第18話 いざ
「私の、事情……」
ぽかんとレティシアは口を開け、コーニャを見つめる。
「そう。だって何か困ってるでしょー? お家を追い出されて、婚約破棄までされて。なのに今更その婚約者に会いに行こうとしてる。違うー?」
「それは……、………………」
「その、もしなんだけどね。レティーちゃんがお家に……元の生活に戻りたくてザイフォス卿に許してもらおうって思ってるなら、別の方法があるというか……えーと」
「俺について来い。新しい戸籍も、身分も、すぐに用」
「わー!!!! 団長馬っ鹿! 重い重いうえに怖いぃ!!」
「んー。レティーあの阿呆はもう無視していーからー」
ギンっとガレンから殺気が飛んだが、あえて取り合わない。
どうやら三人はレティシアが男爵家に戻るために、ノルマンに会いに行こうとしているのだと思っているようだ。
レティシアは表情を曇らせ、俯きながら必死に首を横に振った。今更、許してもらおうなどと思っていない。決してレティシアの意思では無かったが、レティシアの身体は、間違いなく許されないことをしようとしたのだから。その誤解を解いてまで元の関係に戻りたいと思ったわけではないのだ。
「個人的な理由なんです。家は関係ありません。身分も、必要ありません」
「……個人的な理由? なんだ、その個人的な理由とは。君が、どんな理由があって、婚約者だった男と今更会いたいと言うんだ?」
「ガレンさん?」
「捨てられたくせに、まだ未練があると言うのか!」
「…………」
言葉を失うレティシアに、しまったというように表情を歪める。ガレンはすかさずレティシアの前に膝を突き、すまないと俯いてしまった少女の顔を上げさせようと伸ばした手に熱い雫が落ちた。
ポタポタとガレンの右手に熱が落ちる。
どうしてそんな事を言うのか。他の誰でもない、よりにもよってこの男が。
特別になりたいと思った瞬間それは叶わぬと知らしめた張本人が、未練がましい女だとレティシアを責め立てる。
ガレンは自身に蹴りを入れるコーニャと、どこから取り出したのかバインダーで頭を殴るトマ達の暴力を黙って受け入れた。
「…………分かった。トマ、コーニャ。出発の準備をしろ」
「団長?」
「準備が整い次第、ザイフォス伯爵邸に向かう。レティシアも連れて行く」
「は? 準備って、訪問予定とかなにも取ってませんよ??」
「急な予定が入る事だってあるだろう」
「ですが、いくらなんでも」
「いいから黙ってやれ」
「はいっ!」
「はーい」
レティシアを置いてきぼりにガレンは退室し、トマがその後を慌てて追い抜かして行く。コーニャが伸びをしながら立ち上がり「さ、アタシ達も準備しよっかー」とレティシアの手を引き別室へと向かう。
向かった先は救護室として余らせていた一室で、コーニャは中へ入ると緊急用と書いて部屋の隅に置いてある木箱を開けた。中には更に別の箱がいくつか入っており、コーニャは適当にそれらを引っ張り出していく。
「さあ、レティー。お着替えの時間だよー」
「へ? あの、コーニャさ」
「いーっぱいおめかししてー、婚約者くんもー団長もー。みーんなボッコボコにしちゃおー」
「ぼっこぼこ?! だ、駄目です。ガレンさんも、ノルマンも、やっつけないでください!」
取り出した箱の中には、色とりどりのドレスやら靴やら。コーニャがどの色がいいかなーと鼻歌を歌い出し、強制着せ替えショーが始まった。
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「ようこそお越しくださいました、アデイラン侯爵。当主不在のため、父に代わりご挨拶申し上げます」
そうノルマンが頭を下げた相手はコーニャで、彼女の後ろに控えていたレティシアは仮面の下であんぐりと口を開けてしまった。
話は数刻前に遡り、昼には少し早い時間。一人で宿を抜け出ようとしたレティシアだったが、ガレンに見つかり、準備をしろと言うガレンの命令でコーニャの着せ替え人形となって、気づけば馬車に乗せられていた。
馬車に乗り込んだのはレティシアと同じ様に着替えを済ませたガレンとコーニャで、トマは御者席で馬を走らせていた。
そうして馬車の中でガレンから、コーニャは貴族のご令嬢で爵位も賜っている。だから無理やり訪問予定をねじ込んで、その時に時間を作ってやるから話して振られてこい。いいな! と言われ、見るからに怪しげな仮面を渡された。仮面はレティシアの顔をすっぽり覆い隠し、なのに何も被ってないように向こう側が透けて見える。
流石にこんな物を被っていたら怪しまれないかと心配すれば、魔法石で出来ているため他者からは別人の顔に見えるらしい。
それをコーニャ以外の三人が着けている。仮面を被っていると魔法石の影響が出ないのか、レティシアからすれば怪しい仮面を被った、怪しい集団にしか見えなかった。
「こちらこそ急な訪問にご対応くださり、ありがとうございます」
いつもの間延びした喋り方ではなく、すっと通るような声音でコーニャが応える。コーニャはシンプルだが上質なドレスに身を包み、薄っすらとしながらも印象に残るメイクで優雅に微笑んだ。
(コ、コーニャさんが、アデイラン侯爵!!??)
コーデリア・エル・アデイラン侯爵。さすがのレティシアも名前ぐらいは知っている、超有名貴族だ。元はアデイラン公爵家の三女で、女性ながらに剣の腕が立ち、王室騎士として数多の戦績を残し爵位を賜った強者。
現在は王室騎士の座を返還し、私兵に下っただとか他国に嫁いだだとか、その後の噂は曖昧であったが、その噂の人物が今レティシアの目の前にいる。
(な、ななな!!??)
仮面の下で目玉をぐるぐる回すレティシアを、トマがさり気なく突いて起こす。
彼らの本当の関係は知らないが、現在の設定は休暇を田舎で過ごしたいと出て来た侯爵とそのお付き三名。
宿ではとあるお方の私兵と言っていたが、侯爵の爵位を持つ彼女が私兵になるような人物とは一体誰なんだと、レティシアの脳がパンクしかける。
しかし困った様子でノルマンに耳打ちをする執事に気が削がれ、それはコーニャも同じであった。
「何かございましたか?」
「あ、いえ。アデイラン侯爵のお耳に入れるほどの事ではございません」
「そう仰らずに。急な訪問でご迷惑をおかけしたのはこちらのほうですのに」
「迷惑だなんて! そのような事は決してございま――」
にっこり。
柔らかいはずなのに、なぜだか有無を言わせない圧のある笑顔に、ノルマンがたじりと足を引く。
「その……別の客人が来ておりまして」
「まあ! それは大変。先客がいらしたのですね。それでは私共はお暇したほうがよろしいかしら?」
「いえ、そんな滅相もない!」
「ですが先にお約束の有った方がいらっしゃるのに。もしかしてそちらの方が何か仰っているのでしょうか?」
「…………その」
とうとう言葉に詰まってしまったノルマンに、レティシアは頑張れと心の中でエールを送る。まさかこんなど田舎で、来客が重なるなんて彼も思わなかっただろう。
当主不在にたどたどしくも対応するノルマンは、レティシアの知らない姿であった。
「ふん。なんだあの男は。全然なってないじゃないか。先客が何か言ってる? それを別の客に悟らせるなよ」
「団長、しっ!」
ノルマン達には聞こえないくらいの声量で、ガレンがぶつぶつとボヤいている。
確かにそれもそうだとレティシアは己に置き換えて冷や汗を垂らす。自分がノルマンの立場だったらと思うと、胃に穴が空いてしまいそうだ。
ノルマンは最低限の礼儀として、コーニャを夕食に誘う。大したおもてなしも出来ないという彼の言葉は、恐らく事実だろう。準備をする暇を与えなかったのはこちらなのだから。
笑みを浮かべ顔色を悪くするノルマンに、コーニャは笑顔で是非にと答えた。
「それと……」
「? はい」
コーニャは扇子で口元を隠し、ノルマンへと身を寄せる。
「二人だけでお話したいことがあるのですが、お時間いただけますでしょうか?」
うっそりと微笑むコーニャは、たいそう美しかった。




