第17話 許容出来ない
例えるなら、拓海くんがやっていた”てれびげぇむ”を観ている感じ。
まるでその世界の登場人物になって手足を動かし、なのにレティシアには操作権がないのでただ相手の視点を特等席で眺めているだけ。
薄ボケた視界の外で、レティシアよりほんの少し幼い手がティーカップを投げつける。カップは壁にあたって砕け、今度はぐるりと下を向き、テーブルの上の菓子やら食器やらを無造作に床へと払い落としていく。
――チェリル!
くぐもった、壁一枚隔てて届いたかのような声量で名前を呼ばれた。
――止めてくれ、いったい何が気に入らないんだ。
――うるさい! やめて! かえして!! いや、いやあああ!!
――チェリル!
視界がブレ、割れた食器を踏む音や鈍い音が続き、突然ブツンと切れた。
「! はあ、はあ、はあ……今のは?」
宿のベッドの上。レティシアは早鐘のような鼓動の音に目を覚ました。
見上げた天井に人工的な灯りはなく、外からの日差しだけで十分明るい。遠くで行き交う人々の活発な生活音が聞こえ、結構な時間まで寝ていたのだと分かった。
「………………、渚?」
夢を見た。
ノルマンがチェリルと呼ぶ人物の視点で、かえしてと喚き手当たりしだいに物を壊していた夢。
「渚。今度は……渚とチェリルが入れ替わっているの?」
途端、自身の血がざっと引くのを感じ、レティシアはシーツを跳ね除け起き上がる。だから昨日、ノルマンが可笑しな事を言っていたのか。
どくどくと耳鳴りがするほど響く鼓動に、レティシアは足元がふらついた。貧血の症状に似たそれに、ベッドへと掛け直し、かえってそれがレティシアの思考を落ち着かせてくれた。
(駄目。昨日の様子じゃ普通に訪ねても、ノルマンには会えないかも知れない。屋敷の人たちも私を良く思っていないだろうし……)
どうする? と自身に投げかけながら、サイドテーブルに置かれている物に気がつく。一つはノルマンから渡された財布。それと別に、コーニャが用意してくれたのであろう、洗顔用のボールと水の入ったピッチャー。ちょうど一人分の水にレティシアは小さく笑みをこぼし、気持ちを切り替えるためにも身支度を整えた。
(最悪、拘束されるかも知れない)
ノルマンは未遂とは言え、事件を起こしたレティシアに罰を科すことはなく、婚約破棄だけで済ませてくれた。
(迷惑には、なりたくない……)
レティシアは殆どない私物を小さな旅行鞄に戻し、簡単にシーツを整えた。
あちらの世界にいた時、レティシアはたまにお祖母様の和室で一緒に眠らせて貰った。床に布団を敷き、伴侶でもない誰かと同じ寝室で眠る。全くの未知の体験に慣れなくて驚いて、新鮮で不思議でくすぐったかった。
その時に起きたら布団をたたみ、押し入れにしまうということを学んだ。渚の部屋にはシングルベッドがあったので、一人の時は掛け布団を三つ折りにして端に寄せた。
それと同じ様にシーツをたたみ、鞄を持った。持ったが洗顔で使ったボールの事を思い出し、鞄はベッドの上に置いてボールを片付けに廊下へ出た。
こちらの世界には水道というものはなく、代わりに魔法石を使った瓶やら壺やらに水を溜めておいておく。小さな村や町では、まだ井戸を使っている所すらある。この宿では一階の調理場と、二階に一つずつ魔法石の瓶があり、二階のほうには水を捨てるための洗い場と水瓶が隣接して置いてあった。
一度この捨てた水はどこに流れていくのだろうと思い見に行ってみたら、建物から管が地面に伸びていて、直接土に流しているだけだった。
ボールとピッチャーを軽く洗い、流し台に逆さに立て掛けておく。
出かける準備は完了したものの、現状確認のためにもノルマンに会いたいのに、解決策がなにも浮かんでいない。
「あれ? ガレンさん?」
荷物を取りに行こうとレティシアが踵を返せば、レティシアが使っていた部屋の前にガレンが立っているのが見えた。ガレンは身体はレティシアのほうを向いていたが、顔はボールを持っていたため開けっ放しだった扉の中を凄まじい顔で凝視している。
「ガレンさん、おは……きゃあ!」
近づき挨拶をしようとして部屋の中に押し込まれた。続いてガレンも部屋の中に入り、後ろ手に扉を閉める。
流石に鍵はかけられなかったが、扉の前には険しい表情をしているガレンが居り、レティシアはどこへも行けなくなってしまった。
「ガレンさん?」
「その荷物はなんだ?」
「え」
「まさか出ていくつもりか?」
扉にもたれかかり、レティシアを見下ろすガレンの視線からつい逃げる。ガレンはそんなレティシアの仕草にさらに眉を吊り上げると、ギリィと奥歯を噛んだ。
「駄目だ」
「あの、勝手なのは承知してます! 今までのお給料もいりませ」
「駄目だ、許さない」
「ガ」
「俺の前から消えるな!」
「団長きっもい!」
ガレンがレティシアへ手を伸ばした瞬間扉が開き、ガレンの後頭部を巻き込んで大きな音が響いた。
「なに? なんで団長たった一日でこんななってるの?」
「トマがいない間ー、大変だったんだからー」
「いない間って……おれだって昨日の連中、引き渡しだとか色々してたんすけど!?」
「レティーおはよー」
「お、おはようございます」
「無視っすか!」
もしかしなくても立て付けがおかしくなった扉から、コーニャとトマが中へと入ってきた。レティシアはバツが悪そうに両手を前で組み、所在なさげに握り込む。
すっかり片付けられた部屋。中身の詰まった旅行鞄。コーニャがガレンを押しのけ、昨日のようにレティシアとベッドの端へ並んで腰掛けた。
「一人で行っちゃうつもりだった? 王子様のとこ」
「え?」
「何が王子様だ。変な言い方をするな」
「えー。婚約してたんならー、別にいーでしょー?」
「元だろう! 今は関係ない!!」
「な、え……皆様、なぜそれを……」
前に恋人がどうのといった話をした事はあったが、レティシアは婚約者だとまで言ったかと困惑する。
「調べた。トマが」
「調べさせたのは団長でしょ! 待って、なんかおれがヤベー奴みたいじゃないすっか!? 違うからね!!」
「ごめんねーレティー。やっぱさ、仕事柄ぁ身元もわかんないままに出来なくてー。レティーが元フルーヘルト男爵家のお嬢様でー、ザイフォス小伯爵の婚約者だったってこと調べちゃった」
「そうだったのですね」
「あれ? 怒んないのー?」
「はい。自分から公言するつもりはありませんが、必要な事なら仕方がないので」
「………………んー? もしかしてー、本当に旅芸団でちょこっと働くだけで、身辺調査されたと思ってるー?」
「? 違うのですか?」
キョトリと目を丸めレティシアは三人を窺う。コーニャは変わらずふわふわ笑っているし、トマは苦笑を浮かべている。ガレンは再び扉の重しへと戻り、ただ不機嫌そうなのを隠さず腕を組みそっぽを向いていた。
「実はねーアタシ達、旅芸団ってのは嘘でー」
「嘘?!」
「そー。本当はとあるお貴族様の私兵でー、秘密の任務中なのー。ね。驚いたー?」
「ふわ、え? 嘘で、秘密の……え?」
「姐さん、レティーちゃん混乱してますよ」
「あははー。レティーすごい顔してるー」
ぷにぷにとほっぺを突かれた。
「で、ここからが本題なんだけどぉ」
ふいにコーニャのトーンが落ち。
「貴女の事情に手を貸すから、アタシ達の事情にも巻き込まれてくれる?」
そう言ったコーニャの声は低い――と言うよりも、まるで何かを憂いているように潜められていた。




