第19話 特攻
「よし。レティシア、今すぐこれに着替えろ」
そう言ってガレンが手渡してきたのは、ノルマンの屋敷のメイド服だった。
「え? 団長、なんで? レティーちゃん、せっかく綺麗なドレス持ってきてるのに、予定と違うことすんの止めてくださいよ」
「だからだろうーが! あのボンクラが変な気起こしたらどうするつもりだ」
「ボンクラなのはあんたでしょーっいって!!」
ノルマンと二人で話したいと言ったコーニャの我儘により用意された、従者達の控室。外に声がもれないようにトマが用意した魔法石を発動させ、仮面を取り払う。
今のレティシアの格好は侯爵家の侍女としてのシンプルなドレスだが、別室で着替えを済ませてからコーニャとノルマンがいる部屋に向かう手はずなのだ。
「ここで姐さんが用意してくれた服着て行かなかったら、姐さん怒りますよ?」
「知るもんか、そんなこと」
綺麗なドレスとメイド服をテーブルに広げ、レティシアはトマとガレンの言い合いを見守る。
むしろ、なぜこの屋敷のメイド服があるのだろうか? レティシアはガレンに疑いの眼差しを向けてしまう。
「魔法石で印象が操作されるからと言って、魔法石の効果をそこまで信じていいのか? なんらかの不具合で魔法石が壊れるかも知れない。そうなった時に給仕服を着ていれば、誤魔化せるかも知れない」
「そうは思いませんけどぉ!? そもそも魔法石が壊れる事態なんて早々無いっすからね!!」
「どこかに効力返しの術者が潜んでいるかも知れん」
「どこの修羅の地!? ここ、ただの田舎の伯爵家!」
「私、着替えてきます」
「お」
「レティーちゃん、そっちは」
レティシアが持っていったのはメイド服で、部屋を用意する際に別の個室付きとお願いしていた奥の部屋へと引っ込んでいく。
手早く着替えを済ませ、レティシアは時間が限られていることに焦りを見せた。
(チェリルは自分の部屋にいるかしら?)
ほんのりと施した化粧を仮面で隠し、レティシアは別室から出る。
「じゃあ、レティーちゃん。部屋は分かるね?」
「はい」
「おれ達はここで待機しておくけど、入れ替わっても姐さんが近くに居てくれるはずだから、なにかあったらすぐに呼んで」
「遅かったら迎えに行くからな」
「大丈夫です。むしろ先に戻って頂いても」
「迎えに行く」
「はい……?」
「もう、団長のことはいいから。じゃあね。此処を出て右に真っ直ぐ。その後」
「大丈夫です。応接間の道順は把握しておりますので」
ずんとガレンの圧が増し、トマが慌ててレティシアを送り出す。
バタンと扉が閉まり、予め人避けをお願いしていた通り、ノルマンの屋敷の者はいない。レティシアは気合を入れ直すと、勢いよく左の方向へと進んだ。
怪しまれてはいけないのに、逸る気持ちが足に出る。
人とすれ違う度に心臓が嫌な音をたて速度を増し、気づかれなかったと安堵の息を吐き出す。長い廊下の突き当りに目的の部屋がある。
外はまだ明るく、差し込む日差しがレティシアを照らした。次第にすれ違う人が減り、薄っすらと開いた扉から漏れ出る怒声に泣きたくなった。
「出ていって! 誰も近寄らないで!! いやぁぁっぁ!!」
「お嬢様、落ち着いてくださいませ」
「いけません! お嬢様! お嬢様!」
レティシアの時よりも激しい声。彼女はずっと叫び続けていたのだろうか。
外に漏れ出る叫び声は渇れており、手をかけようとした扉に外付けの鍵がぶら下がっているのを見て血の気が引いた。
中へと入り、名前を呼ぼうとして何とか堪えた。
今、正体がバレて追い出されでもすれば、ここに来た意味がない。
飛び込んだ部屋は以前訪れた時の面影はなく、カーテンは引きちぎられ、家具は壊され、床には破片が散らばっていた。
部屋の主であるチェリルの他に、二人のメイドが距離を取るように様子を窺っている。
「え、誰?」
「お嬢様の様子を見てくるよう、仰せつかりました。どうぞ、先輩たちはお戻りください」
レティシアの偽りの顔に見覚えは無いはずだが、よほど疲弊していたのか、はたまた仮面には説明された他にもなにか効力があったのか。二人のメイドは安心したように部屋を出て行く。
チェリルは周囲など気にしてない様子で物を壊し、ただただ悲鳴を上げていた。
「……渚?」
反応は無かった。むしろ、聞こえていなかったのかも知れない。
「渚! やめて渚!」
レティシアは小さな身体に抱きつき、両手を捕らえようとする。しかし、チェリルの幼い身体のどこから出しているのか分からないほどの力が、レティシアを突き飛ばした。
散らばる破片に足を取られ、そのまま横転する。受け身を取った手が破片で裂かれ、僅かに血の匂いが広がった。
「お願い渚! 私の声を聞いて!! 一緒に戻る方法を探しましょう!」
レティシアは仮面を取り去り、正面からチェリルの両手を掴んだ。
チェリルの大きな瞳にレティシアが映り込むと、チェリルの身体が小さく震え足元がぐらつく。
「なぎ」
「……レティシア、お姉さ、」
「え?」
チェリルの口から漏れた言葉。チェリルはそれだけ言うと、事切れた人形のように崩れ落ちる。破片の散らばる床に倒れる寸前レティシアの腕が間に合い、力の抜けた小さな身体を抱え込んだ。
「何をしているの?」
「――!」
背後から聞こえたのは女性の声。
メイドではない。ウェーブのかかったブロンドの髪を垂らし、真っ赤な紅と同じ色のドレスを着た女。レティシアはその顔に見覚えがあった。以前ガレンとの仲を邪魔されたと、ヴィラのブレスレットを持ち去った女だ。確か名をローザと言った。
「あんた、あの時の――」
ローザもレティシアの顔を覚えており、驚きがその顔に乗ったのは一瞬で、すぐに赤い口元をぐにゃりと歪め目を細めた。
「きゃあああ! 誰か、チェリル嬢が!! 部屋に怪しい女がいます!!」
ローザの叫び声に、いくつかの足音が走り寄ってくるのが聞こえた。
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「団長、殺気。落ち着かないんすけど」
「うるさい、黙れ」
男二人、ガレンは足を組みイライラと小刻みに軸足を揺すっている。
「大人の余裕はどうしたんすか?」
「なんだ? まるで俺に余裕がないみたいな言い方だな?」
「自覚なしっすか!? それとも冗談??」
うへーとトマが肩を竦め、ソファーへと沈み込んでいく。
トマは天井を見上げ、ガレンの靴音だけが部屋に響く。今にも飛び出していきそうな向かいに座っている男に、トマは深く息を吐いた。
「……本当に、我慢してなかったんすね」
ガレンの靴音が止まった。
「当たり前だろう。元より、お前が眉をひそめる様な出来事なんて無かったからな」
「うぅ……。なんか、すみませんでした……」
ずるずるとトマは深く沈み込み、膝がローテーブルにやんわりとぶつかる。
「まさか我慢してる団長が、こんなに面倒くさいなんて」
「誰が面倒だって?」
「知りたくなかったー」
「帰りの馬車で、町中引き回しにされたいみたいだな」
「すいませっんしたー! キャー、団長カッコイー」
姿勢を戻し、作った声で頬を引きつらせる。
今頃あの子は頑張っているのだろうかと、とあることが気になった。
「そう言えば、レティーちゃんの婚約破棄の理由、団長知ってます?」
「知らん。調べたんじゃなかったのか?」
「流石に数日で理由までは……。相手が激昂するような内容じゃなきゃいいけど」
「…………」
「…………」
「おい、ふざけんなよ」
「いや、冗談ですって。いや、ホント、まじで」
大丈夫だよな? と不安がよぎると同時に部屋の扉が開かれた。
立っていたのはコーニャで、不機嫌そうに眉を歪ませガレンを睨みつける。
「ちょっとぉ、レティーはまだー? 団長いつまで引き止めてんのさー」
「「え?」」
驚きの顔を見せた二人に、コーニャの表情から不機嫌が消えた。




