
天井裏を伝って逃げるはず!
レティシアは後ろ手に縛られたまま、勢いよくシーツの山へと突進して行った。
結果、雪崩が起きた。
規則正しく積まれた椅子やら机やらが崩壊し、大きな音を立てレティシアを押しつぶす。
「今の音はなんだ!」
「おい! いったい何を――うわ、ホコリが」
流石に無視は出来なかったようで、扉が開き舞い上がったホコリが室内に差し込み光を反射する。薄暗い室内で、倒壊した家具と床に広がるシーツ。
「おい、あの女がいないぞ」
「まさか? 窓は閉まってるし、出入り口はここしかないんだぞ」
正確には、レティシアは倒れた家具の隙間に挟まっているのだが、焦っている男二人は気づかない。オレは近くを見てくる! 俺は報告を! 言って見張りの男たちは勝手にいなくなった。
「う、げほ、ごほ……。し、死ぬかと思いました……」
ガタガタと木製の丸テーブルをどかし、レティシアが隙間から這い出てきた。一番最初に倒れてきたのが、一本足のテーブルで良かった。これがちょうどレティシアの姿を隠し、軸の部分が他の家具からの衝撃をやわらげてくれた。
借り物のメイド服はすっかりホコリだらけで、這い出る際にエプロンが引っかかり、どこかへいってしまったが些細なことだ。
「早くチェリル、いえ、ノルマンに」
「おっと」
「!」
レティシアが振り返り、駆け出そうとして足が止まる。
唯一の光源をでっぷりとした身体で遮り、見たこともない小男が入り口に立っていた。
「まさか、本当にいたとは……。どこまで手間をかける女だ」
「……?」
皮脂なのか、洗髪料なのか。くすんだブロンドの髪を後ろになでつけ、明らかに耐荷重量オーバーに軋む杖を持った男。ひゅごひゅごと一言話す度に呼吸が乱れ、無遠慮に付けられた指輪が、杖とぶつかり音を鳴らす。
「ようやく排除出来たと思ったのに」
「貴方は」
誰と言おうとし、男が右手をレティシアへと向けた。
まるで指輪を見せつけるかのように右手を持ち上げ、肉に埋もれつつも輝く五つの石が見て取れた。
その中の、大きさで言えば一番小さな石が緑の光を放ち、その光景がレティシアのある記憶を引きずり出した。
「その指輪……」
レティシアの脳裏に浮かぶのは、一人のメイド。名前も、顔も思い出せないが、ある日彼女は贈り物だと一つの箱をレティシアに渡した。その箱を開けた瞬間、見えたのがあの指輪と緑の光。
「一年前、ノルマンからの贈り物だって……」
「!? おかしい、効いてないだと! どうなっているんだ!?」
男の焦った声音に、レティシアの意識が引き戻される。
男のずんぐりとした指に嵌められている指輪は徐々に光を失い、静かに消えた。想定外だったのか、男は指輪を嵌めている手を大きく振り、なぜだ!? どうなっている!! と何事かを喚いていた。
レティシアは指輪を確かめようと男に近づこうとし、同時にすぐ近くで届いた声に身体を強張らせた。
「この部屋です! フルーヘルト嬢をこの部屋に――」
先程の使用人が人を連れて戻って来たようだ。
その人物の姿がレティシアの目に触れる前に、目の前で悪態をついていた小男が重い振動を響かせ、近づく足音へと縋った。
「おお、小伯爵! 大変ですぞ!」
「ヒューデルト男爵……? なぜ、ここに……」
呼ばれた男の名前に、確か近隣領の貴族ではなかったかとレティシアは記憶を引っ張り出す。名の知れた――と言うより、いつだったかチェリルがその名を口にしたことがあったのだ。ノルマンに娘との縁談をしつこく迫る家があると。しかし、大領地の領主の血縁筋だとかで、無下にも出来ず困っていると口を尖らせていた。
ノルマンと目が合い、レティシアはスカートを握りしめる。ノルマンもレティシアの着ているものが何なのか気づいたのだろう、表情が一気に険しくなった。
「どういうことだ」
「事情があります。話をさせてください」
「そんな格好で、他人の屋敷に忍び込んでおいて話を聞けだと?」
「チェリルはっ……痛ぅ!!」
「黙れこの痴れ者が!!」
「男爵!? 止めろ、何をしている!!」
ヒューデルト男爵の杖がレティシアの額を打ち、ノルマンが思わずといった様子でレティシアの前に出る。
「小伯爵! この女の話を聞いてはなりません!! この女はお嬢様へ再び悪さをしようと忍び込んだのです!」
「違います! 私は」
「その上その事を知った私を脅そうとしたのですよ!! この事を黙っていないと、お嬢様の様に私の娘も呪ってやると」
「なに!? レティシア、それは本当なのか!」
「違います! そのような事申しておりません!」
「この女は嘘をついております! 頭のイカれた、悪党でございます!」
「違う! 違う……違います。お願い、ノルマン、話を」
パシンと音が響き、レティシアはいつの間にか伸ばしていた手を払われたのだと遅れて気が付いた。
「――いい加減に、してくれ」
「ノル」
「もう、うんざりだ」
光を背にしているノルマンの顔は陰り、悲痛に歪む。今、言葉を重ねれば。縋って、泣いて、違うと叫べば彼に届くだろうか。だがレティシアの足は、身体は、役割を忘れたかのように動いてはくれなかった。
きつく目を閉じたノルマンの後ろで、目元を歪め笑みを浮かべるヒューデルト男爵の姿が見えた。
「このまま此処へ閉じ込めておけ。決して誰も近づけるな」
ノルマンが背を向け、ヒューデルト男爵はすぐさま表情を取り繕った。
光を遮り遠ざかるノルマンの背に、レティシアは湿気を帯びた声をかける。
「お願い、チェリルを助けたいの」
しかしノルマンの足は止まることなく、扉が閉まり足音が遠ざかっていく。
出て行くその瞬間まで見つめていた背中は、ただの一度も振り返ることはなかった。




